4-3. 失格
――遠くで誰かが叫んでる。誰? 女の子……。
「ルイスさま……ルイスさま……」
ん? あれ? ……この声は、エレナ? どうしたんだろう。こんな夜中に。
「……助けて!!」
(どうしたんだ、エレナ!?)
跳ね起きるとそこはコーヴに招待された店の一角だった。いつの間にか眠っていたらしい。
「っつ!」
ひどい頭痛に顔をしかめつつ辺りを見渡すと、その光景に一気に酔いが醒めていく。
「エレナ!?」
そこには床に倒れ何かを必死に抱え守っている。
(……あれは、僕の本!? こいつは……コーヴ!?)
考えるより早くルイスは立ち上がりコーヴの横っ面を殴りつけた。予想外の攻撃になす術もなくコーヴは横っ飛びに床に転がる。そのまま追い打ちとばかりに顔面を蹴り上げる。ぷひぃ、と一声鳴いたコーヴは、そのままゴロンと仰向けに転がって気を失った。
「エレナ! 大丈夫か!?」
「お、お早いお目覚めで。ルイス様」
倒れて本を抱いたまま、エレナは答えた。
「ごめん、酔っぱらっちゃってて。……本、守ってくれてたんだね」
「ねぼすけのルイス様に代わって、頑張ってみましたわ……っ、いたた」
差し出された手を握り、エレナが身を起こす。
「こんなになるまで……痛かったろうに」
髪も乱れ、背中には何か所も蹴られたような汚れがついている。腕や足にもいくつか怪我があるように見て取れる。
「大丈夫です。お役目ですから」
「エレナ……」
ルイスは膝立ちで、エレナをそっと抱きしめる。
「る、ルイス様!?」
音がしたならきっと『ボンッ』としたであろう。それくらいわかりやすく顔を真っ赤にしたエレナが慌てて叫ぶ。
「エレナ……ありがとう、こんなになるまで僕のために」
「そんなこと当たり前で、っていうか放してくださいまし」
エレナは本を両手で抱えたまま抱きしめられたので彼の抱擁を押しのけることもできず――そのつもりもないだろうが――ただ狼狽するしかなかった。
ルイスは自分の不覚を呪っていた。やすやすと相手を信用し、酒も飲んでしまった。大事な道具を手元に置いたままで。そして奪われないようにと、エレナに守られてしまう始末。守るべき立場の自分がだ! これでは貴族、失格だ。
いや何より。エレナのパートナー足り得ない。
(男としても……失格だ)
「だめだ。エレナ、約束して。これからはこんなこと二度としないでくれ。エレナに何かあったら僕は……」
「ルイス様……」
「エレナ。君は僕が守る。今は頼りないだろうけれど、一日も早く君を守れる強い男になってみせる。だから」
抱きしめる手に力が込められた。
「もう、こんな危ないことはしないで。お願いだ」
(わたし、大切に……思われてるのかな? ……誤解、してしまいますよ?)
エレナは身体だけでなく、心までしめ付けられるような感覚を覚えた。
「もう……わかりました。わかりましたから、放してください。……恥ずかしいです」
「ああ、ご、ごめん」
慌てて離れると立ち上がり、エレナに手を貸べく差し出すが彼女はゆっくり首を振る。
「すみません。すこし、座ったままでいいですか? 今さら、足が震えて」
「大丈夫だよ、そのままでいいよ」
そしてルイスは先ほどのことを思い出す。
(夢中で抱きしめちゃったけれど、柔らかかった……。それに、とてもいい匂いがした。エレナ、嫌がらなかった……よね)
床にだらしなくのびている男を見ながらエレナが尋ねる。
「で、ルイス様。この男はいったい……」
「本を狙って近づいたんだね。すっかり騙されていたよ……衛兵に引き渡そう」
(しかしどうして僕の本を狙ったんだろう)
程なくして騒ぎを聞きつけた店員がやってくるなり悲鳴を上げた。
無理もない。机はひっくり返り、いくつか食器は割れ、散らかっている。その傍らには歯は欠け顔から血を流す、気絶した中年の男。少し離れたところには服は汚れ髪が乱れた少女が疲労困憊といった様子で座っているのだから。
ルイスたちの説明に店員は大いに驚き、ひとしきりエレナを気遣ったあと、思い出したように慌てて人を呼びに行った。まもなくどやどやと店員が現れ、コーヴを後ろ手に縛りあげた。衛兵にも話を通してくれたのか、ほどなく現れた衛兵に引き立てられていった。
周辺があわただしく片付けられていく中、エレナの顔色がこころなしか悪い。
「エレナ、どこか具合でも悪い?」
「大変ですルイス様」
「ど、どうした、エレナ?」
「今日の食事代、どうしましょう」
こんな時に食事代の心配なんて。本当にこの子は。ルイスはたまらず大声で笑った。
「な、なんですか急に」
「本当にエレナって、なんていうか……かわいいよね」
「なっ。なんですか突然。そんなことないです! そんなことよりルイス様。酔いつぶれていたルイス様、ホントだらしなかったですわ」
「えっ。ご、ごめんなさい。以後、気を付けます」
「ぜひそうしてくださいまし! 肝心な時に酔いつぶれてしまっていて、私大変でしたのよ」
「そうだね、ごめん。ありがとう」
「今日こそは感謝して頂かないと! それこそ体を張って大事な本を守ったんですからね! 本当、がんばったんですから私」
「エレナのおかげだよ、感謝してる」
「ホント、我慢してがんばったんですよ。ホント大変だったんですから。怖かったんですから。でもルイス様の大事なものを守るために、必死だったん、ですから。わた、わたしホントに」
エレナの目には徐々に涙があふれ、やがて頬を伝う。ルイスはたまらずもう一度やさしく抱きしめる。
「……ごめん。ありがとう」
「う、うええ。この酔っ払い! ルイス様のバカぁ」
ルイスからの謝罪と感謝の言葉、それに髪をひと撫でされたことをきっかけに、エレナは泣き崩れた。




