4-2. 大事な商談
「ガードナー様。お待ちしておりました。さ、お連れ様がお待ちです。中へどうぞ」
「エレナも早くおいで」
店を訪れた二人はさっそく奥の個室に通された。よほど他人に聞かれたくない話題らしい。これはいよいよもって真剣に聞かねば。ルイスは気合を入れなおした。
個室にはすでにコーヴの姿があった。二人が姿を見せると立ち上がり、にこやかに一礼する。それぞれ席に着くよう促したあと、店の者に二言三言声をかける。
ほどなく飲み物と軽い食べ物が運ばれてきた。
「ま、まずはお礼ということで食事をいただきましょう。どんどん来ますよ、さあどうぞ」
「さ、今年の葡萄酒は良い品ですよ。ささ、どうぞ」
「え、でもお酒は」
「何言ってるんですか。成人なされてるのですからこれくらいは」
「はあ、では」
「ほう、それではその本が。まさに知恵の本ですな。そんな素晴らしいものを数か月逗留された女性がくれたと。よほど気に入られたのでしょうな」
「いやあ、はは。色々夢中で聞いていただけなんですけれど」
「なかなかお強いですな。ほら、どんどんどうぞ」
「も、もうのめましぇん」
こんな状態のルイスを置いていくのは忍びないとおもったエレナだったが、彼女もなかなかに切羽詰まってきていた。
(お水飲みすぎちゃった……!)
「す、すみません。少し席を外させていただきます」
慌てて席を立ったエレナは廊下に出た。
「ああもう、こんなんじゃメイド失格だわ」
なるだけ速足で、でも注意してしずしずと歩く。お花畑は少し離れている。先の角を曲がったすぐだ。
すっかり落ち着きを取り戻し席に戻ったエレナは、その光景に思わず目を疑った。
「コーヴ様? なにを……なさっているのですか?」
それはコーヴが今まさに、ルイスの肩掛けバッグから大事な本を取り出そうとしている現場だった。彼はびくりと身を震わせ、本を手にルイスから身をはなす。
ルイスはというと、すっかり酔っぱらった様子で机に突っ伏し寝こけている。
「あ、いや、ガードナー様が急に寝てしまった拍子に、王妃様から頂いた大事な本を落としそうになったものですから、あわてて支えたところだったんですよ。いや危なかった」
「……コーヴ様。その本が王妃様から頂いたものだということを、どこでお知りになりましたか?」
「え、先ほどそうおっしゃって」
「ルイス様はそんなことおっしゃっていませんでしたわ」
つかつかとコーヴに詰め寄ったエレナは、勢いそのままに本に手を伸ばす。
「返していただけますか」
しかし力を込められたコーヴの手は彼女の思うようにさせない。取り戻そうとエレナは両手を伸ばし、掴んだ。
「返して、くださいまし」
「そういうわけにはいかない事情がありましてね。メイドさん」
「返していただきます!」
そういうやいなや、エレナはコーヴのすねを思い切り蹴りつける。たまらずギャッと悲鳴を上げるコーヴ。彼が手を緩めたその隙に本を奪い返せた。そのまま胸にしっかと抱きしめ、後ずさり距離をとる。
「こ、このガキ……よこせ!」
腕を乱暴に掴まれたエレナはその勢いで引き倒される。
「きゃあ!」
しかし胸に抱いた本は放さない。ぎゅっと強くかき抱き身を丸める。その様子に刺激されたのか、コーヴはエレナの背中を容赦なく蹴りつける。
「この! ガキが! さっさと! 放しやがれ!」
二度、三度、四度。蹴りつけられるたびに顔をゆがませるエレナ。しかし悲鳴一つ漏らさずひたすら耐える。
「くそ、かわいげのないガキだ。おい、起きろ!」
ポニーテールを掴み引き上げる。
「う、あ」
たまらずエレナは膝立ちになる。
「さっさと放せ、クソガキ!」
益々激高するコーヴにエレナは不敵な笑みを浮かべにらみ返す。
「死んでも、放しませんわ……クソおやじ」
「こ、この……もう我慢ならねえ!」
勢いをつけて髪を引っ張り再び床に引き倒す。
「ぐっ」
背中から引き倒された格好のエレナは、肺の空気を絞り出されるかのようなうめき声をあげた。
「ル、ルイス様……起きてください、ルイス様!」
「坊ちゃんにはしこたま飲ませたからなぁ。朝までぐっすりだろうよ」
「ルイス様!」
コーヴはやれやれとため息をついてから、エレナの前に膝をついた。
「さあ、観念して手ぇ放せや」
ガキが必死に守るこの本にどれだけ価値があるのか、そんなことは知ったことではない。
奪ってガードナーの奥様に渡すだけで、なんと金貨五十枚で買い取ってくれるという。こんな楽な仕事にそぐわない破格の依頼だ。
「ま、そぐわねぇとかどうでもいいことだなっと……おい、いい加減あきらめて放せや」
エレナは先ほどに増して本を抱く力を強めていた。すっかり白くなった彼女の指が、雄弁に物語っている。
「ぜったい……わたしません」
すっかり声はふるえてしまっているが、コーヴの目をまっすぐに睨み返すその瞳からは彼女の固い意思がありありと感じられた。
コーヴは片眉を上げ、歯ぎしりが聞こえるほどに食いしばると同時に乱暴に彼女が持つ本を掴む。
「いい加減、放しやがれ!」
「いや! これはルイス様の大事な本! 絶対に、わたさない!!」
「この……しつこい!」
「だめ! あっ! ……ルイス様! ルイス様起きて! ……助けて!!」




