3-1. 都市伯の娘
相談屋の仕事はかなり順調と言えた。
トニーの助けによるところも大きいが、誠実にひたむきに問題解決を図ろうとするルイスの態度、行動はお客様に好意的に受け入れられている。
エレナの貢献によるところも大きい。
ルイスは彼女と話し合い、事務所の作り込みは彼女に任せることにした。彼女は自身が持つメイドとしての家事や接遇のスキルを遺憾なく発揮し、訪れるお客様に快適に過ごしていただけるよう気を配った。
具体的には一階のスペースをただの事務所ではなく、カフェスタイルに仕立てた。
この歴史ある建物の風合いを生かした、古民家風の落ち着く空間だ。
ゆったりとしたスペースでルイスとじっくり仕事のことを語らうもよし、友人と訪れて単にお茶を飲みに来ていただくだけでもよし。日がな一日裏庭の円卓で読書もいいだろう。
開業以来、表のカフェテーブルでパイプをのんびりくゆらせるのは近所の肉屋のオヤジだ。店が暇な日中はああして、たまにルイスと店のことについて語っている。
毎日何かしらのマダムの集まりが催されるようになったのも、事務所を開いて割とすぐの頃からだった。こういった場の提供から、新たな商談が生まれることもあるとルイスは信じている。バイブルともいえる本の中に書かれている『コミュニケーションの重要性』を形にしたひとつの結果だ。
こうなってくるとますます店を構えるための株が欲しくなってくるというものだが、まだまだ彼らの手に届くようなものでもない。まずは実績と資金をコツコツ積み上げる。結局これが最短の道なのだと、トニーからも言われている。
ルイスにとってこういった店にしたのにはもう一つの訳がある。エレナのためだ。
彼はカイゼン案の検討で事務所を空けることが少なくない。本人には言っていないが、そうした際、エレナを一人にするのが不安で仕方なかった。
「ルイスちゃんは心配性ね? 大事な大事なエレナちゃんはおばさんたちがばっちり守ってあげるから、安心して仕事に行きなさいな」
そういってマダム連中にからかわれるのにも慣れたころ、実は彼には別の厄介ごとが舞い込んできていた。
「ルイス様。ごきげんよう。おじゃましますわ」
「あ……これはプラウズ様。ご機嫌うるわしゅう」
「いやですわ。いつも申しているではございませんか。キャリーとお呼びくださいと」
「いえ、都市伯閣下のご令嬢に向かって、さすがにそういうわけには」
淡い栗色の髪を揺らしてころころと笑うのは、この街ミッテブルックを統治する二国のうち、ウェンドランド王国側の都市伯であるプラウズ伯、その娘だ。
名をキャロライン・スーザン・プラウズという。
当初から目的は明白だった。どこから聞きつけたのか、ある日ふらっと立ち寄ってからというもの、それからはルイスに会うため、ほぼ毎日顔を出すほどの熱のあげようだ。
「そんな堅苦しいことおっしゃらずに。それとも私のこと……迷惑、ですか?」
途端にキャリーが目を潤ませる。あわててルイスが否定する。
(こんな茶番、いつまで続くのやら)
そんな様子をエレナは傍らで冷めた目で眺める。そしてそっとため息をつきつつ、お茶を差し入れる。最近のルーティンだ。
「あら、いつもありがとう、メイドさん」
にっこりとキャリーが笑いかけると、事務的にお辞儀をし、そそと身を引くエレナ。
(うわー、これかなり機嫌悪いなぁ)
正直ルイスは居心地が悪かった。キャリーが来た日は決まってエレナの機嫌が悪いのだ。
お茶を一口含む。うん、渋い。お怒りでいらっしゃる。
「あの、プラウズ様?」
「キャリー、ですわ」
「えぇ……えと、キャロライン様」
「……」
「……キャリー様?」
「なにかしら?」
「エレナはメイドではございませんので、そのように扱っていただけると嬉しいのですが」
「あら、ではどのように」
キャリーは意外そうに口にした。
「彼女は私のパ」
「私はルイス様のメイドにございます。なにも問題ございません」
エレナが彼の言葉に割って入った。メイドの行いとしてはとても誉められたものではないが、ルイスは元々気にしないたちであるし、キャリーにとっては都合の良い言葉だったので口には出さない。
「と、おっしゃっていますけれど?」
「エレナ……ああ、はい。すみません、ではお気になさらずに」
(何とか穏便にお帰りいただかないと、またとばっちりが飛んできちゃうよ。すぐ喧嘩が始まっちゃうからなあ。でも、二人ともなんでこんなに仲悪いんだろう)
などと的外れなことを考えながら、ルイスは二人の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払いつつ会話を進めるのだった。




