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2-9. 当然プロには敵わない

「愛しのって……そんなんじゃないってわかってるよね? で本がどうしたんだい」


 ルイスはため息交じりに問いかけた。対するエレナは両の手を胸の前で握り、鼻息も荒く答える。

「はい。ルイス様をどうやってたらし込んだのか、その秘密を知りたくて」


 真顔で聞くような内容ではない。ルイスはガクリと首を折った。その後苦笑いを浮かべながら顔を上げ、手をひらひらと振る。


「いや、秘密なんてないない。そもそもたらし込まれてないし」


 そんな彼をエレナは腕を組み、半眼でにらみつける。

「どうだか。あの方と話されてるルイス様、いつもだらしない表情でしたわよ」


「そ、そんなこと……ないと思いますよ?」

「ルイス様。どうして急に敬語を?」

「いやそんな他意はない……ってそれより本の話だろ? どうしたのさ」


 ルイスの言葉に目をパチクリしたエレナは先ほどのやり取りを思い出したのか、手をポンと合わせた。


「あ、そうそう。それで内容についてなのですが。……ひどく抽象的で、結局意味が分かりませんでした」


 エレナは顎に手をやり、本の内容を思い出すかのようにあらぬ方向を見つめる。


「抽象的? ……ああ、そういうことか。実をいうとね、あの本には『答えが書かれてない』んだ」


「は? でもあの本は問題を解決に導く知恵の本、なのですよね?」

 エレナは疑問を素直に口にする。


「そうだよ。知恵の本。道具なんだよ、要は」

「道具? 本が、ですか?」


「そう。だから道具を使うための前提となる知識が絶対に必要なんだ。だから僕は必ず最初に依頼主のことを聞けるだけ、知れるだけ情報をもらうことにしている。で、聞いた内容を整理して共有してから、それらの解決策を提示する。策と言ったって、フレーム……いくつかのあらかじめ決まった策があるんだけれど、それを提案することが多いかな。そうして話すうちに、依頼主本人が答えを導き出すことが結構多いんだよ」


「毎度ルイス様が答えをお出しになられているわけではないのですか?」

 彼の言葉に、エレナは心底驚いた様子を見せた。


「んー、そうだね、本人が出すことが多いね。だってそうだろ? 相手の方が知識も経験もある、いわゆるプロなんだからさ」


 はあ、とエレナがあいまいに答える。


「そうだな。エレナに身近で簡単な例でいえば……僕はお茶の染み抜きの方法は知らない。でも、エレナは知ってる」

「それは……メイドですから?」

 わずかに胸を張るように、エレナが答えた。


「この例で僕がアドバイスできるのは、仕事の内容をよく聞いて、効率よく染み抜きするために必要な手順や条件、道具を明らかにすること。決して染み抜きそのものの効果を上げるとか、そんなんじゃないんだよね」


「そのようなものなのですか」


「そんなもんだよ。染み抜きは『業務の知識』だから。『仕事のノウハウ』と言い換えてもいいかな? とにかく、知らないことは教えられない。だから僕はメイド業において、決してエレナには敵わない。そうだろ?」


「メイドの仕事までルイス様に負けてしまっては、それこそ廃業ですわ」


「ははっ、違いない。だからさ、エレナにはいつも感謝してるんだ。ありがとう、エレナ」

「なっ、突然なんですか。ち、調子狂うからそういうの、急に言わないでくださいまし」


 頬をにわかに染めると動揺を隠すように急いで立ち上がる。ガタタッと椅子を鳴らすと、スカートを払ってルイスに向き直った。


「こほん……そんなことより、次は厨房の掃除をしませんか?」


 彼女の投げかけにルイスは軽く頷くと、壁に立てかけてあった箒を手に取り、厨房に向かった。遅れてエレナも笑顔で後に続く。



 二人の間には期待と不安が入り混じりつつも、穏やかな時間が流れていた。


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