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―勇者Ⅱー


「……いやぁ。なんていうかさ? 聖夜祭にお城にお呼ばれした時に聞いたときは耳を疑ったもんだけど、こうやって実際見ると、ロキウス王の言う事は本当だったみたいだね。僕、今更実感しちゃったよ」

「大丈夫。俺もだよアーチャー。にしてもアイツの人間関係どうなってんの? えっと、師匠がこの国最強の剣士、ゼクス=アルビオンだろ? んで、孤児だったが故に身元引受人があの大賢者フローラ=リーゼリット様で、その関係から、姉のような立場に、賢者であるセイラ=リーゼリット事、ウチのマスターが居て、マスターに幼少の頃から惚れていた、現国王ロキウス=レオニードが親友で、現在ほぼ交際していると見なされている女性があのエリシア=バレンタイン。……なんだコレ。貴族顔負けのコネ持ってるじゃん」

「まったくだぜ。そりゃ命も狙われるってもんだ。ソレを無自覚とは。あいつ本気の馬鹿なんじゃねーのか?」


 三馬鹿トリオが鎖でがんじがらめにされた俺にため息をついた。


「いい加減はずせ」

「外さないでくれセイラ!!! 焼き殺される!!!」


マスターは呆れて頬杖をつきながらため息をつく。

「レイちゃんが本気で怒るって……。ロキウス、あなた一体何したのよ」

「言えない。言ったら間違いなく殺される。レイ、いい加減もう許してくれ」


 どうやらロキも、言いふらしたりなんかしたらどうなるか、ちゃんと理解しているようだし、ここらで許してやるか。


「ま。他にも謝ることがあるだろう?」


 俺の言葉に、ロキは神妙な面持ちで、俺たちエアリアルウィングメンバーと、ばーさんや屋敷の人々に向かって、深々と頭を下げた。


「……この度、皆の命を危険に晒してしまうようなこのような事態を招いてしまった事を、非常に申し訳なく思っています。そしてなにより、セイラと、お腹の子を守ってくれた事。そして……」


 ロキは最後に、エリシアに向き直り、再び深々と頭を下げた。


「私のたった一人の親友を助けてくださった事を、心より感謝いたします。この御恩、決して忘れません。ありがとうございました……」


 エリシアは、一瞬きょとんとしていたが、ロキに真っ直ぐ頭を下げられていると理解し、顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「お顔をお上げくださいロキウス様! 私はそんな大したことをしていません! 当然の事をしたまでですので、どうかお顔をお上げください!」


 そんなエリシアの肩を抱いて、オリビアがケラケラと笑い出す。


「そうそう! レイを助けたのはこの子のエゴなんだから、そんな事の為に頭なんて下げちゃだめですよ、ロキウス様♪ 私はあれだけ危ないからやめなさい。私が何とかしてあげるからって言ったのに、エリシアったらガン無視で飛び出してっちゃうし、仕舞いにゃ全通信回線繋ぎっぱなしでなんて言ったと思います? 『その汚い手で私のレイに触れないで!!!』ですよ? 『私のレイに触れないで!!!』! もう私、遠距離射撃魔法を練りこんで、あのバケモノをぶち抜いてやろうって思ってたのに、エリシアが爆笑シャウトするもんだから、詠唱失敗しちゃったんですよ!? アハハハハハハハハ!」


「ちょっ!? オリビア!? なんでそれをロキウス様に言っちゃうの!?」

「え……。え? マジ?」


 ロキが素に戻り、マスターの顔を伺うと、マスターは明後日の方向を向きながら、小さくコクリと頷いた。


「ああ、ありゃー酷かった。俺もずっこけちまった」

「僕メチャメチャ笑った」

「俺とティアマトはマジかよってちょっと引いた」

「わ、わたしはその、ちょっと聞いてて恥ずかしくなりました……。エリシアさんって結構大胆ですよね……」

「ひぅぅぅぅ。もう止めて~! お願いだから忘れて! みんな忘れてよぉ~!」

「む、無理よエリシアちゃん。あんなパワーワードのシャウト、嫌でも耳に残っちゃうわよ……」

「ふふふ、レイはそれ聞いて何を感じたのかしら? おばあちゃんそこが一番気になるわ♡」


 にやにやとへんな笑みを浮かべながら、ばーさんがそんな事をのたまうので、俺は心からの本音を口にする。


「『なんてことを口走ってるんだこのド天然』……かな」

「ぶっは!!! アハハハハハ!!! おいおい相棒! お前それ世の中の王子達に聞かれたら指名手配されるからな!? この大陸でお前だけだよ! 彼女をド天然だなんてストレートに口走る阿呆は! いや、ソレでこそお前だよ!」

「つか普通に恥ずかしいっつーの。カトレアかお前は……」

「か、カトレアさんと一緒にしないで! あそこまではしたない女になった覚えなんてないもん!」


 ……いや、案外エリシアとカトレアって似てるんじゃないか? なんつーか、結構大胆に攻め入ってくるし、独占欲っつーの? なんかソレも強そうっていうか……。前にもゼクス隊長にストーカーっぽい女に好かれやすいなんて言われたけど、なんかあながち間違ってないのかもしれない……。


「あ、カトレアで思い出したよ。今リリィ=ノアールを事情聴取中だ。どうもイーサンと言う男は、彼女専属の騎士だったんだが、彼女曰く、封印した剣を勝手に持ち出し、騎士の誓いを破る事を許して欲しいとの置手紙だけ残して消えてしまって、行方を捜していたと供述しているらしい。なんとも真っ黒で白々しい嘘を並べてくれるよな。ただ、証拠もないのも事実だよ。ゼクスもお手上げだってさ」

「だろうな。相手はリリィだ。証拠のでっち上げと隠滅なんて呼吸のように自然とこなすだろう。なぁロキ? なんであんなのを賢者の座に据え置いたままなんだ?」

「しょうがないだろう? ゼクスも、アレを敵に回すよりは傍に置いて目を光らせていたほうがまだ安全だって言うんだから。ゼクスが真顔で『殺せなくはないけれど、限りなく困難だし、こちらも多大な犠牲を払う羽目になる』って言うんだぜ? 頼みの綱は不仲であるカトレアの存在だな」


 何? カトレアとリリィは不仲? 


「おいロキ、ソレ初耳だぞ?」

「ああ、知らないんだ? えっとな。カトレア曰く、リリィの奴、初めて出来た彼氏を寝取りやがったんだと」

「………………は? ちょ、ちょっと待って? 娘の彼氏を寝取った?」

「うん。とんでもねぇ女だろ? しかもシレっと言ったんだってさ?


 あの男は最初から美人なら誰でも良かった。娘の彼氏としてどんな男かと、テストのつもりで誘惑したら簡単に引っかかったから、どれだけ軽薄な男か知らしめるために寝たんだとさ。


 カトレアが涙ながらに俺とゼクスにアイツを処刑しろと直談判して来て、ほとほと困り果てたよ。


 ちなみに親父が生きていた王子時代の話な。当時カトレア15歳。相手の男は30歳。リリィは35歳だな」

「ちょいちょいちょいちょいちょい!? まってまってロキ。もしかしてさ、もしかしてだけどさ? つまりアレ? その頃からカトレアって……」

「ああ、最高に妄想癖が強くてな。交際していたと思っていた相手の本命は最初からリリィで、カトレアは妹のように可愛がっていたとのことだよ。まぁそいつ原因不明の心臓発作で死んじまったけど」

「うーわ。なんつーか、闇深すぎだろあの親子」

「ホントにな! あははははははは! お前も気をつけなよ? そろそろ冗談抜きで命狙われるからね?」

「あー全くだ……」


 笑い転げるロキと、額に手を当ててウンザリする俺。そしてそんな俺達二人を傍観するギルドの仲間達。呆れたように、再び三馬鹿トリオが、俺を再評価し始める。


「……なぁアーチャー。レイってあんなに喋るやつだったっけ」

「……いいや、グレン。僕の記憶が正しければ、やっと最近、エリシアさんのおかげで少し喋り出したって印象かな。仕事とか料理の話ならちょいちょい喋ったりしてたけど、あんな風に楽しく雑談なんて殆どしたこと無いね」

「つまりあれか? 俺ら3年も同じおやっさんの飯を食ったし、あいつの飯を食ってきたけど、アイツ俺らの事を、ギルドの仲間と認識してても、友達として認識してなかったってこと!? なんかわりとすげーショックなんだけど!?」

「ってか今更ぁ? 私そんなのアイツと関わって3ヶ月で理解したわよ。アイツ、コミュ症なんじゃないのって思うくらい、他人とコミュニケーション取りたがらないじゃない。ほっとけばきっと丸一日誰とも話さずに過ごせてたわよ」

「ふふふ、別に話をしない程度、どうってことないじゃないですか。私なんて自己紹介したら舌打ちされたんですよ? 今でも鮮烈に覚えてますもん」

「……レイ、彼らの話は本当か?」


 仲間たちの容赦のない俺への批判に、ロキウスが怪訝な顔を見せながら、事の真相を俺に問いかけたので、俺はしぶしぶ答える。


「いや、まぁ……。うん」


 刹那、鎖で縛られたまんまの俺の頭をガッと掴み、ロキはテーブルにゴッという音が鳴る位押し付けた。


「いだっ!?」

「皆さんに謝罪しろこのど阿呆。そんなんだから緊急時に連携も取れず、単独で先走って死に掛けたんだぞ!


 お前仲間をなんだと思ってんだ! そんなんだからアサシン時代、他の上位アサシンからは目の敵にされ、下位アサシンからの人望も皆無だったんじゃないか!


 そのくせゼクスには溺愛されちまってるもんだから、他のメンバーから本気で嫌われるに決まってるだろうが! お前全然懲りてないな! セイラ! お前もなんでほっといたんだよ!」


「ほっといたわけじゃないわよ? コレでも良くなったほうなのよ。


 みんなが入団してきた時なんて、自己紹介で名前と元アサシンメンバーだとしか名乗らずに、3ヶ月は誰とも口を利こうとしなかったんだから。


 ロキウスだって知ってるでしょう? レイちゃんが心をなかなか開かない極度の人見知りって。


 ホントに、野生の狼が人間の姿したような、人に懐かない子なんだから。


 まぁ唯一、その鉄壁のガードをスルーしちゃったのが、エリシアちゃんだったみたいだけどね♡」

「うわー。オーディア皇室主催のダンスパーティじゃ興味ないとか言ってたクセに、実際傍に来たらそれかよ。どうしょうもねーなお前」


 こいつら、好き放題言いおってからに!


「でもレイ、ロキウス様の言うとおりだよ? どうしてみんなに対して壁を作っちゃうの? みんなの事を信頼してないわけじゃないんでしょう? もう少しみんなと仲良くしてもいいと思うな……」


 エリシアの、ちょっと心配そうな言葉に、俺は何となくバツが悪くなった。


「……親友はロキだけで十分だ。けどまぁ、善処はして見る」

「善処だぁ? なんだその上から目線! オラぁお断りだバーカ!」

「まぁまぁグレン。レイなんだもん。しょうがないって、コミュ症なんだから」


 くっ。自分の蒔いた種ではあるが、本当に好き放題言ってくれやがる。誰がコミュ症か!


「ははは、んじゃあ手始めに、僕はレイの料理食べたいなぁ。ご馳走してくれるんだろう? レイ。友達なんだからさ♪」

「え……。いやまぁ、料理くらいなら、うん……」


 その返事を皮切りに、いっちゃんが勢い良く手を挙げながらリクエストをしてくる。


「あ! レイさんレイさん! この前の鶏のローストしてください! 丸鶏のロースト! あれ凄くおいしかったです!」

「おねーちゃんもいっちゃんに賛成♡ ロキウスも勿論、食べるわよね?」

「当然だろ? レイの飯も最高だからな!」

「あら、レイはそんなモノを作るようになったの? 美味しそうね♪ おばあちゃんも食べたいわ♡」

「レイぃ、私コーンポタージュ飲みた~い。もちろん、市販のポタージュとか舐めた真似したらカキ氷にしてやるからね♡」

「……だってさ、レイ。がんばってね♪ あ、私はデザートにクレームブリュレを所望しまーす♡」


 ……くっ。やっとこさ回復した俺に、チキンローストとコーンポタージュ。それに恐らく付け合せのサラダにデザートにクレームブリュレだと!? しかも人数分! 屋敷の使用人の数も入れたら一体何人前仕込めばいいんだよ! ちくしょう、ちくしょうちくしょう!


「やってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」




 それから、俺は厨房で鬼のように料理を振る舞い、鶏は合計4羽にもなってしまったため、台所の家庭用オーブンでは足りず、(そもそもクレームブリュレを焼くのに使用してしまう)庭にばーさんの魔法で急造したかまどで焼く羽目になった。


 でもさぁ? ねぇ? 外、雪積もってるんだぜ? 日も暮れて来てるんだぜ? そんな中、急造したかまどで鶏を焼くんだぜ? 時折取り出しては、刷毛はけでホワイトペッパーとローズマリーを入れた液体バターを丹念に塗り、再びかまどに入れるという作業を、氷点下で繰り返すんだぜ? その足でキッチンに戻って他の仕込みもしなきゃいけないんだぜ? 病み上がりにやらせる仕事か? ふざけんなよ畜生。


 全ての調理を終え、料理を提供し、食事を摂り終えた頃には、俺はもう憔悴しきっていた。


 だが、やりきった。やりきってやったぞコノヤロー。


 ソファーでぐったりしてる俺を尻目に、ロキを含めたみんなはすっかり打ち解け、なんかトランプとかして遊んでるし、もうシャワーも浴びたし、俺は離れに戻るとするか……。


「さて、俺はそろそろ寝るわ。お先~」

「あら、レイ。離れに戻るの? 外は寒いから湯冷めしないようにしなさいね」

「わかってるよ。ばーさんも早く寝ろよ? おやすみ」


 俺はコキコキと肩を鳴らしながら、和気藹々と騒がしいリビングを後にする。


 少し冷えた、薄暗い廊下を歩き、庭へと続くドアを開けようとしたときだった。


「あ、良かった間に合った。レイ、離れに戻るんでしょう?」

「エリシア……」

「はい、ホットミルク。離れきっと冷えてるでしょう? 薪ストーブだし、すぐには温まらないと思うから、風邪引かないようにと思って温めてきたよ」


 エリシアは、俺に小さなポットを手渡してくれる。


「ああ、ありがとう。わざわざ悪いな。お前も風邪引くなよ? 今日は一段と冷えるからな」

「むぅ。私は大丈夫ですー。わざわざコート着込んでまで氷点下の外に出て、離れで眠るレイのほうがよっぽど心配ですー!」


 まぁソレもそうなんだが。やはり、元々物置小屋だった場所を改装してまで、離れに自室が欲しいと強請ったのは俺なのだ。ばーさんの屋敷は広いし、部屋もたくさん余っていた。だが、ばーさんは反対もせずに許してくれた。だが、ちょっと寂しそうな顔を見せたのが、今でも忘れられない。


 俺はただ、スキラと過ごした黒の森の家に、少しでも近い状況で眠りたかった。多分ばーさんも、わかってくれてたんだろう。


 あの場所がこの屋敷で一番落ち着く場所だというのは、今でも変わらない。


「おやすみ、エリシア」

「あ、待ってレイ。あのね? ちょっと内密にして欲しい事があるんだけど、耳を貸してくれる?」

「ん?」


 俺はエリシアの身長にあわせ、少し前かがみになり、エリシアの顔に耳を近づけた。


「あのね……」




 まさにソレは刹那だった。


 エリシアの両手が俺の頬を包み込んだかと思うと、真っ直に俺の顔を向け、エリシアは自分の顔を俺に近づけたのだ。



 キスをされた。



 唇が触れ合うだけの、柔らかいキス。



 少し名残惜しそうに、ゆっくりと離れるエリシアの唇。



 あっけに取られ、俺は何も考えられず、ただただ立ち尽くすしかなくて……。




「えへへ、油断大敵だよ、レイ。よかったね、アサシン辞めて。そんなんじゃ、どの道勤まらないんじゃない? だって私に不意打ちされちゃうくらいだもん。やっぱり向いてなかったんだよ、アサシンなんて。それじゃ、おやすみレイ!」


 ぱたぱたと、まるで逃げるように、エリシアは廊下を走り去ってしまう。


 俺はなんだかぼーっと呆けたまま庭に出て、離れへと戻ってきてしまった。


 そしてぼーっとしたままストーブに薪を放り、火を付けて、エリシアが渡してくれたホットミルクをカップに注いで、一口啜った。


 蜂蜜が少量入っているのか、ほんのり甘く感じるホットミルクだった。


 どうやら、ホットミルクを温める事くらいは、エリシアでも出来るらしい。


 ……いやまぁホットミルクをどうやったら毒物へ変貌させるのかって話になるんだけどね。しかし、この甘味には覚えがある……。


「ああ、そっか。エリシアもこのホットミルク少し飲んだのか」


 再び、エリシアとのキスが脳内でフラッシュバックする。ほんのりと、エリシアの唇が甘く感じたのは、ホットミルクに使われた蜂蜜のせいだろう。


「……エリシアの奴。誰がアサシン向いてないだ。あんな不意打ちは質が違うだろ。殺気がこれっぽっちもないんだから、予想だってできるわけないだろ」


 悔しさと恥ずかしさ、そして今更ドキンドキンと音を立てる心臓の鼓動を感じている俺の目に、椅子に折りたたみ、掛けてあるシルフィードマントが目に入る。




「それじゃあ、私そろそろ寝ますね。皆さんおやすみなさい」

「おう、おやすみーエリシアちゃん」

「いいのー? 彼氏の部屋行くのにそんな薄着でー♡ 外は寒いから、すぐにベッドに入れてもらわないと風邪引くわよー? きゃはははははは」

「ちょ、ちょっと! 行かないわよ! オリビア飲み過ぎよ!? もう、程ほどにしなね? おやすみ! ま、全くもう!」


 エリシアがリビングから出てくる。俺はその様子を、廊下の隅で確認していた。


 エリシアは、そのままこちらに向かって歩いてくる。L字形の廊下を突き当たってちょっと行った部屋が、エリシアに割り振られた客室だ。俺は突き当たりの廊下の壁に寄りかかりながら、彼女を待ち伏せる。


 勿論の事だが、エリシアは俺の姿を見つけられない。それは俺がシルフィードマントで姿をすっぽりと覆い、さらに神隠しの法を発動するというパーフェクトスニーキングモードだからだ。


 エリシアがふと立ち止まり、窓の外を眺める。視線の先は、明かりの消えた俺の離れだった。残念だが、エリシア。そこに俺はいない。俺はお前の目の前にいるのだから……。


「エリシア」

「え? レイ? 寝たんじゃ……あれ? 今確かにレイの声が……」


 わざわざ声を掛けたのは、エリシアがびっくりして悲鳴を上げれば大事になってしまうからだ。


 俺はエリシアの目の前でマントを翻し、姿を現してやった。


「ふぇ? れ……」


 そして驚き戸惑うエリシアを抱き締め、そのままマントで互いを包み込み、神隠しの法で姿を消した。勿論、誰一人として目撃者はいないが、もしも誰かが目撃していたとしたら、エリシアが急に煙のように姿を消したように映るかもしれない。まさに、神隠しとはこの事だ。


「しー。声出すなよ? 姿は完全に隠せるけど、音とか声までは完全に消せないからさ」

「れ、レイ? あ、あの。ど、どうしたの?」

「アサシン失格とか言われたからな。その仕返し、かな?」


 俺はエリシアに優しく微笑みながら、優しく頬を撫でてやる。


 勿論俺の仕返しはまだ終了しておらず、俺の次の一手を先読みしたエリシアの顔が、ボッとリンゴのように真っ赤に染まる。


「え、ちょ、ちょっとまって? 嘘、だって誰かに……」

「見えないけど? それに、小さな音くらいはかき消してくれる。便利だろう? このマント。アサシンでも持ってる奴は殆どいないんだぜ?」

「そ、そうかもしれないけど、落ち着かないって言うか、あの、ちょっと待ってよぅ!」

「ったく、うるさい口だな。覚悟決めろよ……無理矢理奪ってないだけ紳士的だろ?」


 エリシアは、口ではきゃーきゃーと騒ぐが、もがいて逃げようだなんてせず、俺の腕の中にすっぽりと納まってしまっていた。そしてついに観念したのか、俺の胸へと、くたっと顔を埋めた。


「……卑怯者」

「そりゃーアサシンですから」

「私、脱退させたもん」

「んじゃあ、暗殺者ですから」

「変わってないじゃない! もうそんな汚れ仕事、私がさせないからね?」

「えー? じゃあ俺の役職何だよ」


 俺の問いに、エリシアは微笑みながら、瞳を閉じて囁いた。


「決まってるでしょう? 私だけの勇者様だよ……」

「……なるほど、誰にも名乗れないけど、悪くないかもな」


 こうしてやっと、人目を憚りつつ、少し肌寒い星明りの下、俺達はゆっくりと時間を掛けて、蜂蜜のように甘く蕩けるような口付けを交わしたのだった。


えー。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。祝、60万文字突破です。ええ。おめでとうございます。あなたは60万文字にも及ぶ、長い長い物語を、ここまで読んで来たのです。読んで来てしまったのです。そしてついに、二人のキスシーンにたどり着いたという事ですね、ええ。これからも、温かい目で二人を見守ってあげてください。よろしくお願いします

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