―久々の里帰りⅠ―
夢の様な長い長い聖夜祭が終わり、世間では年末と呼ばれる時期に入った。
そして、俺たちの仕事も佳境を向かえ、俺とエリシアは一日に5件ものクエストをこなしていた。ちなみに、今日が最終日。そしてコレが最後の仕事だ。
コルトタウンから北西にしばらく行ったところには鉱山があり、レオニードの貴重な資源の一つとなっている。ここからは、鉄や銅といった良質の金属だけでなく、場所によっては金や宝石などが取れるのだが、いかんせんとにかく魔物が多い。
小型の魔物から大型の魔物。そして異種族に至るまで、多種多様の勢力が人間に牙を向く。
唯一人間に好意的なのはノッカー族くらいだろう。やはり年末の今日も依頼が多く、すでに4件の案件をこの場所でこなしていた。
そして今年最後のクエストをこなそうと、廃坑に忍び込んだのだが……。
『こちらエリシア。レイ、状況を報告してください』
「状況は……。依頼内容より随分と実際の内容がかけ離れていることに戸惑いを隠せない……かな」
『え? ちょっとまってね、今映像が届いたからチェックするね。……えっと、依頼内容は、廃炭鉱に住み着いたオークの群れの討伐ってなってるけど、コレはオークじゃなくて……』
「ああ、トロール……だな」
『どうなってるの? だって確かに2日前まではオークが住み着いていたはず。それがなんで急にトロールに変わってるの?』
ごふごふっと鼻を鳴らしたトロールが、俺の存在に気がついたらしい。神隠しで姿を隠しているはずの俺を見て、じゅるりと舌なめずりをした。こいつの嗅覚は犬の倍はあるらしい。
「うーん。オークが住み着いた後にトロールがやってきて、オークたちはトロールに追い出されたか、もしくは……」
俺は神隠しを解き、跳躍してトロールと距離を取る。
『レイ、あれ! トロールの足元!』
エリシアの指摘した位置には、オークたちの壊れた武器が散乱していた。そしてよく見ると、あちらこちらに、オークの物らしい、おびただしい量の血痕が残されている。
「あーあ、ご愁傷様。やっぱりディナーにされたらしい」
『レイ、来るよ! 私もすぐ援護に向かうね!』
トロールは太い木に岩をくくりつけただけの石斧、もとい岩斧を振り回し、炭鉱の壁を破壊しながら俺に突進してくる。
「いや、来ないほうがいい。場所が悪すぎるから一時撤退する。エリシアはとりあえずマスターと村長にこのことを伝えて、トロール討伐を正式に依頼してもらってくれ。とりあえず報酬は20万上乗せな」
『えー? それは厳しいんじゃないかなぁ。この村の経済状況はかなり厳しいよ。トロールともなれば順番待ちの軍の討伐隊だって優先して来るでしょ? あれは基本無償で動いてるからそっちに連絡されちゃうよ。レイならトロールの相手なんて楽勝でしょ? 前回と違って手持ちの武器も十分だし、とりあえず5万上乗せで話を進めるから、いいよって言うまでやっつけちゃダメだからね』
「はいはい、そこらへんは上手く商談してくれ」
『うん、じゃあ逃げてくる時は村からは出来るだけ距離をとってね。トロールが暴れまわって、まだ機能してる坑道を潰したりしないよう気をつけて。レイの端末に一応位置情報を送っておくから、参考にしてね』
「それ無茶振りって言うんだぜ? 相棒。もう俺、追っかけられてるし」
俺は出口へと走り出していた。背後からは破壊音とともに下品な笑い声が聞こえてくる。
『ぶひひひひ、げひひひひ』
「おいおい、オークの群れを何匹食ったか知らねーけど、俺なんて食ってもうまくねーぞ? 腹壊すぜっと!」
俺は天井に向かって爆薬つきの投げナイフを投擲した。
トロールは俺を追いかけることに夢中になり、天井に突き刺さったナイフに気がつくことが出来ず、丁度トロールがその真下を通る瞬間、それは爆ぜ、爆発音と共にトロールの脳天めがけ、崩落した岩が降りかかる。
『うが?』
間抜けなトロールは爆発音に気を取られて天井を見上げ、顔面で岩を受け止めた。
『ちょっとレイ! 今の音何!?』
「ん? ああ、生き埋めにならない程度に爆薬を使った」
『何てことするの!? 村にまで音が響いてきたよ!? 坑道の外は雪が降ったばかりなのよ!? 雪崩にでもなったらどうするの! もう絶対しないで!」
「はいはいわかったよ、イヤホンがキーンとなるほど怒るなよ。雪崩が起きるぞ?」
トロールは鼻から無様に血を流し、こめかみの血管が浮き出るほど、怒り心頭といった感じで、血走った目で俺を睨みつけた。
「流石にタフだな、気絶くらいすると思ったんだが……」
『ぐおおおおおお!!!』
俺は再び走り出す。そして背後に迫ったトロールの岩斧を、前方に飛びこみ、回避した。斧は轟音と共に地面にめり込み、坑道の中に地震のような衝撃が走る。
その衝撃によって、再びトロールの脳天に岩が落ちてきた。イヤ、あれは岩というよりは鍾乳石だろうか。鋭い円錐型の岩が、ぐざっとトロールの脳天に突き刺さるかのごとくぶち当たり、ガラガラと砕け散った。
「うわー、痛そうだな。お前よく生きてるなぁ」
『……ぐぅるるるるるるる!』
さっきから血走っていた目が、さらに真っ赤に充血していく。
「いや、今のはお前が悪いだろ。絶対」
途端、トロールは坑道を潰しかねないような勢いで暴れ始めた。手当たり次第に梁や壁を石斧で破壊し、岩を掴んではこちらに放り投げてくる。
「やっべ! 神速!!!」
俺は神速を発動し、すぐさま坑道から脱出する。
『どごぉぉぉぉん!!!』
後方から轟音が聞こえたかと思ったら、坑道の入り口が大岩で塞がれていた。
どうやら俺が振り向かずにダッシュしていた間に、奴は大岩を持ち上げ、こちらに向かって投げつけていたようだ。
「な、なんつーことを。直撃してたら流石に死んでたわ。まぁそんなヘマしねーけど……。ってか、やっぱバカだなー。あいつ自分で自分を閉じ込めちまったよ。なんにせよ、コレで取り合えずは安心だな。あとは煮るなり焼くなり……」
俺はため息をつき、切り株に腰掛けようとした瞬間だった。
『どごぉぉぉぉぉん!!!』
再びの轟音と共に、入り口を塞いでいた大岩が砕け、完全にぶち切れモードのトロールが飛び出してきた!
「うっそ!?」
俺は飛んできた自分より大きな瓦礫を避け、後方の木の枝に飛び移った。
そして武器を構えた時だった。俺目掛けてトロールの右手のひらが迫り、思わず後方の木に飛び移る。奴の手が俺を掴む事は無かったが、俺の着地していた木は、木っ端微塵に吹き飛んだ。
そして今度は近くにあった巨木を引き抜き、そのまま俺へと放ってくる。
「ちょ、ふざけんなよ!」
俺はすぐさま跳躍し、再び別の木へと飛び移り、ナイフを投げながら敵を牽制する。
「おい、エリシアまだか!?」
投げたナイフを諸共せず、石斧を振り回しながら突進してくるトロール。俺はトロールの繰り出す攻撃を次々と躱した。ブチギレたトロールが暴れるそのたびに、地響きと轟音が辺りに木霊する。このまま暴れ続けると、本当に雪崩を起しかねない。そろそろ決着を付けるべきだろう。
『レイがあんな音立てるから村の人が心配になっちゃったのよ!……ええ、大丈夫ですよ。はい、了承していただけるのであれば、ここにサインを。……はい、ありがとうございます。では契約成立ということで、後はこちらで対処させていただきますね。いいよー、レイ。お待たせ』
「ったく、やろうと思えばこんな奴、一秒もかからねぇっての!」
俺は両手の剣を翼のように構え、腰を深く落とし、迫るトロールに意識を集中した。
『ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!!』
「神速っ!」
前方に向かって跳躍し、まずは迫るトロールの右腕をすれ違いざまに切り落とし、正面の木を蹴り飛んで後方から延髄まで刃を入れ、最後に正面から息の根を止めるべく、着地と同時に再び跳躍し、喉のあたりから、後方から延髄にかけて入れた傷に刃を到達させ、頭を切り落とした。
「……せめて君の眠りが、安らかであらん事を」
これで今年の仕事も終了だ。しかし、連戦に次ぐ連戦。『市販のちょっと良い剣』は一日で鈍に変わってしまったようだ。おかげで延髄からの一撃で仕留める予定だったのに、第二撃目を入れる羽目になった。俺としたことが、目標を無駄に苦しませてしまったことになる。俺は剣を鞘に収め、『お勤めご苦労さん』と一言告げた。やっぱり市販はこんなもんか。今年最後の新製品って言うから試してみたけど、やっぱ切れ味の持続がなぁ。一般歩兵にはコストも低いし、丁度良い代物ではあるけど、イマイチだったな。
『トロールの殲滅を確認しました。……え? ええ。今終りましたよ? え、早すぎですか? それは勿論、ウチの冒険者はプロ中のプロですので! 今年はこれで受付は終了となってしまいますが、来年以降、迅速な対応が必要なクエストなどは、是非、ウチのレイ=ブレイズをご指名ください。来年も、エアリアルウィングをよろしくお願いします。では、クエスト完了のサインを……。あ、レイお疲れ様。流石だね、後の処理はやっておくから、とりあえず村に戻ってきていいよ』
「了解、撤収するわ。……思ったんだけど、お前もだいぶ手馴れてきたよな」
『ふふふ、先生がとてもすばらしいからねー』
ちゃっかりCMするあたり、ほんとマスターそっくりの商法になってきた。しかし、何よりすごいのは、その作業効率の良さだ。俺一人だと事務的な処理に時間を食い、一日辺り2件がやっとだろう。
だがエリシアはその事務処理や事後処理の手続きなどもサクサクと終らせてしまい、次の任務の内容もそれとなくこちらの端末に送信してくるのだ。
まさに敏腕マネージャーだ。
―エアリアルウィング―
「と、言うわけで、コレにて私たちのお仕事は完遂! 目標の100万nを軽く飛び越えて250万n!レイ、お疲れ様!」
「お疲れ、エリシア。色々助かったよ。ほい、お前の取り分」
俺は半額である125万をエリシアに差し出した。
「こんなにいらないよ。実際私は戦ったりしてないし、とりあえずの作戦を立てたのと、事務作業しか出来てないもん。そうね、私は50万nもらえば十分だよ。それでも多いくらいだもん」
「良いって良いって。俺一人じゃ目標の100万も怪しいもんなんだから、とっとけよ」
「そうは行かないよ。私のためにレイは任務のランク大分落としてくれてるんだし。本当は邪竜討伐受けたかったんでしょ? ジークさんといっちゃんが代わりに受けてくれたけど」
「ソレとこれとは話が別だ。二人で頑張ったんだから分け前は同等の半分こ。俺は半分しか受け取らないから、それでも要らないのなら寄付でもするんだな」
俺の提案を、エリシアは急に黙り、目を丸くして驚いていた。
「すごいレイ、名案だわ! そうね、それがいいわ! まだこの間のヴァンパイア事件で被害を受けた村々の復興も始まったばかり! それに、祖国から来た難民の皆さんも、きっと支援が必要だわ! 今すぐ手続きしてくるね!」
「え?……おいマジかよ?」
「ありがとうレイ、本当に素敵な考えだと思うわ!」
「お、おう。そ、それじゃあコレ俺の分ってことで、俺の5万もついでに寄付しておいてくれ」
「いいの?……ありがとうレイ。きっと私の祖国の人たちも喜ぶわ。やっぱりレイは優しいね! それじゃあ行ってくるね!」
エリシアはすぐさまマスターの居る受付へと走って行き、意気揚々と説明し始め、その説明を聞いたマスターもちょっと引いていた。そして受付に置いてある小さな募金箱には札束がつめられ、募金箱はパンパンに膨れ上がった。そして、勝手に持ち出されないよう魔法による厳重なプロテクトが、マスターによって掛けられる。
帰ってきた面々が、その異様な募金箱を見て絶句していたのは、言うまでもないだろう。
「……? 何? どうしたの? 私の顔にソースでもついてる? そんなじっと見つめられると、何だか恥ずかしいよレイ……」
おやっさんのパスタをカウンターで二人で食べながら、俺はエリシアの顔をまじまじと眺めてしまっていた。
「……いや、なんでもねーよど天然」
「あー、また天然って言ったー。私何か変なことしたかなぁ?」
いや、正直エリシアの行為はめちゃくちゃ立派なことだと思う。だが、俺の冗談をあんな風に実行され、輝く瞳で優しいだなんて言われると、非常に複雑な気分になる。
「もう今年も終わりかー……」
壁にかかったカレンダーを眺めながら、そんな事をつぶやいた。
「ねぇ、レイ。レイにとっては今年はどんな年だった?」
「んー、例年よりはかなり大変な年だったな。毎年何回かは死にかけるけど、今年は激しかったな。お前は、聞くまでもなく最悪の一年間だったよな。それなのに、よく頑張ってるよ、お前は」
俺はエリシアの頭をクシャクシャっと撫でてやった。
「……も、もう、またすぐそうやって子ども扱いする! むぅ……」
エリシアは嫌がるそぶりなんて一つも見せずに、俺に抗議の目を一生懸命向けていた。頬を紅く染めてこちらを睨むエリシアは、なんだか可愛かった。
「レイちゃーん? お食事中のらぶらぶタイムの最中に申し訳ないんだけど、ちょっといいかなぁ?」
「うわぁっ!?」
俺は素早くエリシアから手を引っ込めた。
「マスター!? 私たち別にらぶらぶだなんてしてないです! レイが一方的に意地悪してくるだけです!」
「はいはい、そう言う事にしておいてあげます♪……さて、本題に入るんだけどね、レイちゃん、今年こそは」
「帰りません」
毎年のことだ。毎年毎年、マスターは仕事が終り次第、『今年こそおばあ様の屋敷に里帰りしましょう?』とか言ってくる。
俺はアサシンになることを必死に反対してたばーさんを振り切って、アサシンになり、多くの命を殺めた。家出同然で飛び出し、国の命で動いていたとはいえ、この手を血で染めたんだ。
今更、スキラと同じくらい、ばーさんには顔向けできない。
「ねぇレイちゃん。おばあ様が帰っておいでって言ってくださってるのよ? おばあ様はレイちゃんのことちっとも怒ってないわよ? 私とロキのために自ら汚れ役を買って出た貴方を、褒めることは出来ないけれど、責めることなんて出来ないって、許してくれてるのよ? 何時までも子供みたいに意地張ってないで、ね? おばあ様はいつも電話で『レイは元気? がんばってる?』って、いつも心配しているのよ? 今年こそ、顔を見せてあげて?」
「…………」
わかってるさ。けど……。
「もう! ほんっとに強情なんだから! でも私諦めない! 今年こそは無理矢理にでも連れて行くわよ!? あ、エリシアちゃん、申し訳ないんだけど、あなたもついて来てほしいの。お婆さまの魔法の知識は私以上よ。あなた『固有の能力』についても、きっといいアドバイスをしてくださるはずよ」
「本当ですか!? 是非ご一緒させてください! あ、そうだ……! マスター、今年中のクエスト受付は終了してるのは重々承知なのですが、エリシア=バレンタインとして、エアリアルウィングに依頼をしたいのですが、それは可能ですか?」
「え? ええ、まぁギルド内でのクエストのやり取りだし、一応料金は掛かるけれど……。ああ、なるほど!」
「そうです! ではすぐ書類を用意しますね!」
「はいはい、今回は特別に指名料と手数料は社割りってことでサービスするわね♪」
「じゃあレイ、悪いのだけれど、もうひと仕事お願いね!」
「え? 俺に仕事? まぁ簡単な仕事なら全然構わないぞ? でも」
一体何だ? と言いかけて、エリシアとマスターの悪巧みに気が付き、俺は凍りつく。
「ちょ、エリシア今の無し!」
「はい、出来ましたマスター。受理おねがいしまーす♪」
「早ッ!? なんでそんな時ばっかり俺の神速を超えたスピード出すわけ!?」
「はい、依頼内容は『旅行期間中の身辺警護』で、指名は『レイ=ブレイズ』でよろしいですね、エリシア=バレンタイン様。貴女様の経歴からして、任務失敗は絶対に許されませんので、特命として受理させていただきますわ♪ そして彼は一応は休暇中なので、少し割高にはなってしまいます。えー、諸々の費用を計算しまして、基本料金は5万nでいかがでしょう♪」
「ハイ、よろしくお願いいたします♪」
「安っ!? どこが特命だよ!」
「以下の内容でよろしければここにサインを♪」
「よろしくねぇぇぇ!」
そう言いながら、マスターは募金箱から5万を引き抜き、そのまま契約書に判を押した。
「ちょっと待て! それ、元々俺の5万じゃねぇ!? てか募金箱から抜くってどういうことだよ!?」
「はい、レイちゃん前金の3万♪ これ特命だから勿論断れないわよ。あと2万は無事任務が終了したらちゃんと支払うから、しっかりね。あ、それと、もし道中何らかのトラブルに巻き込まれたとしたら、働き次第で報酬はアップするから、がんばってね。まぁ何もないでしょうけど♪ ふふふ。ほんと、優秀な弟子♡ 師匠は鼻が高いわ♪」
「なんの茶番だコレは……」
「よろしくね、レイ♪」
「おーまーえー……」
「あれ、レイは私を守ってくれないの? 守りたくないの?」
俺が抗議しようと口を開いた途端、エリシアはドヤ顔でそんな事を口にする。
「え。ちょ、……卑怯だぞエリシア」
「ふふふ、意地悪な相棒を持つと、ちょっとくらい卑怯にならないと勤まらないからね♡」
ニコニコと、してやったりという万遍の笑みを浮かべるエリシアを、恨めしく睨みつける。
だがエリシアはそんなことなど何処吹く風で、メモ帳に必要なものを思いつくだけメモし始めてしまった。
「あの、マスター」
「ん? なぁに、いっちゃん」
「私も連れて行ってください! 私ももっと魔法の勉強がしたいです! 今よりもっともっと、皆さんの役に立てるように、立派なプリーストになりたいんです!」
「いっちゃん……! あの引っ込み思案だったいっちゃんが、こんなにも熱くなるなんて! 実は私も、いっちゃんを誘うつもりだったの! 最近のいっちゃん、魔法の練習をすごく頑張ってたから、そろそろ伸び悩む頃かなって思ったの。おばあ様も是非にと、歓迎してくださってるわ。みんなでおばあ様の家でたっぷり修行しましょう! あ、もちろん旅行としてもたっぷり楽しむわよ! と、言うわけで、オリちゃんも行くからね?」
「えー? 私もー? 私、精霊の森の精霊とあんまり相性良くないから遠慮したいんだけどー」
マスターのいきなりの指名に、オリビアはワインを飲みながらぶー垂れた。
「そう言わずにね? 慰安旅行みたいなものだし、皆で楽しみましょうよ。ちなみに、おばあ様のワインセラーには60年物以上の良質なワインが大量に貯蔵してあるのよん♪」
「60……! ま、まぁマスターがそう言うなら行きますけどぉ? うふふふふ、60年物飲み放題ー! ビバ精霊の森!」
「決まりね。……さて、男性陣諸君はどうする?客室なら沢山あるし、男手があると助かるのだけれど、誰か来てくれるかしら」
マスターはテーブルでポーカーをしている3人組に声をかける。
「僕は年末年始は家族と過ごすのが慣わしですので、今回は辞退させていただきます。今年はフィアンセも来るしねー。さて、僕はストレートだよ」
アーチャーはそういいながら、手札のストレートをグレンたちに提示した。
「うわ……。俺2ペア。俺も遠慮しときます。ティアマトの疲れもけっこう溜まってるので、温泉で休養させてやろうと思ってますので。ってフィアンセ!? そんなの居たのアーチャー!? 初めて聞いたよ!?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 2年ほど前のお見合いで知り合ってね。実にすばらしい女性だよ。まぁちゃんと結婚式には招待するよ。式は来年の6月予定だよ」
「なるほど。ティアちゃんはいつもがんばってくれてるから、しっかりと労ってあげてくださいな。アーチャー君、ジーク君はパスっと。グレンちゃんは?」
「俺は行ってもいいぜ? どうせ暇だしな。諸君悪いな、俺はフルハウスだ」
「「マジか」」
おや、珍しくグレンの総取りか。大体あいつブタが多いんだが。
「了解、じゃあグレンちゃんは参加ね。お父さんはどうするー?」
「俺ぇ? 若い連中に混じって俺のようなオジんが行ける筈なかろうて。若い者は若い者同士楽しんでくればいいさね。旅行先まで料理しろって言われてもたまらんしなぁ、はっはっは」
「え、や、やだなぁそんな事言うはずないじゃないですかぁ。オホホホ」
ああ、アレはやらせる気満々だったな? ばーさんに『ウチの最高のコックさんです!』とかなんとかいって自慢気に仕事させるつもりだったな? となると、料理まで俺の仕事になりそうだな。『ウチの最高のコックが仕込んだ、レイちゃんの料理の腕をごらん下さい』とかなんとか言ってさ。あーあー、憂鬱加減がうなぎのぼりだぜ。
「さてさて、後は移動手段ね。7人プラス荷物を考えると、この間購入&改装が完了したエアリアルカー3号の出番ね!」
エアリアルカー3号機、それはマスターがキャンピングカーを買うことをケチり、トラックに中古のキャンプトレーラーを装着させ、中を改装という名の大改造を施したぶっ飛んだ車のことだ。
中には簡易キッチン、ソファー、テレビ、冷蔵庫、冷暖房、毛布や娯楽物などが完備されている。
ちなみに運転席はなーんもいじってない。そして運転手はもちろん、男性メンバーが勤めることになるのだ。
仲間たちが旅行への期待で胸を膨らませ、俺は憂鬱に取り付かれながらその日は解散し、それぞれ旅の支度を整え、次の日の朝を迎えるのだった。




