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ーレイの復讐Ⅰ―


 捕まった俺たちはすぐに、近くの村へと連行された。そこは、後で知る事となるのだが、俺の事を捨てた連中の村だった。俺は、最悪の形で生まれ故郷へと戻ってきた事になる。もちろん、当時の俺はそんな自覚は無かった。両手を手枷で繋がれ、猛獣を入れて置くような、無骨な壁のない檻に入れられたまま、まるで見世物のようにゆっくりと、俺たちは連行される。俺たちを見る村人の目は、憎悪に充ち、正気を失っているようにしか見えなかった。


 その時だった。俺と同い年ぐらいの子供と目が合った。初めて見る同世代の同じ人間の男の子。彼は次の瞬間、憎悪で顔を歪ませ、知らない言葉で叫んだ。


「オトウサントオカアサンヲカエセ!」


 彼は、俺目掛けて石を投げた。石は檻の鉄格子に当たったが、それを合図に、村人が一斉に石を手にして、俺たちに向かって投げつけてきたんだ。


 スキラはすぐに俺に覆い被さり、村人全員の攻撃を、一人でその体に受け続けていた。



「スキラ! ダメだよ、どいて! スキラが死んじゃうよ!」

「大丈夫よ、レイ。あなたが痛い思いをするほうが、私はずっと辛いわ。ゴメンね、こんなことになる前に、きっと何か方法はあった。……私がもっと人間と、打ち解ける努力をしていれば……! うっ!」


 石だけでなく、卵やトマト、そして中にはゴミを投げつけてくる奴もいた。その醜悪さといったら、救いようのないものだった。言っている意味は当時の俺には一切わからなかったが、罵声を浴びせられていることはちゃんと伝わっていた。

そんな中でも、スキラの声はしっかりと聞こえ、そしてその懺悔は続いた。


「怖かったの。あなたを拾ってしまったときから。いつかは訪れるであろう、あなたを失う日が。

私は、家族を失って、たった一人になってしまって、何十年と孤独に耐えて来たけれど、あなたという温もりを手にしてしまった以上、もう孤独だった頃に戻れなかった。

 ゴメンね。あなたが森に捨てられた理由は、何となく、察しが着いていた。あの薔薇が誰かに持ち帰られた形跡があって数日のことよ、あなたが森に捨てられていたのは。

 馬鹿な人間たちだと思ったわ。あの時、村へあなたを返し、誤解を解いて薔薇の拡大を防ぐ方法を人間たちに伝えていれば、こんな事には成らなかったかもしれない。

 でもそれが出来なかった。私は孤独に負けてしまったの。あなたと暮らす事を選んでしまった。そして結果、あなたにまでこんな辛い思いをさせてしまっている。

 ごめんね、私を許して、レイ……。ごめんね、ごめんね!」


 スキラが、俺に初めて涙を見せた。いつも俺に優しく微笑みかけていたスキラが、泣いていた。それがどうしょうもなく、悲しかったのをよく覚えてる。


「何でスキラが謝るの!? 悪いのは全部人間じゃないか! 勝手に森に入って薔薇を抜いて! 勝手に自滅して! 勝手に全部スキラのせいにして! 僕を森に捨てて! 僕らの森を焼いて! ドリアードとゴブ、狼の皆を殺して! こんな、こんな酷くて醜い生き物と一緒になんか暮らしたくない! だって見てよ! どいつもこいつも、何よりも醜いじゃないか! 森にこんな残酷な生き物は居なかった! こんな不気味なところなんかじゃ暮らせない! 僕はスキラと一緒がいい!」


 森へ帰りたい。今すぐあの温かかった場所へ帰りたい。全ては悪い夢なんだと思いたかった。


「きっと、そうは行かないでしょうね。レイ、あなたに今から魔法をかけるわ。この先ずっとこの国の言葉なら話せるようになる魔法よ。……多分私はこの後処刑される。あなたは人間の子供だから、きっと殺される事はなく、ずっと私が魔法で操っていたって事にされると思うわ。もしそうじゃなくても、私がそうなるように仕向けてみせる。いい? レイ。これからは人間の世界で生きていかなくちゃいけないわ。こんなことしか出来ない私を許してね……」

「処刑って何!? 僕はスキラとずっと一緒に居る! 人間なんかと暮らしたくないよ!」

「ごめんね、レイ。それはできないわ……。私はこれから、きっと殺されてしまう」

「…………え?」

 

 眩暈がした。胃の中のモノを全部吐き出したくなった。


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! スキラが死んじゃうなら、僕だって一緒に死ぬ! 死ぬのなんて怖くないよ! スキラが居なくなっちゃうほうがずっとずっと怖いよ!」

「……言霊の精霊よ、汝、この者に宿り力を与えたまえ」


 スキラが俺の頭に触れ、呪文を唱えると、より鮮明に、住民達が俺たちに何を言っているのかが理解できた。耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が、スキラに向けられていた。


「……レイ、私からの最後の約束よ。生きなさい。何が何でも生き抜きなさい。この先、絶対に私を追いかけてはダメ。何処に居たって私は、あなたを見守っている。目に見えなくても傍にいるわ。お願い、わかって、レイ。ほら、約束しましょう? 手を出して、レイ」


 俺は、手を出そうとはしなかった。そんな約束をしてしまったら、スキラは二度と帰ってこない。そう確信していた。スキラが居なくなってしまうなんて、俺には耐えられなかった。だからいっそ、一緒に死にたいと、本気で思っていた。


「嫌だよ、そんな約束したくないよ! 何でそんなこと言うの? 僕のことが嫌いになったの? 僕はずっとずっと、スキラと一緒がいい。お願いスキラ、僕をおいてかないで? もう好き嫌いだってしない。いい子にしてる。僕を嫌いにならないでよスキラ」


 スキラは俺の額に口付けし、頭を撫で、ぎゅっと抱きしめてくれた。


 傷だらけで、頭からは血を流しながらも優しく微笑む彼女の顔は、今でも忘れられない。思い出せば思い出すほど、心臓が締め付けられるような痛みを伴いながら、温かい気持になる矛盾を抱えてるんだ。



「……バカね、愛しているわ。これからも、ずっとずっと大好きよ、レイ」

「スキラ……。僕も大好きだよ、スキラ。スキラ、スキラぁ」


 俺はスキラにギュッとしがみついた。離れぬよう。一緒に居られるよう。絶対に話すもんかと、ぎゅっとしがみ付いていたが、兵士は無情にも、俺とスキラを引き離した。


「こい! こっちだ! さっさと歩け! この雌犬が!」


 兵士が、スキラの美しい髪の毛を乱暴に引っ張り、抵抗しないスキラを痛めつける。


「やめろよ! スキラを離せよ!」

「なんだこのガキ、喋れるのか? ん? お前、……人間なのか?」


 その兵士は驚きを隠せないようだった。それは、他の兵士や住人達も同じだったらしく、俺には狼の耳も、尻尾も存在しない事を理解すると、動揺が広がっていく。


「お前らみたいな蛆虫と一緒にするんじゃねぇよ。それ以上喋りかけるな。お前の息はトロールの体臭以上の腐臭がする! 汚い息を吹きかけるんじゃねぇ蛆虫!」


 ゴブが以前ふざけて教えてくれた相手を侮蔑する言葉を、思いつくだけ全てぶつけてやった。子供とは思えないセリフがスラスラと出てきた。どうやらちゃんと伝わったらしい。すぐに兵士は怒り出した。


「この餓鬼っ! お前は教育ってものが必要らしいな! たっぷりお兄さんが教育してやるから覚悟するんだなぁ!」


 がしっと、俺の髪の毛を乱暴に掴み、手を上げようとする兵士。だが、俺は恐れなかった。ただその兵士を睨みつけ、歯を食いしばり、殴られる事を覚悟した。だが、それをスキラが許さなかった。


「やめなさい! その子に乱暴したら、あなたの家族、友人、恋人とその家族全員を薔薇に変えるわよ! 今の私に残された魔力でも、それ位は容易いわ。この場に居る全ての愚かな人間たちよ! 聞きなさい!!!

 その子に少しでも手を出したら、私は決して許さない! お前達全員を、この命を対価として呪い殺してやる! 一人残さず、残酷な死を与えてやる! 未来永劫、死して尚、その魂まで苦しめてやる! この国全土を、お前達の血で染まった紅い薔薇で埋め尽くしてやる! 私を殺してもこの呪いは消えはしない。その子がお前達に苦しめられ、その命を奪われた時、お前たちの体を薔薇が突き破るだろう! 

 例外なんて居ない。老人も、男も、女も、子供も、生まれたばかりの赤子も! 

 全て薔薇に貫かれ、苦痛にもがきながら虫けらのように死ぬがいいわ!!! 黒薔薇の魔女の呪いを、思い知るがいい!!!」


 スキラの声は、村中に響き渡った。そして誰もが、血吸いの黒薔薇に侵食され、もがき苦しみ、正気を失い、隣人に襲い掛かるあの様を思い出したのだろう。その場にいる全ての人間が、恐怖に青ざめていた。だが、それも束の間。再び住民達は『殺せ。魔女を殺せ』と連呼し始める。


「スキラ! 何で!? そんなこと言ったら、本当にスキラは悪い奴にされちゃうよ!」


 兵士に取り押さえられながらも、俺はスキラに問いただす。言うべき事はそんな事じゃないはずだ。何故自分は無実だと訴えないのかと。だが彼女は、俺に微笑みながら振り返り、狼人族の言葉で小さく告げるのだった。


「レイ。お別れよ。私を追って来ちゃだめ。助けようとしちゃだめ。これは、罰なの。あなたの人生を捻じ曲げてしまった私への、神様が私に与えた罰なのだから」

「神様って誰? 何言ってるのスキラ!」


 スキラは、困惑する俺に、しまったと、いつものような笑顔を浮かべた。


「……そっか、神様のことを教えていなかったわね。ごめんね……もっと色々教えてあげたかったわ。大人になったあなたと、いつかお酒を飲む日を夢見たこともあったわ。もっと一緒にいたい。あなたの成長を見届けたい。ああ、死ぬことなんて恐れたことは一度もなかったはずなのに、今あなたを残して死ぬことが何よりも怖い」

「スキラ……」

 

 スキラは、涙を流しながら俺に微笑み、そして告げた。


「レイ、いい? ドリアードがいつも言っていたかっこいいオトコになりなさい。ゴブのように勇敢な男になりなさい。……そして何よりも、生きて。レイ」


 兵士達は、スキラを連行して行き、俺とスキラを別々のところへ監禁しようとしていると理解して、俺はスキラに向かって手を伸ばし続ける。


「スキラぁ! 放せ! スキラを放せよ! 違う! スキラは魔女なんかじゃない! スキラを殺さないで! やめろよ! スキラは誰も殺してなんか居ない! 魔女なんかじゃない! やめろよ! 行かないでスキラ!……スキラ! スキラぁぁぁぁ!!!」



 俺の言葉は理解され、誰もが聞こえていた筈なのに、俺の声は、誰にも届かなかった。俺はスキラと離れ離れにされ、村の神父に尋問された。


 俺は訴え続けた。あの薔薇はスキラの呪いの産物などではなく、そういう魔物のような生態で、被害拡大を防ぐ方法も、スキラならわかる。スキラを殺してはならないんだと。


 だがその訴えも聞き入れられず、俺は洗脳された哀れな人間の子供だと決め付けられた。そして次の日の朝、大勢の村人が囲む中、スキラの公開処刑が執行される事となった。忘れられたはずの裁判、『魔女裁判』によって。


「よく見ておきなさい。君を幾年にもわたって洗脳してきた悪魔の最後だ。正義の力の前に、悪は滅びる。神の裁きが下るのだ。もうすぐ君の魂も開放される。君は、自由になれるのだよ」

「離せクソジジイ! スキラを殺してみろ! お前を! この村の人間全員をぶっ殺してやる! 一人残らず目玉をくり抜いてやる! 離せ! 離せよ! スキラ! スキラぁぁぁぁ!」






 大人になった今でも、あの光景が夢に出て来るんだ。何も出来ずに、ただ情けなく、泣き叫ぶことしか出来なかった無力な自分。そして、断頭台に括り付けられ、でたらめな罪状を突きつけられても、表情一つ変えずに、目を伏せるスキラの姿が、どうしても俺の心から消えてくれないんだ。


 その度に、今の俺なら、村人だろうが兵士だろうが、全ての人間を斬り捨ててでも、スキラを救うことが出来るのにって、無い物ねだりみたいな、どうしょうもない絵空事を思い浮かべずには居られない。





「くっそ! このぉ! スキラぁ!!! ちっくしょおおおおおおおおお!!!」


 俺は手枷をはめられ、地面に 楔くさびを打たれ、犬のように繋がれていた。その手枷から、自分の手首を引き抜こうと、力任せに引き続けた。もちろんそんな程度じゃ、手枷は抜けはしなかった。そこで俺は、自分の腕を血が出るほど噛み、血だらけにして、その血を利用して引き抜こうとしたんだ。だが、それでも手枷は抜けなかった。そうしているうちに、俺の指の骨が骨折したらしい。嫌な音と痛み、そして吐き気を伴いながら、右手が自由になった。神父はその姿に驚いてはいたが、反対の手も、傷だらけにしながら無理矢理引き抜き、俺はすぐさま走り出した。スキラを助けたい一心で。……子供の俺が行った所で、何もできないのにさ。


 人ごみを掻き分け、兵士たちをすり抜けて、俺はスキラへと向かって走っていった。


「……最後に何か言い残す事はあるか?」


 処刑を執り行っている男が、冷たくスキラに言い放つ。


「……あら、聞きたいの? なら心して聞きなさい、愚かな人間たちよ。お前たちは4千年以上前から何も変わらない。何も進歩してない。お前たちを滅ぼすのはモンスターでも、他の種族でも、私の呪いでも、黒薔薇でもない。お前たちを滅ぼすのは、お前達自身。お前達のその愚かさよ! ……せいぜい足掻きなさい。もがきなさい。薔薇が無くとも、どの道お前達は自滅する。それがお前達の運命なのだから」



 人混みが途切れ、スキラを眼前に捉えた瞬間だった。俺はスキラに禁じられていたあの言葉を口にしてしまったんだ。




「お母さんっ!!!」





 ずっと心の中で、スキラのことをそう呼んでいた。


 思わず口にしてしまったその言霊は、はっきりとスキラの耳に届いた。


 驚いたスキラは、俺の顔を見て優しく涙を流しながら微笑んだんだ。





「もう、ダメって言ったのに。……ありがとうレイ。こんな私を、お母さんって呼んでくれるのね。とっても嬉しい。レイ、あなたを愛してる。あなたと出会えた。あなたが居てくれた。それだけで、私の人生はとっても幸せだったわ。ありがとう。……闇の精霊よ、かの者の視界を奪え」

「え?」


 途端に何も見えなくなった。今、目の前に居たはずの母を見失ってしまったんだ。


「スキラ!? 何するの!? 見えない、見えないよスキラ! スキラどこ!? ねぇスキラ!!!」

「貴様! 魔法は封印してあるはずなのに! 執行だ! 今すぐ執行しろ!!!」

「ハッ!」


 ドンっという嫌な音とともに、バシャリと、生温かい液体が俺に降りかかってきた。


 


 むせ返るような血の匂い。


 ゆっくりと視界が戻っていく。真っ赤に染まった自分の手のひら、体、顔。全身が、真っ赤に染まっていた。その、真っ赤な液体が、スキラの流した血であると理解するのに、時間が掛かってしまった。いや、あるいは、理解したくなかったのかもしれない。



「あ……あ……ス……キラ?」


 目の前には、血塗られた刃と、変わり果てた母の姿があった。


「そんな……! ……イヤだ! 何で……どうして? どうして? 僕達が……スキラが何をしたって言うんだ。なんで! スキラ、わからないよ。ねぇ、スキラ。教えてよ。返事をしてよスキラ……。スキ……うあああああああああああああああああああああ!!! スキラァァァァァァァァァァァァ!!!」



 俺は、彼女の亡骸を抱きしめ、狂ったように泣き叫んだ。村人達は、正義は成された、悪夢は消えたと、歓声を上げ、狂ったように喜んでいる。あまりにも邪悪で、醜悪で、おぞましい光景だった。今もその光景が、脳裏に焼きついたままなんだ。





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