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―聖夜祭Ⅰ―

 午後六時、冬の太陽は出勤時間が短いもので、あっという間に当たりは夜の闇に包まれた。

園内の木々にまきつけられた小さなライトが、赤や青、金色などの光を放ち、あたりを幻想的に照らしていた。エリシアはその風景を子供のように目を耀かせながら眺めている。


「きれい……。本当に理想郷って感じ。あ、見て! あれ聖歌隊の行列でしょ? 子供だけじゃなくて、マスコットも一緒に歌ってるよ! 流石アヴァロンね!」


 エリシアが指を指した方向には、純白の法衣に身を包んだ子供たちが、キャンドルに火を点し、聖歌を歌いながら園内の道を練り歩いていた。


「ああ、そうだな……」


ついつい、俺の悪い癖が出てしまう。聖歌を歌う子供達から、俺は目を背けた。彼らがあまりに純粋に見えるからだろうか。俺が過去に犯した罪、そして血塗られたこの身が、どれだけ穢れているか浮き彫りになってしまうからか?


 どれも違う。そんな事を今更、俺は後悔しない。そもそもこれは、後悔の念だなんてそんな生易しい物じゃない。俺の心の中で、今も燻り続ける真っ黒い炎のようなものが、じわりじわりと、ゆっくりと心を延焼させていくコレは、俺自身が抱える怨念そのもの。


「…………っ」


 顔を軽く左右に振り、雑念をふるい落とす。


 今はそんな事どうでもいい。今は、エリシアとの、この時間を大切にする。。それでいいじゃないか。


『オ前ニソンナ資格アルノカ?』

『ソノ血塗ラレタ手デ、穢レナキ彼女ニ触レルノカ?』


 この頭に響く声は、俺の罪悪感か。はたまた、俺が命を奪った亡霊か。だがどうでもいい。今は黙ってろ。俺はエリシアを守る。邪魔をする奴は、亡霊だろうが神だろうが悪魔だろうが、すべて切り捨ててやるだけだ。


『魔女ノ子メ!』『オ前達ノセイデ一体何人死ンダ?』『疫病神メ! 地獄ニ落チテシマエ!』

『魔女ノ息子メ! 何故オ前ハ生キテイル!』『魔女ト共ニ死ネバ良インダ!』『神ヲ崇メヨ! 神ヲ信ジヨ! 悔イ改メヨ! 魔女ノ息子ヨ!!!』


 五月蝿い、耳障りだ。この幻聴も、聞こえてくる聖歌も、雑踏も、全てが不愉快だ。文句があるなら全員俺の前に出て来やがれ。一人残らず斬り捨ててやる! 俺は『魔女の息子』なんかじゃない!


「レイ……?」

「っ!?」


 頬に温もりを感じてハッとする。エリシアの少し小さな手のひらが、優しい光の魔力を少し含みながら俺の顔を、両手で優しく包み込んでいた。


「……レイ、寒いの苦手だったのね。顔色が悪いわ」


 エリシアは、なんだか申し訳なさそうな表情を浮かべ、苦笑いした。


「……そうだな、ちょっと寒い。お前の手は、あったかいな。サンキュ、エリシア」


 ライトヒーリング。即効性はない回復呪文だが、対象者の疲れやストレスを癒す事も出来る魔法。エリシアはきっと、俺の苦痛を感じ取り、あの魔法を使ってくれたのだろう。それでも彼女は、何故俺がそうなってしまったか何て、聞こうとはしなかった。


「あ、そうだ! 売店にマフラー売ってたから、買って来ようか? きっとレイなら似合うと思うよ!」

「いや、いいよ。そんな事より、早く宝石世界に行こうぜ。きっと空腹で代謝が落ちてきたんだろ。今は……」


 俺はエリシアの手を握り、自分のコートのポケットに、自分の手と一緒に突っ込む。


「これで十分だよ」

「ちょ……。もぅ、ほんとにレイはズルい」

「はは、嫌か?」


 エリシアは、ポケットの中で俺の手を優しく握り返した。


「嫌じゃないけど、不意打ちはずるいわ……。そんな所まで暗殺者しないで欲しいな」

「……善処してみるさ」

 

 心にも無い返事をした。先ほどのエリシアの嬉しそうに困惑する表情は、あまりにも可愛らしくて、ずっとこの先も、何度でも見たいと思ってしまった。


 俺たちがアヴァロンのゲートを抜け、場外のゲート前広場に来ると、そこには小さな男の子や女の子が、天使を模した格好をして、来園者達に祝福の言葉を贈っていた。子供達は皆バスケットを持ち、その中にクッキーを入れ、それを募金をしてくれた相手に贈っている。きっと子供達は、アギトル教団の運営する児童施設や教会で引き取られた孤児達だろう。……そう、かつての俺のように。



「聖なる夜の祝福を! 神の祝福がお二人にありますように!」

「ふふふ、ありがとう。良き聖夜祭を」

 

 エリシアは少し多めの募金を募金箱に入れ、クッキーを受け取り、子供達に手を振った。

 俺は、子供達から目を背けたままだった。


「ねぇレイ……」


 エリシアは、少し遠慮がちに、呟くように話しかけてきた。


「ん?」

「ごめんね。……やっぱり無理、させちゃってたよね」

「まぁ確かに俺的には精一杯背伸びはしてみたよ。俺なんかのエスコートに満足してもらえれば、幸いかな」


 エリシアが何を言わんとしているのかは理解していたが、俺ははぐらかそうとした。だが、エリシアはそれを許してはくれなかった。


「そうじゃなくてね、レイってこの国の宗教が嫌い、ううん、すごく憎んでいると思うの。なのにこういうお祭りに参加してるでしょ? 私もバカだよね。この国の宗教をちゃんと知ってるわけでもないのに楽しんだりして……」


 やめて欲しい。俺は今、お前にそんな顔をして欲しくない。原因は俺だとちゃんと理解してる。それでも、お前にそんな悲しそうな顔は、今はして欲しくない。


「なぁエリシア。その話、0時まで無しにしようぜ。きっと、お前には話しておかなきゃいけない話だと思うし、お前もすっきりしないだろうからな。かなりつまらない話にはなるが、0時以降ならいつでも話してやるよ。別に明日でもいいし、来月でも、来年でもいい。それでどうだ?」


 俺の提案に、エリシアはすぐに明るく返事をした。


「うん、わかった。こういう時は自己暗示魔法がいいんだよね? えーっと……」

「いや、そこまでしなくても」


 制止しようとしたが、エリシアは自分の頭に、空いている手で魔力を注いでしまう。


「……あれ? 何の話だっけ? あ、レイ! マフラー買ってあげようか!」


 ほんとにかけやがった……。


「……それはもういいから宝石世界!」

「あれー? なんか今一瞬、大切な話してた気がするんだけど……。あれー?」

「普通ホントにかけるかよ……ど天然」

「え? なにを? かける? え? え?」

「…………もーいいよ」


 俺は困惑し続けるエリシアと共にタクシー乗り場でタクシーに乗車し、運転手に行き先を告げた。


「帝王ホテルまで」





―午後7時半 帝王ホテル・エントランスホール―




 着慣れないタキシードに身を包み、ネクタイをつけて、俺は高級そうなソファーに深く座り込んでいた。


「……うーむ」


 やはり窓ガラスに映る自分に向かって首を傾げてしまう。


 今朝以上に別人にしか見えない……。


 変装して任務をこなすことはいろいろあったが、コレは変装ではない。顔だけ見れば俺なんだよな……。髪型とはこんなにも人の見た目を左右するものだったのか。流石にカリスマ美容師となると違うもんだな。だからといって、二度と行きたくない場所ではあるが……。マダムッシュ、恐るべし。

 とりあえず無意味に整った身なりをもう一度整えてみたり、無駄に腕時計を気にしたりしてみる。



 その時だった。ふと、エントランスホールにいる人々の空気が一瞬にして変わったのを感じ取った。


 ビジネスの話をしていたであろう男達、世間話という名のゴシップを話していた女性達、そしてホテルのスタッフまで、ホールにいた全ての人間の注目をすべて集め、その女性は優雅に、そして軽やかに、そして誰よりも美しく輝きながら


「……お待たせ、レイ」


 まるで、背中に翼でもあるかのように、ふわりと舞い降りるように、俺のそばへと歩み寄ってきた。


「えへへ、ちょっとだけ奮発しちゃった。ねぇどう? 似合うかな?」


 エリシアは真珠色のドレスを身に纏い、普段はつけていないジュエリーなども身につけ、いつもの可愛らしい雰囲気を一新し、気品溢れる美しい女性へと変貌を遂げていた。その美しさに俺は、一瞬、目の前に居る女性が、いつも俺の隣に居たエリシアなのだと認識するのが遅れてしまった。彼女から溢れ出すその気品は、彼女があの世界中の男を魅了したエリシア皇女なのだと、俺に再認識させた。


「えと……その、今ホントに俺の目の前に居るエリシアは、あのエリシア皇女なんだなって、実感した」


 初めてエリシアを見たのは、あの舞踏会だった。


 正直に白状しよう。その美しさに俺は一瞬任務を忘れ、目を奪われていた。運悪くロキが見惚れている俺に気がつき、踊ってもらえと茶化したが、もちろんそんなことは出来なかった。任務を思い出したからというのもあったが、俺にとってあまりにも遠い存在だったからだ。そんな彼女が……。


「……参ったな。すっげー似合ってるよ。まるでお姫様だ。やっぱ本物は違うな、エリシア皇女」


 そのお姫様がこんな近くにいる。手を伸ばせば、触れる事すら出来る。


「もう、そんな顔で皮肉たっぷり言わなくてもいいじゃない。じゃあ私も仕返ししーちゃおっと♪……コホン。それでは、私をエスコートしてくださいませんか? レイ様」


 その言葉に、はじめて二人で過ごした夜のセリフを思い出してしまった。



『私の事もエリシアと呼んでくれますか? じゃないと、レイ様って呼んじゃうよ』



「……そう来るか。……ええ、喜んで。ありがたき幸せにございます、皇女。お手をどうぞ?」


 あの時、エリシアの頬は涙で濡れていた。だが今は、涙で頬を濡らさずに、俺に優しく微笑んでくれている。俺はエリシアに一礼し、右腕を差し出すと、エリシアは満足そうに腕を絡めた。


 そして俺たちは、ホールを真っ直ぐエレベーターへと向かう。すると、エリシアの神々しいまでの美しさのせいか、人々はさーっと道を開け、エレベーターへ一直線に道が出来た。レッドカーペットなどそこには存在していないのに、まるでそこにはレッドカーペットがエレベーターに向かって敷かれているのではないかと、周りの人々に錯覚をさせるほど、エリシアは光り輝いている。

 その光を隣で浴びている俺も、同じように照らし出されるが、集める視線の質は全く違う。エレベーターに向かうだけの距離だが、人々の視線が突き刺さる。女性からは精査されているような、好奇を孕む鋭い視線。そして男性からは、まるで突き刺さるような殺気を感じる。


 俺達は今、間違いなく、ホールに居る全ての人間の羨望を掻き集めているのだ。


「……ぷ!」

「おい、ここで笑うのか。俺らが今周りからどんな目で見られてるか確認してみろ」

「したよ? したから笑っちゃうの……。クスクス、レイやっぱり今のセリフ、レイじゃないみたいだし、レイがタキシード着て私にエスコートしてくれてるの。みんな私とレイをジーっと見ちゃってる! あの何時も気だるげに、ギルドのバーカウンターでりんごジュースか牛乳を飲んでるレイが、私をエスコートしてくれてるだなんて、あまりにも非現実的で、どうしても似合わなくて! ああダメ無理! あはははは」

「うるせーな。お前こそ30秒前までの皇女オーラ消し飛んで、いつものド天然エリシアに逆戻りしてるっつーの。まったく、お前はホントにしょうがねぇなぁ」


 俺はエリシアをエスコートしながら、宝石世界へと直通するエレベーターに乗った。


「さて、レイに問題でーす♡ 貴方には今日一日、非可視魔方陣による暗示魔法がかけられていましたが、一体私の何処に書かれて居たでしょーかっ♪」

「え、そういやそうだな。何処にかかれてたんだろう」

「では3択です♪ 一番、私のほっぺた。二番、私のお尻、三番、私の胸。さ、どれでしょーか☆」

「え゛。何その選択肢。2番3番どっちかに書かれてて引っかかってたらって思うと悪夢だから1番……」

「ぶっぶー♪ 正解は、私のぉ、む・ね♡ レイのえっちぃー」


 その衝撃的箇所に、俺はショックを受ける。


「嘘だろ!? おいマジか!? うわぁ、俺グレンと同レベルかよ……」

「ぷっ! やっぱりショック受けた♪ ごめんごめん、今の嘘! 正解よ、レイ。貴方はずっと、私の顔を見てたの。ちなみに、お尻と胸にはオリビアが悪戯の魔方陣を書き込んで、眺め続けると、お腹が痛くなる呪いがかかってたから、命拾いしたね♪」

「え、えげつねぇ。その呪い、世の中の大半の男は引っかかるんじゃなかろうか……」

「うふふ、私も正直そう思う。でも、レイはずっと私の顔を見ててくれたのね。なんかちょっと恥ずかしいけど、レイが私のことを気にかけてくれてたって事にしておくね♡」

「むぅ。なんか完全にしてやられた。そもそも、そんなトラップみたいな暗示ってどうなんだよ」

「考えたのは勿論マスターだよ。レイなら絶対引っかかるって自信満々だったよ、でもなんで、私の右の頬の口元なんかに書いたんだろう? うーん」


 そりゃー、お前の作り笑いが右の口角が妙に釣りあがるからだ。エリシアの機嫌の良さのパラメーターの一つでもあるから、確かにちょいちょい注目してたなぁ。迂闊だったなー……。で、胸と尻ばっかみてたら、腹壊して即刻バレたのか。こえぇぇ……。

 

「あ、レイ。もうすぐ最上階だよ!」

「ん、そうだな」


 チンというベルの音と同時に、エレベーターの扉が開いた。


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