―聖夜祭・アヴァロンにてⅡ―
―竜に攫われた姫君・ボート上―
「これはおとぎ話の世界を人形で再現しているみたい。ボートに乗ってその人形劇をながめるアトラクションだね」
「……にしちゃあ、なんか安全装置がごっつくねぇ? つーかその程度ならベルトだけで良いじゃんか」
俺とエリシアの肩にはがっしりとした安全バーが装着され、腰もしっかりとベルトで固定されてる。
「安全のためだよ♪」
「安全? 人形劇に? そんなもんなのか?」
ボートはゆっくりとトンネル内を流れていき、勇者がドラゴンに攫われた王女を助けに行くという物語をなぞっていく。そしてラストシーン、俺は自分を拘束する安全バーの意味を理解する。
『勇者よ! 貴様を、雲より高い空から叩き落してくれる!』
『おのれ邪悪なドラゴンめ! 姫のため、刺し違えてでも貴様だけは絶対に倒す! 聖剣よ! 我に力を!』
『ぐわぁぁぁぁぁぁ! おのれ勇者め! だが貴様も道連れだぁぁぁぁぁ!』
瞬間、自分の体が急にがくっと落ち込み、重力が半分になったような感覚に襲われる。
俺たちは今、ボートごと真下へ落下したのだ。
「ぬぉ!?」
「きゃあああああああああああああ!」
『ああ神様! どうか愛する勇者様をお助けください!』
そんなアナウンスが聞こえた瞬間、ボートは水面へと思いっきり着水し、水柱が高く聳え立つ。降りかかる水しぶきは、魔法のバリアのような膜が発動し、俺たちは一切濡れることがなかった。
流石に今のはびっくりした。落下など全く予想せずにぼーっと人形劇を眺めてしまっていたため、俺は完全な不意打ちを喰らい、変な声を上げてしまった。
「徐々に上がってるなーとは思ってたが、やっぱりこんなオチか」
「あははははは! 作戦大成功! レイに教える事前情報を場所限定にしておいて正解だった! レイってば『ぬぉ!?』だってー!」
「え!? ちょっと待て、いくら俺でもそんな見逃しは普通しないぞ!?」
エリシアがサラっと言った意味不明の発言に、思わず大きな声を上げてしまう。
「うん、普通ならね! えへへ、ゴメンねレイ。マスターとオリビアと私で、ちょっとレイに幻術をかけてたの。レイはある程度の幻術はアサシンとしての経験が寄せ付けないけれど、『不可視の暗示魔法陣』を一定時間以上目視し続けることで、軽い幻術にかかってもらったの。暗示幻術の内容は、『未乗のアトラクションの内容を全て忘れよ』。これによって、レイは、アトラクションの場所が何処にあるかはわかってても、それが何のアトラクションなのか事前情報が記憶から消えてしまう。例えば、『エクスカリバー』っていうアトラクションがE-3地区にあるけれど、レイ、アトラクションの内容はわかる?」
「……エクスカリバーっていうアトラクションがE-3にある。うわ、ほんとにエクスカリバーがどんな乗り物だったか思い出せねーよ。……なんだこれ、恐ろしいな」
「えへへ、ごめんねレイ。オリビアに、レイにはスリル不足だって指摘されて、レイも楽しんでくれなきゃ寂しいなってって話になったらこうなっちゃった」
少し申し訳なさそうにしてるエリシアに、俺はしょうがねぇなぁとため息をついてしまう。
「……そだな、正直ちょっと憂鬱だった。ジェットコースターに乗ろうがおばけ屋敷に行こうが、なにしたってビックリしなさそうだしな。今のはちょっとビックリして面白かったよ。ありがとな、エリシア」
「ふふふ、楽しんでもらえてよかったわ、レイ」
ボートは何事も無かったように進んで行き、遂に物語りはフィナーレを迎える。
『姫の祈りが奇跡を起こし、精霊たちが勇者の命を救いました。勇者は姫をつれてお城へと戻り、二人は結婚しました。勇者は後に英雄王と呼ばれ、二人は末永く幸せに暮らしました』
『いつまでも君を愛し、守り続けるよ。ずっと傍にいてくれ姫』
『ええ、私もあなたを愛し、守り続けます。ずっと傍にいさせてください、私の勇者様』
勇者の鎧とマントを着ていた人形が、王族の衣装を着た人形へと変わり、花嫁衣装に身を包んだ姫の人形と口付けを交し、アトラクションは終了する。
「『竜に攫われた姫君』、だったか? この大陸じゃわりとポピュラーな童話だな」
「そうよ。私も、子供の頃、何度もお母様に読んで貰ったの。私も同じ皇女として、ピンチの時に助けに来てくれる勇者様に憧れたなー」
先にボートから降りた俺は、エリシアに手を差し伸べ、エリシアは俺の手を掴み、ボートから降りる。そしてそのまま、手を離さずに握った。
「ははは、女の子らしい夢でなによりだな。ま、暗殺者で良ければ助けてやるよ。勇者と違って邪魔な政敵もやっつけてくれるぞ。ただし有料だけどなー」
「うん、レイってそう言うとこ、ほんとにサイテー♪」
俺がゲス顔を浮かべ、空いている右手で親指と人差し指で輪を作り、金を表現すると、エリシアは笑顔で俺のわき腹に肘をぶつけてくる。
先ほどのアトラクションから次のファーストパスまでの時間はそれなりに空いていて、その間に周辺のB級扱いされているような、並ばずに乗れるアトラクションなどを消化していく。
何が楽しいのだろうか、エリシアはメリーゴーランドに俺を引っ張り込んだ。
「レイー、こっちむいてー?」
「んー?」
メリーゴーランドの馬車の中で、適当に頬杖をつきながらぐるぐると回る景色を眺めている俺に、隣の馬の上から、エリシアはカメラを俺に向けていた。
『パシャ』
「俺の顔なんて撮って面白いか?」
「んー、思い出は薄れちゃうものだからね。こうして形に残しておきたいの。一応、レイはエリシア=バレンタインの初めてのデートの相手なのよ?」
「あー、悪いな、勇者でも王子でもなくて」
「さっきの勇者の話、まだ引きずってるのぉ? クスクス、大丈夫。私にとってレイは十分勇者様よ? そんな御伽話の勇者様にジェラシーなんて、あなたらしくなくてよ? 勇者様♡」
「ばーかそんなんじゃねーよ。ほら貸せよ」
俺はエリシアからカメラをひょいと取り上げ、エリシアにカメラをむけてファインダーを覗く。
「え、ちょ……。私は無理だよ。ジャミング魔法が違う人の顔にしちゃうって、マスター言ってたもん」
エリシアは両手で顔を隠し、あからさまな拒否反応を見せた。
「どーだかな。……はいチーズ、……ほら、チーズ。エリシアー?」
「うぅ……。やだよぅ、他の人にはブスに見えるんでしょ? そんな顔になった私なんて見たくないよ」
「お前に害を及ぼす事を目的とした奴に対して、特に不細工に見えるだけだって。隙あり!……ほら、ちゃんと撮れてるじゃんか。俺にはエリシアのそのままの顔に写ってるぞ? お前はどうだ?」
俺は撮れた写真を、カメラの画面部分に投影する機能を使い、出来上がるであろう写真をエリシアに見せた。
「う、うん。いつもどおり写ってる……」
「これマスターが貸してくれたカメラだろ? マスターなら」
「あ。ねぇレイ♪ ちょっとちょっと♡」
「ん?……え、え?ちょっ!?」
急にエリシアが馬車の中に入ってきて、ぴったりと俺にくっつき、カメラを俺の手から奪い、手を正面にまっすぐ伸ばし、カメラのレンズをこちらに向けてシャッターを切った。
『パシャッ』
「…………」
「ふふふ♪ レイ、びっくりして目が丸くなってる!」
「……お前だって、顔真っ赤で笑顔引きつりまくってるぞ」
それは、本当に出来の悪い写真としか言いようがなかった。ピントもぶれて、顔が歪んでいた。
それでも俺たちにとって、初めて撮った自取りのツーショット写真だった。
「これ、消さないからね……」
「好きにしろよ」
「うん、大切にする♪」
「でもさ、そんなモノ大切にするくらいなら……」
俺は再びエリシアからカメラを奪い取り、エリシアの肩を抱き寄せ……
『パシャ』
シャッターを切った。
「ほら、こっちの方が写りがいい。大切にするならそっちにしとくべきなんじゃないか? どーでもいいけどさ」
恥ずかしくて、エリシアの顔を見れず、腕を組んで再び外の風景を見るフリをした。エリシアは、なんだか嬉しそうに変な笑い声を出していた。
「ふへへへへへへぇ~♡」
「ほら、メリーゴーランド止まったぞ。次はポップコーン買うんだろ?」
「うん、レイは何味にする?」
「でかいの一つ買えばいいんじゃないか? 味はお前が決めていいよ」
「えー、二人で違うの買ったほうが色んな味楽しめていいじゃない。私メロンソーダね!」
「じゃ、塩……」
そう告げた途端、エリシアは異議ありと言わんばかりに、俺の顔をじっと睨む。
「……キャラメルで」
「おっけー♪」
「……はぁ」
なんだかすげー振り回されてるな、俺。ってか、妙に今日のエリシアは積極的というか、大胆に攻めてくる。それが嫌というわけじゃないが、なんだか調子狂う。
そんな俺をよそに、エリシアの足取りは軽く、まるで、スキップをしながら踊るように、俺の先を歩き、時折振り向いては早く早くと俺を急かす。
「ねねレイ! あのマスコットなんて言うんだっけ?」
「えー? えっと、パンフレットにはアーサーライオンって書いてあるぞ?」
「わ~! たてがみ、もっふもふだぁ♪」
「って聞いてねーし」
間抜けな顔したライオンのきぐるみに、エリシアは嬉しそうにじゃれつく。ほかにも色々なきぐるみがそこらじゅうを練り歩いているようだ。冬だからまだしも、これが夏ともなるととてつもない重労働になるんだろう。中の人も大変だな。頭が下がるぜ……。
次のアトラクションはホラーハウス的なもので、廃墟となった迷宮砦を歩くというアトラクションだ。さまざまなアンデットモンスターに扮したスタッフが、廃墟風の迷宮の死角で、じっと待ち構えているというアトラクションだ。
「れ、レイ! 絶対手ぇ放しちゃ嫌だからね!? 悪ふざけでダッシュして一人にしたら絶対絶対ぜぇぇぇったい許さないからね!?」
「……はいはい。振りじゃないんだろ? わかってるって。やらないって」
そんなに怖いなら止めりゃいいのに……。
「ぐぉぉぉぉぉぉ!!!」
「きゃー!」
「…………」
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
「いやーーー!!!」
「…………」
「うヴぁああああああ!!!」
「レイ~~~~~~ぃ」
「…………ワー。コワイナー」
―10分後―
「ヒック、ヒック、このアトラクション考えた人、絶対サイコパスよ! 怖すぎるわ……! 最後なんて血が噴水みたいに噴出してたじゃない!」
「ソウダナ」
殴らないように気をつけよう。そう常に考えて、俺はこのアトラクションに参加していた。ぶっちゃけ全然怖くない。やっぱ気配とかわかっちゃうし、相手に殺気がないのもあるけどさ。カトレアのゾンビ軍団に比べたらもうね、リアルさが全然足りない。あいつの精神攻撃専門のゾンビなんて、リアルに吐く。水死体やら腐乱死体をそのまま動かして来やがる。体を拘束され、そいつが血まみれの本物の戦鎚を引きずって近づいてくる事を想像してみろ。ホラーハウスのゾンビなんぞコスプレにしか見えない。
「そろそろお昼の時間だね、あのお店人気店みたいだから早めにいかなきゃ!」
「ん、そうだな」
俺たちは昼食を取るべく、エリシアが行きたいと言っていたレストランへ行くと、そこはすでにカップルで大賑わいだった。
「こりゃすげーな。まぁこの園内で一番雰囲気のいい店で価格もリーズナブルだし、集まって当然か」
「だねぇ。どうしよっか、レイは何食べたい?」
「んー、俺は別にハンバーガーでもいいぞ?」
「えー? うーん。宝石世界の前座にしてはちょーっと安っぽくない?」
「んじゃあこのレストランで」
俺は、エリシアが広げているパンフレットの、一番右端のレストランを指差す。
「え。ここ結構高いよ? 私も今日そんなに持って来てないし、ゲートに銀行はあったけど正反対だよ?」
「いいよ、俺がご馳走してやる」
「ふぇ? いいの?」
「ああ。宝石世界の払いは結局ロキに任せることになっちまうし、その代わりってやつだ」
「ふふふ、そうだね。じゃあご馳走になっちゃおっかな♪」
そのレストランは雰囲気もよくて、静かに食事を楽しむにはぴったりのレストランだった。俺たちはパスタのコースを注文し、これからの予定をもう一度見直していた。
「ファーストパスつかってもそろそろ30分くらい時間かかるようになってきたね。やっぱり人気のアトラクションは皆狙ってるもんね」
「そりゃな。最悪あとファーストパスを全部消費するだけで限界かもしれないな。パレードとかお前みたいだろ?」
「そうだね、今日は特別なパレードやるみたいだし♪ でも本当にカップルばっかりだね」
「そりゃ聖夜祭なんて別名が恋愛祭だしな。国民の夫婦半分の結婚記念日が今日なんてデータもあるらしい」
そんなもんかなぁとエリシアはふと窓の外を見て驚愕した。
「わっ! あのベンチ! あんなところであのカップルキスしてる。恥ずかしくないのかなぁ?」
「あー、もうそういう感覚麻痺してるんじゃないか? つか、アレくらいなら普通に皆してるもんなんじゃないのか?」
「じゃあ、あの、アレも普通なの……かな」
エリシアが恐る恐る指をさす方向には、すこし離れたテーブルで、隣同士に椅子を並べたリンさんたちがいた。リオンがリンさんの肩を抱き、リンさんはすこし恥ずかしそうに、特大のイチゴパフェをリオンの口にスプーンで運んでいる最中だった。
「おいしい?」
「最高~♪ もう一口♡ あーん☆」
「もー、大きい子供だなぁ。はい、あーん♡」
「まぁ、バカップ……仲睦まじいカップルなら、普通じゃないかな」
「なんかリンさんのイメージじゃないなぁ」
「まぁ何か事情があるのかもしれないが、男を見る目はなさそうだ」
だがまぁ、傍からみてても幸せそうなカップルなのは確かだ。楽しそうに笑いながら次にいくアトラクションの相談なんかもしているみたいだった。
エリシアはしばらくぼーっと二人を眺めながら、パスタをくるくるとまき続けていた。
そして、俺はあることを思いつく。
「エリシア、これ一口食べてみるか?」
「え?」
「おやっさんのパスタほどじゃないけどイケるぞ? ほら、あーんしろよ」
俺はフォークに絡んだパスタを差し出す。そして……
「え? え! ええ!? あ、あ~……」
「ぬぁーんちゃって」
そのまま自分で食べた。
「~~~~~~っ!」
「わっ! こら冗談だって! ぶつな! ちょ、フォークとか!? あぶなっ」
「ひどいひどいひどいひどいひどい! レイの馬鹿! 乙女の純情を弄んだってマスターに言いつけてやるんだから!」
顔を真っ赤にして、目に涙を溜めながら、エリシアは俺をぽかぽかと叩いてくる。
「あー、それは困るなぁ。じゃあほら、今度こそ。あーん」
俺は苦笑いしながら、フォークに再びパスタを巻き取り、差し出してやる。
「ふんだ! もうその手にはひっかかりません!」
「えー? いいのか? 俺最後の一口なのにぃ。ほれ、あーん」
むぅーとエリシアは俺の顔をジーっと睨んでいたかと思ったら……
「あ! マスター! 聞いてくださいひどいんです! レイがいじめるんです!」
俺の真後ろに向かって、いきなり話しかけた。
「え!? いや違うんです!」
俺の最も恐れる人物の名で、俺は思わず振り返った。だがそこには、誰もいない。そして俺はハッとする。
「……俺を出し抜くなんて、やるじゃないか」
「ふふふ、おいし♪」
俺の差し出したフォークに絡んだパスタを、エリシアは見事に奪い去っていた。残念ながらその決定的瞬間を、俺は見逃してしまったことになる。そんなエリシアの、かわいい? しぐさを見逃した俺の完全なる敗北だ。
「ふふふ、おなかもいっぱいだし、はやく次のアトラクションに行かなきゃ!」
「あ、ちょっと待てよエリシア。まだ会計おわってねーって!」
俺は慌てて会計を済ませ、まるで踊るように先に進んでしまったエリシアに小走りで追いつく。
「ねぇレイ」
「ん?」
「楽しいね♪」
眩し過ぎるその笑顔が、今。俺の瞼と脳裏にしっかりと焼きついた。この笑顔を見れたのが、この世界で俺だけなのだと思うと、複雑な気持になる。全世界の人間に見せびらかしたい気持も、俺だけが独占してたい気持も、どちらも真実だった。
そして、そんなことを考えてしまった自分に、少しだけ驚いた。
「……ああ、すっげー楽しい!」
こんな風に楽しめる俺も、実は居たんだな。
「ほらはやく! 乗れなくなっちゃうよ?」
今日はまだまだ、終りそうもない……。




