第19話 彼の実力 ~アラサー警備員 対 青年貴族~
前回のお話……張り切る真澄くん
(真 ゜Д゜)掛かってこいや
―――side:ミシェル―――
母様の合図でマスミとディオン=メザールの三度目の立ち会いが始まった。
果敢に攻めるディオンと防御と回避に徹するマスミ。
先の二戦目と同じような展開が繰り広げられている。
「お姉様、マスミは……」
「大丈夫だ」
不安そうに見上げてくる妹を安心させる為、その小さな手を握ってやれば、ステフもそっと握り返してきた。
「きっと今度も勝ちますよね?」
「あぁ、マスミは……負けない」
そしてそれはすぐに現実となった。
幾度目かの攻防。
ディオンが放った大振りの横薙ぎを身を屈ませて躱したマスミが低い姿勢を維持したまま距離を詰め、その懐へと入り込む。
ディオンが振り切った剣を引き戻すよりも先に手首を押さえると、素早くもう片方の手で服の襟を掴み、自らの方に相手の身体を引き寄せた。
そうさせまいとディオンが抵抗しようとした直前、マスミは即座に引くことを止め、今度はまるでぶつかるように相手の身体を押し込んだ。
予想だにしない方向へ力を加えられたディオンはバランスを崩し、そのままマスミに押し潰される勢いで背中から床に倒れた。
柔術と呼べる程に立派なものではないが、相手の力を利用するその動きには目を見張るものがあった。
「そこまでッ!」
終了の合図。見ればディオンの首には、マスミが手にしたナイフがあてがわれていた。
これでマスミの三連勝。
二戦目の勝利の瞬間については誰もが驚き、声を上げることが出来なかったものの、今度は一戦目と同じように歓声が上がった。
「凄いっ、また勝ちましたよ! マスミって強いんですね、お姉様」
「あ、あぁ……」
専ら声を上げて喜んでいるのが、我が妹や使用人達というのが少々気になるものの、そこはまあ置いておこう。
勿論私も嬉しいのだが、それよりも驚きの方が勝っていた。
ローリエやエイルもマスミの戦い振りを感心して見ている。
というか……。
「マスミってこんなに強かったか?」
「ミシェ……お嬢様、その発言は流石にマスミさんに対して失礼かと」
いつもの癖で私のことをミシェルと呼びそうになったローリエがお嬢様と言い直す。
別に私は呼び捨てでも構わないのだが、実家では他の使用人達の目もあるためそうもいかない。
儘ならないものだ。
「だが、普段の訓練であそこまで動けた試しなどないぞ。マスミは本番に強いのか?」
「それについてはわたしも驚いています。本番に強いというか、マスミさんには元々それだけの実力があったんでしょうね」
「むっ、では今まではマスミが手を抜いていたとでも言うのか?」
そんな素振りも余裕もあったようには見えなかったけど。
「それは考えられませんよ。マスミさんはやると決めたら女子供が相手でも容赦をしない方ですし」
「うむ、マスミはそういう男だ」
むしろそれでこそマスミだと言える。
だというのに傍らの我が妹は、「そ、それは人として問題があるのでは……」と若干表情を青ざめさせていた。
何かおかしな点でもあっただろうか?
「多分だけどぉ、相手がわたし達じゃないからかも~」
「どういうことだ?」
何故相手が私達ではないという理由だけでマスミが強くなるのだ?
「あまりこのような言い方はしたくありませんけど、パーティ内での単独戦力を比較した場合、最も劣っているのはマスミさんです。加えてわたし達はこれまで何度も訓練を重ねてきましたので、お互いの手の内を知り尽くしています」
「それはつまり……」
「はい、おそらくわたし達を相手にした普段の訓練では、十全に力を発揮出来ていないんでしょうね。単純に実力の差もありますけど、正直に言ってマスミさんは直接戦闘向きの方ではありませんから」
「マスミくんの良いところはぁ、他にもあるもんね~」
「そうですね。一番マスミさんを完封しているエイルさんが言うのもどうかとは思いますけど……」
確かにエイルとマスミが立ち会った場合、いつも一方的な展開になってしまう。
「ではマスミは、今ようやく本来の実力を発揮出来ているという訳か」
「そうなりますね。見たところ、あの方もそれなりに剣の腕は立つようですけど、わたし達には及びません。ある意味、今のマスミさんにとっては丁度良い相手かもしれませんね」
「それにぃ、貴重な対人戦闘のぉ、経験も積めるの~」
どうやら二人にとって、あの男の存在価値はマスミの経験値に成り得るかどうかだけらしい。
酷い意見もあったものだ。
だからといって可哀想だとは微塵も思わんがな。
などとやっている内に四度目の立ち会いが始まった。
「あの男も諦めが悪いな」
私達とは反対の壁際に控えたお供の連中が今にも泣きそうな顔になっているぞ。
「あれだけ見苦しい言い訳を並べ立ててましたからねぇ。引くに引けなくなってしまったのでしょう。別にいいじゃないですか。誰かさんの為にマスミさんが身体を張ってくれているんですから」
「女冥利に尽きるの~」
何故かローリエとエイルの声が恨みがましいものに聞こえてくる。
家の事情に巻き込んでしまったのは確かに私の責任だが、こんな状況にした原因は母様にある。
私だけが悪い訳ではないぞ。
左右に控える二人の存在を極力意識しないようにしながら、マスミとディオンの立ち会いを注視する。
三度の敗北で少しは反省したのか、はたまたどう攻めるべきかを決めあぐねているだけなのか。
今度は開始と同時に攻め掛かるような真似はせず、ディオンは両手で握った剣を正眼に構え、先のマスミと同じように待ちに徹していた。
そのまま睨み合いに……ならなかった。
ディオンが攻めてこないことを予知していたかのように今度はマスミの方から前に出た。
驚いたディオンが咄嗟に剣を突き出すも、その切っ先は掻い潜るように身を低くしたマスミにあっさりと躱されてしまった。
駆ける勢いのままにマスミはディオンの懐へ入り込むと、タックルをするようにその細い腰に両腕を回して組み付き、そのまま床に押し倒した。
マスミは呻くディオンの上に馬乗りになると右腕を高く振り上げ、拳を強く握り締めた。
その手の中にあった筈のナイフは、いつの間にかベルトに差し込まれている。
「歯ぁ食い縛れ」
次の瞬間、固く握られたその拳は真っ直ぐにディオンの顔面へと落とされた。
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