第18話 掛かってこいや ~アラサー警備員 対 青年貴族~
前回のお話……試合開始
(母 ゜Д゜)はじめ!
「それでは……始めッ!」
シェリル夫人が発した決闘開始の合図。
それに合わせて俺もディオンもお互いの得物を構える。
ディオンは片手剣、俺はナイフ。
どちらも訓練用に刃引きされたものだ。
使い慣れていないナイフの柄を逆手で握った俺は、半身の構えを取る。
距離は3メートル。
一息で飛び掛かるには……ちと厳しい。
おまけに扱う武器―――片手剣とナイフではリーチにも差がある。
ディオンの実力が未知数である以上、下手に踏み込むのは下策。
間合いを計りつつ、待ちに徹するのが無難だろう。
あの性格からいって、それ程堪え性があるとも思えない。
じっくり待っていればその内我慢出来ずに「おい、それはいったいなんのつもりだ?」ってなんだいきなりこの野郎。
対峙するディオンから突如上がった疑問の声に思考を中断させられる。
いちいち応じてやる義理もないのだが、まあいい。
「何がだ?」
「そのナイフ、本気でそんなもので勝負をするつもりか?」
剣を構えたまま、俺が握っているナイフに視線を注ぐディオン。
はて、何か問題でもあるのか?
「本気だけど?」
「ふざけるなッ、どこまで僕を愚弄するつもりだ」
「いやいや、なんでナイフ持ってるだけで愚弄することになるんだよ」
何か勘違いをしているのでは?
多分、俺が手加減しているとか思ってるんだろうな。
体裁やら見栄を気にする貴族が積極的にナイフを使うとは考え難い。
基本的にナイフって予備の武器扱いだしなぁ。
こういった勝負事で利用されることは、まずないのだろう。
「誤解だ。俺はふざけている訳でも手加減している訳でもない」
「それこそふざけるな。さっさと剣なり槍なりを―――」
「生憎と剣も槍も心得がなくてねぇ。ナイフが一番扱い慣れてるんだわ」
むしろナイフしか使えない。
この説明で得心がいったのか、ディオンは一先ず追及を止めてくれたものの、「所詮は下賎な冒険者か」とこちらを侮蔑するような台詞を吐いた。
ディオンの俺に対する扱いは今更なんだろうけど、その言い方だとお前の大好きなミシェルも下賎ってことになるから発言には気を付けた方がいいぞ。
「フンッ、負けた時の言い訳にされても困るから確認をしただけだ」
「んなことせんからさっさと掛かってきたまえよ、お坊ちゃん」
わざと挑発するような物言いをし、ついでにほれほれと手招きをする。
案の定、煽り耐性のないディオンは瞬時に顔を真っ赤に染めて、「馬鹿にするなぁッ!」と叫びながらこちらへ突っ込んできた。
「わっかりやすいなぁ、オイッ!」
気合いと共に放たれる上段からの振り下ろし。
素人目線でも分かる程、その一撃には確かな修練の後が見て取れた。
成程、剣術を嗜んでいると自ら豪語にするだけのことはあるようだ。
だが俺は、迫りくる刃に然したる脅威を感じてはいなかった。
訓練を通して幾度もこの身に味わうこととなったミシェルの剣術。
洗練された彼女の打ち込みを回避することに比べれば―――殆ど回避出来た試しはない―――どうということもない。
頭部を狙って放たれた一撃を、俺は半身のまま斜め前に踏み込んで回避した。
ほんの数センチ横を通過していく刃には目もくれず、俺は眼前に晒されたディオンの首筋目掛けて、右手に握ったナイフを鋭く振るった。
「シィッ」
ビュッと風を斬る音が耳に届き、刃がディオンの首筋を捉える。
その直前、俺はピタリとナイフの動きを止めた。
ナイフが首筋に届くまで、残り1センチあるかどうか。
俺はナイフを停止させたまま、ディオンは剣を振り切ったままの体勢。
どちらも時間が停止したかのように動かずにいると―――。
「そこまでッ!」
―――シェリル夫人の声が止まった時を動かしてくれた。
ハッと表情を変えたディオンが弾かれたようにその場から後ろへ飛び退るのに対し、俺は移動せずに握っていたナイフをゆっくり下ろした。
全身の強張りを解すように一度大きく息を吐き出した後、踏み込んだ脚を引き戻す。
「先の一撃は有効であると判断します。よってこの勝負、マスミ=フカミの勝利とします」
立会人を務めるシェリル夫人が俺の勝利を高らかに宣言した後、壁際に控えて勝負を見守っていたミシェル達から歓声が上がり、修練場内がにわかに騒がしくなった。
ミシェルとステフの姉妹がお互いの手を握り合い、やったやったと喜んでいる。仲良いなぁ。
ともあれ、なんとか決闘には勝利することが出来た。
その結果に自然と安堵の息が漏れる。
どうやら俺自身、思った以上に緊張していたらしい。
「なんとかなってよか―――」
「お待ち下さい!」
響き渡る怒声。
騒がしかった筈の修練場が再び静寂に包まれた。
大人しくこのまま終わらせてくれよ。
若干うんざりした気持ちを抱きつつも、声のした方に向き直れば、両の目を三角にしたディオンがシェリル夫人を睨み付けていた。
羞恥の為か、あるいは屈辱の為かは知らんけど、顔面が真っ赤に染まっている。
「どうかしたのかしら?」
「どうかしたではありませんッ。あの男のナイフは僕の身体に触れていません。何故それが有効なのですかッ!?」
「……おいおい」
このお坊ちゃんは本気で言っとるのか?
シェリル夫人も呆れたように表情を歪めている。
「あのねぇ、そんなのマスミくんが貴方を傷付けないように配慮してくれたからに決まっているでしょ。刃引きされてるとはいえ、首を殴られたら危険よ。下手をしたら生命に関わるわ」
「だが僕は無傷だッ。勝負はまだ終わっていない! もう一度僕と立ち会え!」
「……本気でそう思っているのなら、さっきマスミくんが動きを止めた時に攻撃すればよかったじゃない。それと最初に言った筈よ。打ち込んだ攻撃が相手の生命を奪うに足るとわたしが判断した場合のみ決着とするって。貴方は首筋をナイフで斬られても無事でいられるのかしら?」
淡々と指摘するシェリル夫人。
それに対してディオンは言い返すことが出来ず「それは、でも……」と押し黙ってしまった。
勝負は俺の勝ち。これでミシェルの婚約話は白紙になるし、ステフとの約束も果たすことが出来る。
俺達にとってはこれが最善の結果なのだが……。
「構いませんよ、シェリル様」
俺は敢えて再戦の申し出に応じてやることにした。
シェリル夫人から怪訝そうな目を向けられ、壁際の女性陣からも『えっ?』という声が上がったものの、俺は構うことなくナイフを構えた。
「さっさと構えろよ、お坊ちゃん」
「なんだと?」
「納得いかねぇんだろ? だったら納得いくまでやってやるよ。ほれ、もっぺん掛かってきな」
ディオンに向けて仕切り直すように手招きをする。
何となくこんな展開になるのではと予想してたんだよな。
果たしてこの男が素直に負けを認めるのだろうかと。
別に予想が的中したからといって嬉しくはないけど。
むしろ俺にとっては手間が増えただけで、ひたすら面倒臭いのが本音。
「ほれほれ、お望み通りの二回戦なのに来ないのか? デカい口叩いた割りにゃあ、とんだビビり野郎だな」
「貴様……後悔するなよぉ!」
先の一戦と同じように挑発してやったところ、ディオンは元々赤くなっていた顔を更に真っ赤に染め、こちらに向かってきた。
本当に堪え性のない男だな。
それでも一戦交えて多少は頭が冷えたのか、その踏み込みは先程よりも速かった。
「シィッァァアアッ!」
右から横薙ぎに振られた刃が迫る。
俺は前に出ず、バックステップで後ろに下がって間合いを外すし、その攻撃を回避した。
「チィッ」
小さく舌打ちをしたディオンは、躱された剣を素早く引き戻すと、今度は後ろに下がった俺を追い掛けるように鋭い突きを放ってきた。
心臓目掛けて突き出された刃の切っ先は……ちゃんと見えてる。
俺は右脚を斜め後ろに引き、身体を九十度回転させる後ろ捌きのような動きで、迫るその切っ先を避けた。
連続で攻撃を回避され、苛立たしげに表情を歪めたディオンは、剣を肩に担ぐようにして構え、袈裟懸けに振り下ろそうとする。
「―――ッッ!」
ディオンが剣を振り下ろす直前、俺は半ばタックルをするようにその懐へと潜り込んだ。
剣を握ったディオンの腕が俺の左肩に当たり、それ以上振り下ろせなくなる。
間合いさえ潰せば、長物を自由に振り回すことは出来なくなる。
これで奴の剣は封じた。
「さあ、この距離でどうするよ?」
「このッ、離れろぉ!」
「離れるか馬鹿」
焦ったディオンが苦し紛れに膝蹴りを放とうとするが、それよりも俺の拳が奴の鳩尾を打ち抜く方が早かった。
ほぼゼロ距離からの拳打なので、充分な威力とは言えない。
だがディオンの身体はくの字に折れ、口からも「ごっ……ぶぅ……」というくぐもった息が漏れた。
「打たれ弱いねぇ」
「ぐぅ……クソッ」
接近されている状況を嫌い、後ろに下がって距離を取ろうとするディオン。
俺はそれを追い掛けない代わりに……。
「手伝ってやるよ」
ドンッと突き飛ばすようにディオンの胸を手で強く押した。
外部から予期せぬ力が加わったことによってバランスを崩し、脚がもつれそうになるディオン。
俺は駄目押しとばかりに足払いを掛けてやった。
「ぅわッ……がぉッ!?」
完全に体勢を崩したディオンが後ろに倒れ、そのまま背中を床に強打した。
息を詰まらせ、身動きの取れなくなった奴の顔面に俺は手にしたナイフの刃を垂直に振り下ろし、その鼻先でピタリと止めた。
ほぼ同時、シェリル夫人の「そこまでッ!」という言葉が再度修練場内に響いた。
『……』
またも俺の勝利だが、二度目の歓声は上がらず、何故か全員が静まり返っている。
はて、何かやっちゃったかしらん?
内心で首を傾げつつ、ディオンの顔の前からナイフを退かす。
「これで俺の二連勝な訳だが……まだまだ納得いってないって面してるなぁ」
「ぎっ……さまぁぁ……!」
未だ起き上がることが出来ないディオンは、倒れたままの状態ながら、まるで射殺すような目で俺を睨み付けてきた。
そんな状態で凄まれても全然怖くないけど。
「こんなっ、こんな筈が……ッ」
「ないって言いたいのか? 自惚れんなよ、お坊ちゃん」
俺はお前なんかよりも遥かに速く、力強く、そして美しい剣技の使い手を知っている。
そんな彼女と……ミシェルと何度も訓練を重ねてきたんだ。
「テメェのお座敷剣技なんざ物の数じゃねぇんだよ」
「おの、れ……おのれぇ……!」
「俺程度に勝てないようなテメェがミシェルの相手なんざ務まるか。十年早ぇよ」
遠回しにお前は俺よりも弱いと告げてやれば、悔しさと怒りでディオンの表情が更に歪んだ。
イケメンが台無しだ。
俺はそんなディオンを見下ろしたまま、三度手招きをした。
「ほれ、さっさと起きて掛かってこいや、お坊ちゃん。とことん相手になってやるよ」
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