第17話 手合わせ願う ~アラサー警備員 対 青年貴族~
前回のお話……ミシェルママ登場
(母 ゜Д゜)行きましょう
(真 ゜Д゜)離してー
どうしてこうなった……いったい何度そう自問したことか。
俺は何処で何を間違えてしまったのだろう。
「いい機会だからあの男を存分に痛め付けてやりなさい。任せたわよ、マスミ」
「頑張って下さい、マスミさん。くれぐれも無茶だけはしないで下さいね」
「やっちゃえやっちゃえ~」
すぐ傍に立つステフ、ローリエ、エイルからそれぞれ声援―――エイルのは声援か?―――が送られてくるものの、ぶっちゃけそんなんいらん。
普通は声援ってもっと有り難いものなんだけど、全然そんな気持ちが湧いてこない。
むしろなんで君らはそんなにノリノリなのかと質問したいくらいだ。
憂鬱だなぁと嘆息した時、誰かに後ろから肩を叩かれた。
「ほらほら、そんな憂鬱そうにしないの」
「憂鬱そうじゃなくて、実際に憂鬱なんですよ」
肩を叩いてきたのは、実年齢に見合わない少女のような笑みを湛えたシェリル夫人。
この人もノリノリ。あと物凄く楽しそう。
「もう溜め息なんて吐いちゃって、若者らしくないぞぉ」
二十八歳で若者って言われても微妙な気分。
何より外見だけなら完全に俺よりも若い人に言われてもなぁ。
「そもそもこうなったのはシェリル様にも責任があるんですけど」
「細かいことは気にしない」
細かくねぇよ。
正直にそう言えたらどれだけ楽だったか。
ミシェルとはまたベクトル違いの理不尽さだ。
やり難いことこの上ない。
年齢も立場も相手の方が上だから尚のこと性質が悪い。
俺がもう何度目になるかも分からない溜め息を吐いたいたら、ドレス姿はそのままに、いつになく神妙な面持ちのミシェルがこちらへ近寄ってきた。
「よう、不景気な顔してどうした? 俺も人のことは言えないけど」
「マスミ、今回は私の所為で、その……」
「あー、いいっていいって。別にお前の責任じゃないんだから」
「だが私の家の事情に巻き込んだのは事実だし……」
「協力するって言ったのは俺達だから気にすんな。ステフとも約束したしな。ただ……」
こんな面倒な事態にした張本人に反省の色がないのは如何なものかと思う。
原因であるシェリル夫人を恨めしそうに見るも、彼女の鉄壁の笑顔が崩れることはなかった。
本来なら伯爵夫人に対してこのような態度を取るのは無礼極まりないことなのだろうが、もう知ったこっちゃない。
どうとでもするがいいわ、チクショウめ。
「すまん、母様に関しては私ではどうしようもない。父様ですら手を焼くくらいだからな」
「今後はより一層手綱を強く握っていただきたい」
ちなみに離れた所では、当のラズリー伯爵がこめかみを押さえながら難しい顔を浮かべていた。
きっと頭痛に耐えているのだろう。
あとで薬を差し入れ致します。
「それじゃ行くとしようかね」
「マスミ、本当に大丈夫なのか?」
「さて、あまり自信はないけど……やるだけやってみるさね」
心配そうにこちらを見詰めてくるミシェルに軽く手を振りつつ、足を前へ進める。
既にお気付きの方もいるとは思うが、一応説明しておくと俺達は全員屋敷の裏庭から移動している。
場所は屋敷から歩いて数分。
広大な敷地内の一角にある伯爵家所有の修練場。
内部はかなり広々としており、バレーコート二面は余裕で収まるくらいの大きさがあった。
壁には訓練用であろう木製や刃引きを施された武器が幾つも掛けられている。
ミシェルも此処で剣を振っていたのかね?
そんな益体もないことを考えながらも歩みは止めず、微かに軋んだ音を立てる床板を踏みながら進むこと丁度二十歩。修練場の中央へと辿り着いた。
そこで待っていた一人の男と向かい合う。
「ふん、平民の分際でこの僕を待たせるとは大した度胸だな。覚悟は出来たのか?」
「覚悟ねぇ」
尊大な態度で平然とこちらを見下すような発言をする目の前の男―――ディオン=メザール。
余程気に食わないのか、先程から俺のことを苛立たしげに睨み付けてくる。
これから俺はこの男と決闘をするのだ。
―――
――――――
「……マスミ?」
何故母様と一緒にと不思議そうにこちらを見詰めてくるミシェルに力のない笑みを返す。
本当になんでだろうね。
多少の困惑はあるものの、変わらず落ち着いた態度を見せるミシェルとは対照的にディオンの方には明らかな動揺が見て取れた。
「こ、これはこれはシェリル夫人。相変わらずお美し―――」
「あ、お世辞は結構よ。貴方に用がある訳でもないし」
にべも容赦もなくぶった切るシェリル夫人。
発言を遮られたディオンがなんとも言えない表情になる。
何故だろう、未だ生垣の裏に身を潜めている女性陣が「プッ」と吹き出しているような気がした。
「……伯爵夫人といえども、他家の人間に対してそのような態度は無礼ではありませんか?」
「あら、何の便りも寄越さず勝手に人様の家に上がり込むことは無礼ではないと? 申し出を受けた訳でもない女性に、ましてや人の娘に対して婚約者面をするのは無礼ではないと?」
「そ、それは……」
「如何に子爵家の人間とはいえ、貴方は次期当主でもない次男で、わたしは伯爵家当主の妻。対等の立場ではないのよ。弁えなさい、坊や」
ディオンに対して冷然とした態度を微塵も崩さないシェリル夫人。
ほんの少し前、初対面の俺達とフレンドリーに接してくれた女性と同一人物とは思えないくらいの変わり様だ。
確かにディオンのことが嫌いだと明言していたけど、まさかここまでとは思わなかった。
というかそんなに露骨な態度で大丈夫なの?
「さっきも言ったけど貴方に用がある訳じゃないのよ」
追い討ちを掛けるように言葉を重ねた後、シェリル夫人は彼の方へ目を向けることすらなく、足早にその前を通り過ぎた。
必然、彼女に腕を掴まれたままの俺も引き摺られていく訳で……。
ディオンの姿を極力視界に入れないよう努めつつも、チラリと様子を窺ってみる。
シェリル夫人の言葉が相当堪えたのか、ディオンは顔を俯かせてしまっている為、彼が今どんな表情を浮かべているのか、それを窺い知ることは出来ない。
だが垂れた前髪の隙間から一瞬だけ見えたディオンの瞳。
その奥には強い敵意の光が瞬いていた。
待て、俺は悪くないぞ?
「母様、何故こちらに? それにマスミまで」
「マスミくんがね、ミシェルちゃんのことが心配で心配でたまらないんですぅって言うから連れて来てあげたの」
「一言も言ってません」
さらっと嘘つくんじゃねぇよ。
見ろ、アンタの娘が「バレバレの嘘をつかないで下さい」って溜め息吐いてるぞ。
「本当に何の用ですか?」
「心配してるのは本当なのにぃ……まあ、様子を見に来たってところかしら。あとはマスミくんにあの坊やを見てもらおうと思ってね」
「あのおとっ……ディオン様をですか?」
慌てて言い直すミシェル。
今絶対にあの男って言おうとしたよな。
「それでマスミくん、実物を間近で見た感想はどうかしら?」
「どう、と言われましても……」
特に感想らしい感想はない。
むしろシェリル夫人にやり込められた所為で、ヘコんでいないかちょっと心配なくらいだ。
なんて思っていると……。
「その男は誰ですか?」
ディオンから誰何の声が飛んできた。
先程まで俯いていた筈なのに、今はもう顔を上げてこちらを、というか俺を不審そうに見ている。
敵意は……あまり感じられない。
さっきのは見間違えか?
「答えて下さい。その男は誰ですか?」
「貴方に答える必要があるのかしら?」
何もそこまで喧嘩腰にならなくともよかろうに。
ミシェルが小さく「母様」と呼び掛けると、シェリル夫人は面白くなさそうにフンッと息を吐いた。
「ミシェルのお友達よ。昨日から我が家に泊まっていただいてるの」
「友達……貴族には見えませんが」
「それがどうかしたの?」
シェリル夫人が友達と答えた瞬間、微かだがディオンが俺に向ける視線に険しさが増した。
あっ、やっぱり見間違えじゃなかったと思った直後、ディオンは胸を張って傲然と言い放った。
「名を名乗れ、平民」
思わず「あっ?」と口から出そうになった。
よく耐えたな。偉いぞ、俺。
「どうした、早く名乗れ」
お前はいったい何様……ああ、貴族様だったな。
正直こんな物言いをされるのは甚だ不愉快なのだが、ここで突っぱねたところでしょうがない。
「マスミ=フカミと申します」
「平民の分際で家名を持つとは生意気だな」
人様の名前にケチつけんなよ。
なんだよこいつ、相手が平民だとここまで露骨に態度を変えるのかよ。
俺が想像していた悪徳貴族そのまんまだな。
「まあいい、お前の名などに興味はない。ミシェル嬢とはどのような関係だ?」
だったら最初から聞くな。
「先程シェリル様が仰っていた通りです。恐れ多くもご友人としてお付き合いをさせていただいております」
そう答えた後、ミシェルがボソッと「仲間だろう」と呟く声が聞こえた。
ややこしくなるから取り敢えず黙っててくれ。
シェリル夫人は事態を見守るつもりなのか、口を挟もうとはしなかった。
微妙に笑っているのが気になる。
「友人だと? フンッ、では金輪際ミシェル嬢には近付くな」
「はっ?」
突然何を言い出すんだ、こいつは。
「聞こえなかったのか? 近付くなと言ったんだ。お前のような平民がミシェル嬢の友人など相応しくない」
「……それを決めるのは貴方ではありません」
「貴様、この僕の……ディオン=メザールの命令に逆らうのかッ!?」
「逆にお聞きしますが、私に命令をする権利が貴方にあるとでも?」
声を荒げるディオンとは反対に、俺は声に感情が乗らないよう極力淡々と言い返した。
上から目線で物を言われて腹も立っていたし、この男の態度は目に余るものがあった。
段々と歯止めが利かなくなってきた。
それに伴い、シェリル夫人の笑みも深くなっていく。
何が狙いなんだ?
「いいか、彼女は僕の婚約者なんだッ。それを知った上で貴様は―――」
「はて、婚約の申し出は受けられていないと聞き及んでおりますが?」
ディオンの発言を遮るように言葉を重ねる。
いい加減、我慢も限界だ。
「き、貴様……ッ」
「そもそも先程の会話からして相手にされていないのが分かりませんか? 脈無しの女性にしつこく付きまとうのはハッキリ言って情けないですよ」
「な、何を―――」
「大体付き合いがどうこうと言うなら、私の方が余程深い付き合いをさせていただいておりますよ。一緒に食事をしたり、一緒に入浴したり、一緒の部屋に泊まったり、他にも色々」
傍らでミシェルが「マスミッ、おい待て! 本当に待って! お願いだから止めて!」と素の口調に戻って喚いていたけど、俺の口が止まることはなかった。
「貴様ッ、この僕を愚弄するつもりか! 嘘をつくなッ!」
「おやおや何を根拠に嘘だと? これだから世間知らずのお坊ちゃんは困りますなぁ。最近の女性は進んでいるのだよ、色々とね」
最早売り言葉に買い言葉なのかどうかも判然としない言葉の応酬。
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた頃、それまで黙っていた筈のシェリル夫人が「じゃあこうしましょう」と間に入ってきた。
「ミシェルちゃんを賭けて……決闘よ!」
――――――
―――
そして今に至る。
我ながら妙なところで頭に血が上ってしまうなぁ、俺は。
「平民と言えど手加減をするつもりはない。我が剣技を存分に味わわせてやろう」
「ハッ、お坊ちゃんのお座敷剣技がどんなもんか確かめてやるよ」
今更言葉を取り繕う必要はないので、いつも通りに喋る。
そして挑発も忘れない。
案の定、煽り耐性のないディオンは「おのれ平民……ッッ」と始まる前から額に青筋を浮かべていた。
『マスミ、もしもの場合は我もこっそりと―――』
「手ぇ出すなよ、ニース」
胸元から僅かに顔を出したニースに釘を刺しておく。
困惑気味に『じゃが……』と言い募る彼女をポケットの中にやんわりと押し込む。
「俺にだって意地があるんだよ」
この野郎は俺の手でぶっ倒す。
人知れず拳を強く握り込んでいると、向かい合って立つ俺とディオンの間にシェリル夫人が進み出てきた。
言い出しっぺである彼女が今回の決闘の立会人を務めるのだ。
「武器の定めは特にありませんが、魔術の使用は禁止とします。勝敗は有効な一撃を打ち込んだ際、それが相手の生命を奪うに足るとわたしが判断した場合のみ決着とします。双方、異論はありませんね?」
ルールを確認するシェリル夫人に俺もディオンも無言のまま頷きを返す。
それを見たシェリル夫人が右腕をゆっくりと掲げ、高い位置でピタリと静止させる。
そして―――。
「それでは……始めッ!」
―――鋭く振り下ろした。
お読みいただきありがとうございます。




