第19話 タマジイの教えと三界の構造
同日夕方 美久のアパート
美久の一人暮らしのアパートは、こじんまりとしていたが清潔で居心地が良かった。本棚には動物行動学の専門書と、旅行ガイドブックが並んでいる。窓際には小さな観葉植物。そして、壁には猫の写真がたくさん貼られていた。
ユイが持ち帰った古い本が、ローテーブルの上に開かれていた。『三界概論』という文字が、夕陽の光を受けて金色に輝いている。
「この本、すごく分かりやすく世界の構造が書いてあるんです」
ユイがページをめくりながら説明する。小さな肉球でページをめくるのは難しいが、美久が手伝ってくれた。
「まず、私たちがいる『現代人間界』。これが第一層です」
図解には、見慣れた現代社会の風景が描かれている。
「そして、私が一週間過ごした『ニャンコタウン』は第二層の『境界領域』にあります」
美久が興味深そうに聞いている。アミュレットを無意識に触りながら、真剣な表情で本を見つめる。
「境界領域?」
「はい。人間界と、もう一つの世界を繋ぐ中間地点なんです。タマジイさんによれば、『時空の揺らぎが生まれやすい場所』だそうです」
「祢古町もそうなのかもしれない...」
美久が呟いた。
ユイは本の図解を示した。そこには三つの円が重なり合うように描かれている。円の重なる部分が、ちょうど境界領域を示していた。
「そして第三層が『古代猫王国』。これは完全に異次元に封印された世界です」
「封印...」
美久の手首のアミュレットが微かに光った。その光には、哀しみのような色が含まれているように見えた。
「美久さん、実は祢古町も境界領域の一部なんです。だから、普通の人には見つからない」
「なるほど...それで、猫人間たちが隠れ住めるのね」
美久の言葉に、ユイは驚いた。
「猫人間のこと、知ってるんですか?」
美久は少し困ったような表情を見せた。窓の外を見つめ、深いため息をつく。
「実は...最近、記憶が戻ってきているの」
「記憶?」
「前世の記憶...1000年前の」
ユイは息を呑んだ。
「そうです。でも、タマジイさんが言うには、最近境界が不安定になってきているそうです」
ユイの表情が真剣になった。
「1000年前の封印が弱まっているって。だから、私みたいな転生者が現れたり、時空の扉が開いたりするんだそうです」
「そして...」
ユイは声を落とした。
「もっと危険な存在も、動き始めているかもしれません」
「危険な存在?」
「『コレクター』と呼ばれる、魂を集める者です」
美久の顔が青ざめた。アミュレットが一瞬、黒く染まったように見えた。
「その名前...どこかで...」