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20「美女と奴隷」


 僕とイズミ先輩は、近くの村に向かって歩いている。

 先日、魔獣の襲撃に襲われた集落から一番近い村だ。


 今朝方ミレンの家を後にして、順調に進んでいると思う。



 あとどれ位で着くのだろうか。


 足場の悪い森林の道。大きな木々は日光を遮って、木漏れ日がキラキラ指し込んでいる。

 風はひんやりしていて、やっぱり木陰は涼しい。


 森林の中を進む道は、当然人が作ったものだ。それなりに整備され作られたのだろうが、荒れ果てて草だらけに。人通りが少ないからだろう。

 それにしても、少しくらいは目印や看板みたいなのがあっても良いんじゃないかな。

 今の所はほぼ一本道なので、多分方向は合っているはずだ。




 先輩はタミ老婆から譲り受けた戦闘服を着ている。赤を基調とした騎士調のコスチューム。肌の露出が多いのだが、先輩はとてもお気に入りのようだ。


 細身の長剣を扱う戦闘スタイルなので、非常に動きやすく特にこの暑い季節にはイイらしい。

 彼女が愛用しているその長剣は、鞘ごと背負って歩いていた。


 そんな、一際目立つ格好の彼女。その隣を歩く僕はというと……自分で言うのも何だが、可哀そうなくらい地味なのだ。


 作業着などという地味な単一色に銜え、魔獣に噛まれたままであちこち穴だらけというスタイル。

 元の世界ならファッションとして、これはこれでアリだとは思う。


 でもやっぱりね。


 せっかく剣と魔法の世界に来たんだから、それ相応の服装ってのが必要だと思う。


 おそらく他人から見て、今の僕は先輩の相棒としては全く釣り合っていない。それどころか奴隷を従えているように見えるんじゃないかと不安になるのだが。


「別に見た目なんて気にする必要はないぞ、アタシは気にしていないからな」


 先輩はそう言ってフォローしてくれた。

 と、思ったら直後にクックックと笑って、


「奴隷か……マサキ、面白い事いうなあ」


 先輩は悪戯っぽい目で僕を見回して、頷いた。


「まあ、実際そうだよな。見た目も中身も、アタシのド・レ・イくん」



 ちくしょ―! やっぱ僕の事、バカにしているじゃないですか!


 ええ、どうせ僕は先輩の望みなら何でも聞いてしまう、そしてそれを喜びと感じてしまう従順な忠犬ハチ公ですよっ!

 っていうか先輩! 裸で召喚された人もどうかとは思いますけどね……って、そんな事は死んでも言えないけど。


 ずっとこの格好のままでは、僕はただのモブキャラで終わってしまうかもしれない。

 何としても早いとこカッコいいコスチュームを手に入れなければと、焦ってしまう。


 まあいずれ手に入るだろうと、他人事のように言い捨て、ご機嫌で歩く先輩。


「カッコ良すぎて先輩が惚れてしまう位のヤツを手に入れますよ。絶対!」


 僕は少しムキになって、言い放ってしまった。でも、これ位の意気込みが無きゃ駄目だよね。


 息が荒くなり、少し早歩きになった。

 先輩より少し前を進む。


「ほぅ、それはカッコいい服装だけがパートナーとなったとイメージすればいいのか」


「――ッ!」


 それって! 中身が無い!!

 僕がカッコ悪いって事! 先輩ヒドイ。


 その場で跪き、項垂れてしまった。


「アハハ、冗談だ」


 先輩は僕の前にしゃがんだ。

 顔を上げると、頬杖をついた彼女の顔が至近距離に!


「機嫌を直してくれマサキ」


 ドキッ! なんだこのシチュエーション。先輩の困ったフリ(・・)をした表情も素敵です。(ついでにパンツがチラリと見えました)


 金色に輝く紋章を付けた黒い手袋が、頬杖の彼女を一層セクシーに引き立てる。


 そう言えば、訊いた事無かったな。


「えっと、その……」

「ん? 何だマサキ」


 この事は訊いて良いものだろうかと迷ったが、やっぱり気になるので思い切って質問してみた。


「先輩はその手袋、いつも嵌めていますよね」

「ああ」

「学校でも外している所を見た事無いし、どうしてずっと嵌めているのかなぁって」


 夢の中。いや、組織との接触の場では手袋を嵌めていなかった。

 でもあれは、小野イズミの現実の姿とは言えないかな。


「…………」


 先輩は、黙り込んでしまった。



 ああぁっ! 僕のバカ―――ッ!!

 やっぱり訊いちゃいけなかったじゃん! なんで地雷踏んでるんだよォ~。


「い、い、今の話。やっぱナシにして下さい、聞かなかったって事で――」

「いや、イイ」

「え?」

「……アタシは」


 先輩は一度言葉を飲み込むように息を止め、再び口を開いた。


「アタシは、誰も傷つけないために手袋をしている」


 自分の両手を見ながら立ちあがる。


「傷つけないため……ですか」

「そうだ、小さい頃からずっと嵌めている」


 僕も一緒に立ちあがった。


「身近な人から赤の他人まで。その頃から誰にもこの手を見せてはいない」



 ちょっと先輩、怖ッ。

 やっぱ手袋の事、訊いちゃいけないイベントだったのでは?


 その手を見た者は、呪に掛っちゃうとか。

 実はケモノの手で、見た者を無条件で襲ってしまうとか。


 うわぁ―、ごめんなさい。ホントごめんなさい!



 などとバカな事を妄想していたのだが、次の瞬間。


「「―――――!!」」


 先輩の表情が、一瞬にして険しくなる。


 僕もこれだけの異臭と気配だ、流石に解った。奴らが来たのだと。



 僕と先輩は、剣に手を掛けた。




 二人の平和なやり取りの時間が終わった瞬間だった。


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