18「《報告》生徒会長親衛隊が公認となる」
次の日の朝、僕とイズミ先輩は近くの高台に向かって出発。
道中は長い昇り坂が続いていた。
が、いつの間にかほぼ崖を這い上がっている最中だった。
両手で岩を掴みながら一歩ずつ進む。暑いし、手が痛い。
「ほんとに、この道で合ってるんですかね」
いよいよ迷子になってしまったという不安をぬぐい切れずに、先輩に訊く。
「ああ、間違いない。道は合っているぞ」
何故か揺ぎ無い自信に満ちていた彼女は、ハッキリと肯定する。
出発前にタミから超簡潔な道案内を訊いていた先輩は、何の迷いもなく自信満々に相槌を打っていた。
岩場に悪戦苦闘している僕の事など気にせずに、黒い手袋をフル活用して軽快に進んでいた。
途中から足場が狭く勾配もきつくなったので、もしも先輩がバランスを崩した時に備えて補助できるように後ろに付いて歩いていた。
始めはそれで良かった。
進むにつれ、どんどん急になってきて。今ほぼ崖状態だ。
これはこれで、困った事になっている。その原因が、今の先輩の格好。
彼女は、タミから貰った戦闘服をとても気に入っている。まあ、そも他に着る服装が無いのだが。
今朝起きた時の先輩は、5日位断食した人みたいにテンションが低かった。あんな事があったからね。
でも、出発前に着替え終わった頃には、少し頬を染め嬉しそうに口元が緩んでいた。
赤を基調とした肌の露出多めのコスチュームは、先輩の透き通るような肌とスレンダーなボディーと相まって、僕が何かのフェチに目覚めてしまいそうなほど刺激的だった。
しかも、オプションで少し丈の短いマントまで付いている仕様。うん、涼しそうだな。
て、ちがうんです。今言いたい事は。
岩場に這いつくばる状態になってから、「前を見たら殺す」って急に怖い顔になった先輩。
……ま、そうなる事は薄々気付いてました。
だからって、仕方が無いと思ってた。今更前後チェンジ出来ないし、そもそも先輩はそうする素振りを一切見せないし。
なので、さっきから短めのスカートの中身が僕の男心を刺激しまくり。時折、誘惑のプチデビルなんかも脳裏に浮かんでいて。それでも俯きながら我慢して、岩場を登っている訳。
ここで僕の信用を失う訳にはいかない、苦虫を噛む思いで耐えています。
先輩に遅れないよう、必死に岩を掴んで昇り続けている。
……まだ上には到着しないのだろうか。
……結構な距離、昇ってるよね?
……あ、暑い。あとどれ位なの?
「あアッ!」
という先輩が叫んだ。
僕はどうした事かと、とっさに反応して先輩を見た。
瞬間、目が合ってしまった。と同時に僕の目に飛び込んできたのは、スカートの中身。かわいいお尻にコスチュームと同じ赤生地のパンツ。
直後、言葉より早い先輩の蹴りが僕の額を直撃!
「見んじゃねえ、変態!」
僕の目の前に星が7つ飛ぶ。思いっ切り足蹴りなんて酷い。
そして、変な声で叫ばないでほしい。そうじゃ無くても前が気になってしょうがなかったんだから。
先輩は、上に着いたから思わず声が出たとの事。僕をからかって、わざとそうしたんじゃないかと疑ってしまった。
高台に到着した僕達は、その景色を一望した。
確かに大きな木々が多いのだが、間違いなく僕達が暮らしていた現世の地形そのものだった。
ココから一番遠くに見えるのは王城山。その山頂にあるのは、僕達の最終目標である魔王城だ。
それより手前に見える若干低めの山も、その西に流れる大河も記憶のままだった。
「しかし、まさかこのような世界だったとは……」
「ですね、こうやって見ると改めて大変な所に来てしまったみたいですね」
僕達の住んでいた世界は、アスファルトで固められた道路があり、平野に田んぼや畑、川の氾濫を防ぐ堤防、そして多くの民家や工場施設など、山奥の田舎町だったが当たり前に存在していた。
だがこの魔法の世界は、平野一面に大自然が広がっていた。
幹線道路と思われる大きな道は見えているものの、民家や集落は所々見える程度だった。細い道などは森林に邪魔されてほぼ見えない。
魔王城までの道のりが、遥か彼方に感じられた。
今はまだ朝方なのに、夏の暑い日差しが照りつける。もう蝉が鳴き始めていた。
時々吹く風が先輩の長い黒髪をなびかせていた。気持ちのいい風だ。
「マサキ……」
先輩は遠くを見ながら僕の名前を呼んだ。
「昨夜はすまなかった。取り乱してしまって」
先輩は昨日、いくつもの辛い出来事があったと思う。
ザリチェという男に剣術が通じず、敗北寸前までやられてしまった。
その直後にアキという少女がザリチェを撃破した。その剣さばきは、折れかかった先輩の心に追い打ちを掛けたのではないかと思う。
そして昨夜、あの夢の中で闇組織との接触。
今思えばあのやり取りが、とても夢の中とは思えなかった。確かに、脳の一部を乗っ取られて強制的に会話させられていた感じ。夢のように不確かなものではなく、しっかりと記憶に刻まれている。
そんな不思議な空間で、闇組織の人物との会話。先輩が告げられたのは、最愛なる母の入院の知らせだった。
そんな情報を聞いてしまった彼女は、心の中に溜まったものが一気にあふれ出てしまったのではないか。
「いいえ、僕の方こそ力になれなくてすみませんでした」
そう言って僕は先輩の表情をうかがった。その瞳は、遥か昔の懐かしんだ物を見つめる表情だった。
先輩は僕の方に向きを変えて、両手を腰にあてて、
「この高台はな、アタシの家の敷地内にあったんだ」
ああ、そう言えば。ここら一帯はあの小野財閥の敷地内だった。
先輩はその資産家の一人娘、地元では超有名な家なのです。
僕ら生徒会長親衛隊は、彼女の事なら何でも逃さずリサーチしていた。日夜グーグルマップで豪邸周りを探索して、情報収集を怠っていなかった。だが流石にビューは敷地中まで入れなかった。
それで先輩は妙に土地勘があった訳か。
「この高台は見晴らしが良いのでな、好きだった。小さな頃は良く来ていたぞ」
こんな所まで、小さな子供が? イズミちゃん凄いです。
「家族と一緒に、エレベーターで……」
エレベ――はい?
って何、こんな所にエレベーター作ってあったの?
「アタシは一人っ子だったからかな? この場所が好きだといったら、数日後には出来ていた」
出た! 金持ち自慢。
「その頃の母は、元気のいい明るい人だった……だが8年前に父が突然他界したんだ」
「そう言えば先輩のお父さん、結構有名な方でしたね」
「アタシはよく解らないが、複数の会社を経営していたらしい」
「凄い人でしたね」
「だが、父が死んだのを境に母は病弱になってしまったんだ」
「……」
「アタシは、そんな母の側を片時も離れたくはなかった」
先輩の瞳は若干潤んでいたが、下は向いていなかった。
「アタシがこっちの世界に来たくなかった理由の一つだ。必死の抵抗も無駄だったがな」
一時的な静寂の後、先輩は微笑しながら、
「くやしいが、アタシが消えた事で母の病状を悪化させてしまったようだ」
「そういう事でしたか……」
「マサキ、頼みがある」
「はい、なんでしょう」
「アタシは早くこの並行世界を出て、母の元へ帰りたいと思っている。だから……」
潤んだ瞳で僕を真っ直ぐに見詰めている。僕はその瞳に吸い込まれそうだった。
「だから、アタシに付いてきてほしい。力を貸して欲しいんだ!」
えッ! 先輩からのまさかのお願い。
この時、僕の心は熱くなった。憧れていた人物から頼られる、この瞬間がどれ程嬉しくどれ程待った事か!
「何言ってるんですか、僕は最初からそのつもりです! 先輩のために全てを捧げる所存です!」
「マサキ……」
「僕ら生徒会長親衛隊員は、先輩の望む事ならどんな事だってやり遂げる覚悟です!」
「……え?」
熱くなって言ってしまった後で、僕はハッと思った。
決して口にしてはいけないと、親友A君と約束していた事を。
「えっ、ちょっと待て」
ちょっと空気が凍りついた。僕の額から汗と冷や汗が滝のように流れ出る。
「え―と、何でしょう」
声が上ずいてしまった。
「親衛隊員て何だ? なにその死語。アタシはアイドルとかそんなんじゃないぞ!」
「あ――え――と。これはアイドルの熱烈ファンという意味ではなくてですね、我らが君主あるいは指揮官を称え護衛する者の意味……です」
ちょっと苦しかったが、間違ってはいない。本来そういう意味で結成されたのだから。
しかしここ最近は、ちょっと趣旨の違った行動をしていた事は事実だけど。
親友A君の栄誉のためにも、そこは死んでも言いませんから。
先輩は、待ての出来ない駄犬を見るような目で僕を睨んだ。
「って、駄目ですかね?」
やばい。僕は必要以上にオーバーアクションで説明をしていた。
沈黙が怖い。
しばらくして先輩は、右手を唇に当ててクスリと笑った。
「まあいいだろう。アタシのために尽くしてもらう事には変わりないからな」
「です、です」
彼女は唇に触れていた右手を大きく振りかぶり、その人差し指を僕のおでこに当てた。
「よし! 今からマサキはアタシの親衛隊員1号に任命する」
「え、マジ? マジっすか!」
やった! 親友A君。公認頂いちゃいました。
これからは堂々と活動出来るよ!
「アタシは一刻でも早く、魔王討伐をして帰りたい」
僕を見ながら先輩が、軽く頭を振る。
「だが、今のアタシ達の力では遠く及ばないだろう」
確かにそうだ、あのザリチェにさえ敵わなかったのだ。ましてや、魔王に対抗するにはどれ程強くならなければいけないのか。
「だからマサキに第一の使命を与える。先ずは、そのどうしようもない剣技を磨く事だ」
あ、宿題来ちゃいました。
そう、そうですよね。
この後帰ってから、みっちりゼグに指導してもらいます。
「3日だ、3日で大方の戦術を会得するのだ。いいな!」
僕を指さしていた右手の指3本を立てて、目の前に付き出して命令した。
み、み、3日!
これはこれで、ハードな試練となった。
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