Epilogue5:「――Happiness for you――」
……ほぅ。
吐く息はどこか重く、そして切ない。
ここの所のベルは常にそんな様子で、普段の奔放な彼女を知る人間は皆が皆、首を傾げていた。
いったい、あの公女殿下の沈みようは何なのだろうか?
「……あれから、もう3日、かぁ……」
カーニバルからすでに3日が経過したある日のこと、一晩の雨を挟んで快晴続きの昼下がりのことだ。
ベルは今は誰も使っていない部屋のテラスに出て、話し相手のいないテーブルについて1人きりのお茶会をしていた。
とは言えスタンドのケーキには手を触れておらず、カップをゆらゆら揺らすばかりだ。
何をするでもなく、椅子に寄りかかりながら遠くの空を眺めていた。
広大に整えられた庭園の上、青く高い空に僅かな白い雲が見える。
どことなく退屈そうな、それでいてぼんやりとしているような、そんな様子だった。
そしてそんなベルの傍らには、相も変わらずフロイラインの姿があった。
「ねぇ、フロイライン。リデルは今、どのあたりにいるのかしら」
「……そうですね。もう、かなり遠くに行ったのではないでしょうか」
「そう……そうよね」
ふぅ、と溜息を吐くベルの表情は明るいものでは無い。
その表情からは、寂しさや切なさと言った感情がありありと読み取れた。
初めての友達がいなくなってしまって、お茶会は1人きりになってしまった。
元々1人だったのだから、元に戻ったと言えばそれまでだが。
「……はぁ~」
しかしそうは言っても寂しさを拭えないのだろう、晴れやかさとは程遠い様子だった。
だがそれ以上に、ベルを見つめるフロイラインの様子は明らかにおかしかった。
ベルと話している間はそうでも無いが、そうでない時、彼女は明らかに挙動不審だった。
何かを恐れているかのように、何かに怯えているかのように。
その時だ、ベルとフロイラインの2人きりの空間に第3者が現れた。
軍服とローブを纏った彼はフロイラインの部下にあたる人間で、時には城市へ抜け出したベルを探しに共に奔走する仲間の1人だ。
それなのに、何か恐ろしいものでも見たかのような反応を見せる。
「申し上げます、ヴァリアス・シプトン様が公女殿下にご挨拶致したいとのことで。室の前でお待ちしております」
「ヴァリアス? ああ、そう言えばパーティーの時に会ったような気がするわね。でも、何の用なの?」
「さぁ、そこまでは……」
「最近、良く来るわねぇ」
憂鬱そうに呟いた後、くいっ、と紅茶を一気に飲み干した。
手の甲で口元を拭う、そこでベルは傍らのフロイラインを振り仰いだ。
いつもならこんな行儀の悪いことをすれば、すぐに叱責が飛んで来たはずなのだが。
「フロイライン、どうかしたの?」
「……いえ、何も……」
「そう? なら良いけど」
椅子から立ち上がり、伸びをしながら室内へと戻るベル。
しかしフロイラインは、すぐにはそれを追いかけることが出来なかった。
普段であればすぐに後を追いかけたであろうに、今の彼女にはそれが出来なかった。
その代わりに、震えていた。
握り締めた手はカタカタと震え、噛み締めた唇は今にも切れそうだった。
その場に立ち尽くし、呼びに来た部下が遠慮がちに声をかけても反応しなかった。
まるで、今にも卒倒しそうな程に。
「フロイライン~?」
その声に、はっと顔を上げた。
急に血が巡り始めたかのように血色が戻り、少しよろめきながらも、身体を動かすことが出来た。
振り向いたそこには、自身より一回り近く年下の少女がいた。
「何をしてるの? 早く行きましょう」
「あ……は、はいっ」
慌ててベルの傍へと駆け寄るフロイライン、その様子がおかしかったのか、ベルはクスクスと笑った。
だがその笑顔は、確かに彼女を救った。
固かった表情は少し柔らかになり、胸中には僅かながら温かなものが満ちた。
ベルが笑顔で生活している、それさえあれば、彼女にはそれだけで良かったのだ。
しかしその僅かな救済も、すぐに消えることになる。
「ヴァリアス、今日は何の用なの? 何かあったかしら?」
「いえいえ。公女殿下のご様子はいかがなものかと思いまして」
ヴァリアスと言う<魔女>の顔を見た、その瞬間に。
「お茶会のお相手がおらず、退屈をされているとか。僕でよろしければ、公女殿下のお話相手ぐらいにはなれるかと思うのですが」
「え~……まぁ、別に良いけど」
柔和な微笑を浮かべてベルの手にキスをするその青年を、フロイラインは青ざめた顔で見つめた。
どことなく面倒そうなことを言って、ベルはくるりとテラスへ戻っていった。
一方で、ヴァリアスは自分を見て青ざめているフロイラインを見て、微笑んだ。
その時の彼の微笑が果たして柔和であったのか、それはフロイラインにしかわからない――――。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
これにて5章は終了、次章は私自身が構想している中で最も苦々しいと考えている6章になります。
あえて言うなら、マッドな世界観が広がっています。
それでは、また次章で。