板外3 ミリー・フィルの女王狩り 前編(前・後)
いて座矮小不規則銀河の戦闘が架橋を迎えつつある現在、武装補給艦002の駐機場には未だ一度も出撃していないロボットが数百機並べられている。
それらは全て専用機、一騎当千ならぬ一機討万の実力を持つロボット達である。
どこの部隊でも最大最高の戦力として扱われるはずの彼らは、ただ単にここまで温存されていたのではない。
それは、ロボットたちのフォルムに現れている。
鎧を着た人に近いフォルムをしているロボットたち、しかし今は形状が若干変わっている。
最たるものは、手足の変わりにその位置へ長さ40mほどで薄いカミソリのような『剣』を取り着けていることだろう。
戦闘中に『硬化流体』を噴射して似たような形状の武器を作り闘うことはよくある。
しかし駐機場で、となると普通はない。
「やれやれ、どうにか間に合ったな」
数千人の整備兵を指揮していた男は、少し作業が遅れていた最後の一機の作業も無事終了した、という報告を受けて肩の荷をおろしていた。
彼ら整備兵が今しがたまで行っていたのは対蟻用特殊武器、通称『アンチポイズンブレード』の取り着け作業である。
硬い外皮と有機物に弱いとはいえ数十メートルもの大きさに形成した『硬化流体』を瞬時に分解してしまう『浸透毒』を持つ蟻。
この『浸透毒』は戦闘と補給、両方の足かせになっている。
敵中で『敵を切る』ために形成した『ブレード』は無論使い捨てなのだが、『蟻』相手の場合、1匹切る毎に『必ず』消失することになる。
これは毎回形成しなおさなければならない事を意味し、『硬化流体』の使用量が激増することになる。
むろん本体部分に受ければそれこそ被害は甚大となるし、手足の部分でも切り離すしかない。
そして、これから専用機達が向かう『女王蟻』と、その取り巻き通称『親衛蟻』との戦闘は、この会戦の中で最も激戦となる事が予想され、戦闘時間も長くなり補給もままならない状況に陥ることが予想された。
戦闘中に補給が切れてはすべてが無駄になってしまう。
そこで稼働時間を確保しながら、固い外皮を貫き、かつ『浸透毒』の影響を受けない物質でもって武装する、という戦術が考案された。
この作戦専用に開発されたダイヤモンドより硬い合金、通称『オリハルコン』、その合金それから作られた『オリハルコンブレード』
これを両手足の代わりに取り付けていたのだ。
実は、武器を装備している弊害も多い。
過去、なぜロボットが装備を持たなくなったのかを考えれば分かるのだが、『硬化流体』により武器を生成する最大の利点は『柔軟性』である。
数ナノセカンド(10億分の1秒)で本体のありとあらゆる位置に『武器』を作り出す事ができ、しかも使い捨てにする事が可能。
これは、重力のない空間でどのような態勢になっても、必要な場所へ必要な攻撃が出来る事を意味する。
それは手放せない『武器』を扱うという古来から受け継がれたあらゆる技術を『無駄』なものに変えてしまった。
乱暴に言えば、
素人が剣を振って『脇』が甘く隙になるなら『脇』から剣を生やせばいいじゃない。
という訳である。
しかし今回、蟻という『文明を持たない敵』と対する時、時代を逆行する事態に陥っているのは皮肉といえよう。
ともかく、ここ何百年か使われることのなかった『武器を持った』ロボット、これが防衛軍の切り札となる。
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ミリー・フィルは外で戦闘が始まると同時に相棒へ乗り込み出撃の時を待ちわびていた。
今まで扱ったことのない装備ゆえ、いくども行った戦闘シミュレーション。
むろん違和感は感じたが、戦闘行為そのものに影響は無いと判断する。
「いくつかの制限はあるみたいだけど、まあ胴体部分からは今までどおり装備を形成出来ますしね」
『でも、油断は禁物。とくに最大稼働時間が大幅に短縮されているよ』
「分かってる、心配しないで。」
そんなやり取りをしながらも、ミリー・フィルは外の様子が気になって仕方がない。
仕方が無いのだが、決してその映像をモニターに出すよう指示はしないし、専用機AIもそういう行為を薦めてくることはない。
なんせ、映像なんて見てしまった日には、もう待っていられなくなり命令違反してでも飛び出して行きたくなってしまうからである。
そんなジリジリと時間が2時間も過ぎた頃、ついに彼ら専用機への出撃命令が下った。
『各機に告げる。前衛部隊の一部が敵親衛部隊と思わしき物に接触、被害が出ている。君たちの任務は急行し敵部隊を突破することにある。すでに敵目標にかなり近づいている、気を抜かず任務をまっとうせよ、以上だ』
駐機場内に上官の声が響く。
「ふっふふふふ、きた、キタワー。やるやるやるわ、やってやるわよ!!!」
それを聞き一気に興奮したミリーは駐機場内でブレードになった手足をブンブン振り回す。
『Youやめなよ、アブねぇYo』
「うっさいわよ、せっかくいいテンションなんだから邪魔しないでよ」
隣のパイロットから声がかかったが、そんなものは一蹴して動きを止めないミリー。
『ミリー・フィル軍曹、ハワード少尉から直接通信だよ』
そんな感じのところへ特務部隊のNo2から直接通信が入った。
「えー、メンドウ。早く出撃させてくれればそれでいいのに! でも仕方ないわよね、つないで」
ミリーは心底嫌そうなしかめっ面を作って返事をする
が、その返事が終わる前にホログラム映像で黒色の肌をもつ小男が映し出される。
『おや、もう出撃だというのに、ご機嫌斜めかね、ミリー・フィル軍曹?』
ハワード少尉はミリーの表情を見て少し頭を抱えたくなっていた。
「っは、いえ、そんな事はございません。それよりハワード少尉殿、直接通信とはわたくしに何か御用でしょうか?」
ミリーは慌てて敬礼をしつつ表情を消す。
バトルマニアの彼女とて、さすがに雲の上の上官様の前ではしおらしい態度になってみたりすることもある。
殆どの場合で意味は無いが。
『用、と言うほどのことはない。ただみなの先頭に立って頑張って欲しい、と伝えたかっただけだ。貴君が最初に出撃したまえ。では健闘を祈るぞ』
ハワード少尉は一方的に要件だけを伝えて通信を切った。
「よし、よし、よし。さあ出発よ、さあ食事の時間なのよ。行くわ行くわ行くわ」
『あー、はいはい。出撃許可が降りたよ。チェック異常なし。ミリー出撃準備。空重液注入開始するよ』
「オッケイ、その後すぐ発進するわよ」
阿吽の呼吸で出撃へ自然と向かうミリー・フィルと専用機。
『注入完了 ミリー・フィル専用機 発進するよ』
専用機AIがスクリーンにそう文字を映し出すと同時に正面のハッチが解放される。
「各隊には、私の位置を継続的に送信しておいて、邪魔されちゃかなわないわ」
空重液が満たされた空間で思考発進に切り替えたミリーは、そう指示し、ハッチが完全に解放された瞬間に音もなく飛び出してゆく。
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武装輸送艦の正面8万kmの位置で蒼いロボットたちが赤い壁に何度もぶつかっては弾き返され数を減らしていた。
そこへ黄金色の剣で出来た四肢を持つロボットが一機、一切速度を落とすことなく一直線に突入してくる。
そのすぐ後ろには同様の形状をしたロボット群、約900機。
蒼いロボットの救援にしても決して多くない数だ。
赤い壁を作っている『親衛蟻』からしてみれば意識するに値もしない数だ、と考えたかもしれない。
硬い真紅の外殻でその急所を覆う『親衛蟻』は、一匹一匹をみても体長5mを超えるほどの大きな『虫』だ。
『兵隊蟻』と攻撃方法は変わりないとはいえ、単純戦闘力は3倍近いだろう。
しかしそこで起こったことは劇的であった。
エースオブエースたるミリー・フィルとその専用機を先頭にして赤い壁へ突入したその900機は、それは当然尋常の者ではない。
その一群は遠距離の攻撃もなく、ただ四肢を広げランダムに揺れ動く貝独楽のように激しく回転しながら赤い壁に突っ込んだ。
しかして、その効果は劇的だった。
それまで堅固な城壁のように聳え立っていた赤い壁、しかしそれはスポンジ程度の強度もないかのようにいとも容易くむしり取られ凹み薄くなる。
激しく回転しながら敵中を自在に動き回り、その回転力から繰り出される『オリハルコンブレード』は硬い外殻をいとも簡単に切り裂く。
カミソリのような薄い刃にもかかわらず欠けもせず、また体液の影響も退け『蟻』の体を二分する『オリハルコンブレード』は、彼ら専用機部隊の大きな力となっている。
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「あははっ、最高、最高だわ。ああ、この感触。たまらないわ。それに戦闘時間を気にしなくていいなんてなんてホント最高、ここは天国だわ」
戦闘開始から10分、ミリーは完全にスイッチが入った状態でコックピット内を激しく泳ぎまわりながら、危ない脳内物質が空重液にまで漏れ出しているのではないかと疑うぐらいトリップしていた。
『ヒャッホウ、パージ制御しないで戦えるなんて、サイコウ!』
それに感化されたがごとく、いや元々なのかもしれないが、似たようなテンションでトリップしている専用機AI。
しかし、やはりエースオブエースは強い。
いや、その戦いは『強い』などという陳腐な言葉で言い表せるものではなかった。
たった10分、それだけの時間で築き上げた『親衛蟻』の死骸は五桁を超えていた。
他の専用機に目を向ければ二番手ですら四桁超えるのが精一杯であるにも関わらず、である。
この『女王蟻』討伐のために満を持して投入された専用機部隊の10分間、得た戦果は『親衛蟻』の死骸、約120万にもなるが、その1割がミリー・フィルの戦果ということになる。
「だめ、こんなんじゃ全然足りない、行くわもっともっと前へ。ふふふ、さあ雑魚ども、私の前にまとめて立ちはだかりなさいよ。私を止めなければ女王も一気に食ってしまうわよ。あーはっははは、そうドンドン来なさいよ!」
しかし、その程度で彼女は満足しない。そのAIももちろんそうだ。
ミリー・フィルの単独狂宴は未だ始まったばかりである。




