第15話
「ふん、強がりを。その首を刎ねて、全てを奪ってやる!」
ギルバートが剣を抜き放ち、殺気を膨れ上がらせる。
俺は腰の鉄剣の柄に手を添え、静かに彼を見据えた。
十年間の探索で馴染んだ、ただの鉄剣。
だが、今の俺にはこれで十分すぎる。
他人の愛着や努力を頭ごなしに否定し、土足で踏み込んでくる傲慢な侵入者。
彼に対し、迷宮の主としての圧倒的な力を見せつける時が来た。
「死ね、ゴミが!」
ギルバートが床を蹴り、猛然と距離を詰めてくる。
派手な金色の鎧がガチャガチャと耳障りな音を立て、大上段に構えられた両刃の剣が空気を切り裂く。
全力のスキルを発動しているのだろう。刀身が赤黒い光を帯びていた。
だが、俺の目にはその動きがひどく遅く見えた。
十年間、この迷宮の重い空気の中で毎日素振りを繰り返してきた。岩のように重い魔力負荷の中で体を動かし続けた結果、俺の基礎ステータスは常人の枠をとうに超えていたらしい。
「遅いな」
俺は半歩だけ横にずれ、振り下ろされた大剣の軌道を躱す。
同時に、腰の鉄剣を抜き放った。
無駄のない、最短距離の軌道。
刃がギルバートの大剣の側面に触れた瞬間、パァン、と乾いた音が響いた。
「なっ……!?」
ギルバートの目が見開かれる。
俺が軽く手首を返しただけで、彼が握っていた頑強な大剣は飴細工のようにへし折れ、破片が床に散らばった。
常人には扱えない重さの剣を羽のように振るう俺の前に、彼の攻撃は子供の遊びのようにあしらわれてしまう。
「馬鹿な……俺の全力の一撃だぞ! てめえみたいな万年Fランクに防げるはずがねえ!」
ギルバートは折れた剣の柄を握りしめたまま、後ずさる。
その背後で、カチャリと陶器の触れ合う上品な音がした。
「あなた、お茶が入りました。戦いが終わりましたら、こちらへどうぞ」
メイド服姿のリムが、俺のための観戦用ラウンジを優雅に整え終えていた。
広間の中央で繰り広げられる死闘など、彼女にとっては日常の些末な出来事に過ぎないらしい。
「ふざけるな! 俺を舐めるなよ!」
激昂したギルバートが、腰の短剣を引き抜いて再び飛びかかってくる。
俺はため息をつき、鉄剣の腹で彼の鳩尾を軽く突いた。
「がはっ……!」
それだけでギルバートの巨体は宙に浮き、数メートル後ろの石壁まで吹き飛ばされた。
ドスンと鈍い音を立てて床に落下し、彼は胃液を吐き出しながらうずくまる。
自身の全力が全く通用しないという現実に、彼の顔から傲慢さが完全に消え去っていた。
「ひ、ひぃっ……」
膝から崩れ落ちたまま、恐怖に顔を引きつらせている。
俺は彼にトドメを刺すことはせず、鉄剣を鞘に収めた。
「二度と俺の家に土足で入るな。さっさと出て行け」
冷たく言い放つと、ギルバートは無様に床を這いながら、来た道を逃げ帰っていった。
最強のマスターとしての力が、静かに証明された瞬間だった。
◆ーーーー◆
侵入者を追い払った後、俺はリムが淹れてくれた紅茶で一息ついていた。
「お疲れ様です、マスター」
淡い光を纏った少女、シズクがふわりと宙に浮きながら現れる。
「ああ。だが、これで終わりじゃないだろうな」
俺はカップを置き、空間モニターを開いた。
欲に駆られて押し寄せる連中を退けたとはいえ、この場所の異常な魔力濃度と豊富な資源が知れ渡れば、次から次へと利権を狙う輩がやってくるはずだ。
「シズク、防衛網をさらに強化する。莫大なポイントを使って、外部からの侵入を完全に阻むトラップを設置しよう」
「かしこまりました。マスターの平穏を脅かす要素は、徹底的に排除いたします」
俺たちは迷宮の構造を操作し始めた。
緑の監視網である特殊な魔法生物の群体を浅層まで広げ、索敵範囲を拡大する。
さらに、物理的な落とし穴だけでなく、方向感覚を狂わせる転移罠や、重力を反転させる理不尽なギミックを次々と配置していく。
効率と利益だけを追求する侵略者たちに対し、地道な努力を重ねてきた俺の力が完全に凌駕する防衛要塞。
同時に、内部の居住空間も快適に整える。
魔物たちがくつろげる広い温泉施設を作り、俺の部屋にはふかふかのベッドを新調した。
誰にも脅かされない平穏なマイホーム計画は、着実に進行していた。
だが、その数日後。
外部の協力者であるカイから、緊急の通信が入った。
『マスター、聞こえますか! まずいことになりました』
焦ったようなカイの声に、俺は眉をひそめる。
「どうした。またどこかのクランが動いたのか?」
『いえ、そんな次元じゃありません。度重なる討伐隊の失敗に業を煮やして……ついに国が動きました』
通信機越しのカイの息遣いが荒い。
『国最強と呼ばれる勇者パーティが、そちらの制圧に向けて出発しました。彼らは本気で、迷宮の力を奪うつもりです』
静かな日常を守りたい俺と、国家権力との間で、最大の対立が避けられない事態となっていた。
◆ーーーー◆
一方、迷宮の浅層。
泥と埃にまみれ、息も絶え絶えに逃げ延びてきたギルバートが、地面に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……化け物め……」
その無惨な姿を、待機していた副官セリアと残された構成員たちが冷ややかな目で見下ろしている。
「リーダー。随分と酷い有様ですね」
セリアは彼を助け起こそうともせず、見限るように踵を返した。
圧倒的な力を見せつけられ、部隊は完全に瓦解している。
残された者たちの命を預かる副官として、彼女は一つの決断を迫られていた。
迷宮の主に降伏するか、それとも別の道を模索するか。
暗い通路に、重苦しい沈黙が降りていた。




