第四十五話 知らされた真実
何から話すべきか整理するように
依子は一度目を閉じた。
皆、静かに次の言葉を待っている。
やがて依子はゆっくりと口を開いた。
「まず、中央AIアマテラスはあなたたちが思っている以上に欠陥だらけの代物です。それに、メモリもほとんど残っていない。現在もギリギリの状態で運用されています。」
依子は続ける。
「市民を兵士化させるシステム。確かにそうですね。
間違いでは無いです。ですが、その仕組みをわかっていますか?
EARシステム。Emergency Aptitude Reallocation
日本語だと緊急適正再配置と呼ばれるこの仕組みにはアマテラスは一切関わっていません。」
その言葉に反応したのは榊だった。
「待ってくれ、アマテラスが関わってない?それはおかしい。全ての意思決定権はアマテラスにある。」
依子が首を横に振る
「いえ、“表向きは”そうですね。ですが実態はナンバーズが最高権力者です。アマテラスはもう管理システム兼相談相手くらいの立ち位置でしかありません。
実際、EARの構想にアマテラスは反対意見を出しました。一度決定された適正を変更するのは秩序の崩壊や政策の考え方の根本から変えてしまうので。
もっとも、新システムを導入できるほどメモリ容量が残されていたとは思えませんが」
依子はの説明は続く
「EARシステムの開発は人手不足を理由にナンバーズ独自で進められたプロジェクトです。でも、アマテラスが割り振った適正は変えられない。だから一次的にアマテラスから切り離し、新しい適正を与える。聞こえは良いけど。要するにラジコンにするということです。」
榊が静かに腕を組み直す。
「アマテラスの意思に背くか…。もうやりたい放題だな。政府発足当初の考え方の根本すら残っていないのか。」
依子は頷いた。
そして再び話し始める。
「そもそも、同期というのは、国民スマホから出る微弱な電波を脳の神経細胞に送り込む。そして脳から発せられる電波を国民スマホも記録する。そういった相互フィードバックで成り立っています。」
「そこに、ときどきアマテラスからのチェックが入るのか」
安田がポツリと呟いた。
依子が頷く
「そういうことです。そして、国民スマホも欠陥が多い。記憶保持者、いえ、目覚め人…でしたね。彼らから発せられる思考電波を間違えてキャッチしてしまうことがあるんです。
それを勘違いして記録しフィードバックする。そうしてだんだん同期が解けていく。目覚め人との接触が増えると同期が解けるというのは、つまりそういうことです。」
「いや、でもおかしくないか。そんなことアマテラスのチェックでバレるだろ。それでまた元通りだ。」
安田がすかさず割り込んだ。
「いえ、それが出来るほどアマテラスに余力が無いんです。だから回収班が存在する。」
安田は無言で頷いた。
「あの夜、”一斉同期”が起きた夜とでもいうんでしょうか。人々の脳のニューロンの情報が少し書き換えられました。同期電波をキャッチできるように」
「にゅーろん?なにそれ?」
ポカンとする木島。
「同期をキャッチできるように、人の脳みそを改造したってことよ。翔太、ちょっと黙ってて」
安田が何かを思い出したように口を挟んだ。
「まてよ、あんた。なんでそんなに色々知ってんだ」
暫く沈黙した後、依子は呟いた
「私が、EAR開発者だから」
「てめえッッ!今なんつった!」
飛びかかろうとした安田を佐伯教授がなだめる。
「待て安田、今は彼女の話を聞こう。諸々はその後でも遅く無い」
その後も依子は話を続けた。
どの内容も衝撃の事実だった。
ナンバーズ会議の結果、第十六街区にEAR研究所が設立された。依子はそこの設立メンバーとして招集された。
新しい適性を与えるには一度アマテラスから切り離さなければならない。つまり一度同期を解く必要がある。そこで、依子が発見した、強制同期解除方法。それは同期前の記憶を脳に流し込むことだった。
その記憶は各管理街区庁の「記憶管理室」に保管されている。
強制同期解除は目覚め人の接触より遥かに早いスピードで同期が解ける。そこへすかさず、EARシステム管理用AIスサノオが接続し兵士が完成する。兵士としての任務後は、スサノオに一時記憶された同期情報が再インストールされる。
安田が単純な疑問を投げかけた
「なんで時間制限があんだよ。もう政府に正義もへったくれも無いんだろ。ずっと手駒にすれば良いじゃねえか」
依子は即座にその問いに答えた。
「スサノオは突貫工事で作られたのよ。アマテラスほど高性能じゃ無い。管理に限界がある。ラジコン化を維持できるほどの余裕はないの。
だから24時間限定。各所で同時発動されたらもっと短くなることもあるわ。それと、人数も制限がある。もっとも各地方でスサノオのようなAIが設置されたらそうもいかないわね」
「時間制限すら政府の良心では無く技術的な問題なのか。本当に胸糞が悪いな。」
榊が呟いた。
説明が進むにつれ。
部屋の空気は少しずつ変わっていった。
それまで断片だった情報が一つに繋がり始めている。
そんな感覚だった。
木島は姉の横顔を見ていた。
失踪していた時間何をしていたのか
その全てを知ろうとしていた。
「姉ちゃんはなんでそんな奴らに協力したんだよ」
「着いてくれば、少なくともあなたには手を出さないって言われたの。それに、いつまでもコソコソ隠れて生活するのは嫌だったのよ。」
依子は一度言葉を切る。
「私と翔太は元々記憶保持者で、私は元プログラマーだった。自分でいうのも何だけど。結構業界じゃ有名なほうだったのよ。そこに政府が目をつけたって訳ね」
用意された水に手を伸ばした。
乾いた喉を潤し。小さく息を吐く。
その様子を見ていた佐伯教授が静かに口を開いた。
「その、スサノオというのはどこにあるんだ。それと君は強制同期解除機能を使えるのか」
依子は少しだけ視線を落とした。
そして再び語り始める。
「今は無理ね、プログラムは研究室のパソコンに保存されてるし、機能が搭載されてる私の国民スマホも置いてきちゃった。
あんた達のを改造することもできるかもしれないけど。材料が足りないわ。パソコンも無いしね。
それからスサノオだけど、研究所の地下に設置されてるわ」
やがて榊が口を開いた。
「つまり、その強制同期解除をすることができれば、目覚め人を増やせる。そういうことか?」
依子は頷く。
だがその顔は浮かばない。諦めに近い何かだった。
「研究所のセキュリティは硬いわ。武装した兵士もいる。もし、侵入できたとして帰って来れるかどうかわかんない。」
依子はそう言った。
「じゃあ何であんたはそこから逃げてきた、いや、逃げて来れたんだ」
安田が言う
「毎日毎日働き詰めで、辛くなっちゃってさ。腹いせに、時々街に出て住人を強制同期解除してたの。それを偉い人にバレちゃってさ。慌てて逃げ出したってわけ。」
「最近やたら十六管理街区からの流入が多いと思ったらそう言うことだったのか」
「それで、一応研究所に協力者がいて、その人に手伝ってもらって何とか脱出できたんだけど。その人は捕まっちゃった。今頃生きてるのかもわからない」
依子は続ける
「権限の設定とかの諸々のシステムのパスワードは私しか知らない。だからアイツら必死に私のこと探してる。」
会議室は静寂に包まれたが、やがて依子が手を叩き言った
「さて、私が知ってることはあらかた話したわ。言っとくけど。変なこと考えないほうが身のためよ。」
その一言で。
会議室の空気は完全に変わった。
そして
安田の脳内では密かに『変なこと』の作戦が練られはじめていた。




