第64話 電話越しの棘
白百合女学院・職員室の片隅で、白百合 カンナはデスクに座り、銀髪ロングを優雅に耳にかけて書類を整理していた。
午後遅く、静かな部屋にスマホの着信音が響いた。
画面に表示された名前を見て、カンナの紫がかった瞳がわずかに細まる。
「……沙耶様」
現大守り人の一人、藤宮 沙耶からの電話だった。
葵のペアであり、違血の守り人として世界のレイラインを支え続けている女性だ。
カンナは丁寧に電話に出た。
「はい、白百合カンナです。沙耶様」
電話の向こうから、落ち着いた大人の女性の声が返ってきた。
「カンナさん、突然ごめんなさい。
毎日提出されているペア日記……特に桜良と紡の記録を、葵から聞きました」
沙耶の声は穏やかだったが、守り人としての重みが感じられた。
「ええ。
先週、二人とも奇跡的な同時絶頂を一度だけ成功させたようです。
指で花芯を刺激し合っただけだったそうですが……それ以降、1週間ほど経ちますが、交花段階は順調に進んでいるものの、それ以降の同時絶頂はありません。
そして、花芯合わせの難しさを強く感じているようです」
カンナは静かに頷きながら、メモを取った。
沙耶は少し間を置いて、続けた。
「葵も心配していました。
特に桜良は純血の次世代候補。心の閉ざされ具合がまだ残っていると……
そこで、私から一つアドバイスを。
カンナさんに直接指導をお願いしたいのです」
カンナの眉がわずかに上がった。
「直接……指導、ですか?」
「ええ。でも技術的なことではありません。
二人の精神に、スパイスを与えることです。
それは……嫉妬です」
沙耶はそこで言葉を区切り、電話の向こうで静かに微笑んだ気配がした。
「具体的な方法はお分かりになると思います。
ただ、慎重に。
二人の心のバランスを崩さないよう……でも、確かに火をつけるように。
満開への最後の階段を上るための、甘く危険な棘として」
カンナは銀髪を指で軽く梳きながら、丁寧に答えた。
「……承知しました、沙耶様。
二人のペア日記を読み、今日の動きも把握しています。
精神的なスパイス……嫉妬を、適切に用いるということですね。
技術ではなく、心に直接働きかける指導を、私が直接行います」
沙耶の声が少し柔らかくなった。
「ありがとうございます、カンナさん。
あなたは過去に不完全な満開を経験した方。
その経験も、きっと二人にとって良い薬になるはずです。
葵も、私も……信頼しています」
電話は静かに切れた。
カンナはスマホをデスクに置き、紫がかった瞳を窓の外に向けた。
白百合の花が風に揺れる中、彼女は小さく息を吐いた。
「……嫉妬、か」
カンナは立ち上がり、職員室のロッカーを開けて、ある資料を取り出した。
桜良と紡のこれまでのペア日記と、最近の観察記録。
そして、自分の過去。
藤適性の少女との不完全な満開の記憶を、静かに思い浮かべた。
彼女は決意を固め、ゆっくりと職員室を出た。
これから、二人の精神に甘く危険なスパイスを加えるための、直接指導を始めるために。




