第53話 白百合の棘
白百合家応接間は、午後の柔らかな陽光がレースのカーテンを透かして淡い金色に染めていた。
古い調度品と白百合の香りが静かに溶け合う部屋で、白百合 麗華はソファに腰を下ろし、穏やかな微笑みを浮かべていた。
その姿は若々しく、まるで咲良の姉と間違われるほどの美貌を維持している。
「桜良、紡。少し時間を取ってもらえるかしら」
麗華の声はいつものように優しく、娘とその紡ぎ手である少女を包み込むようだった。
しかし、その紫銀の瞳はまっすぐに二人を捉え、逃がさない。
白百合 桜良は背筋を伸ばし、優等生らしい落ち着いた口調で答えた。
「はい、麗華お母様。何か……大事なお話でしょうか」
隣に座る紡は、少し緊張した面持ちで小さく頷いた。黒髪のショートボブが軽く揺れ、琥珀の瞳が不安げに桜良の横顔をちらりと見上げる。
麗華はゆっくりと息を吐き、優しい声音のまま、しかし決して目を逸らさずに語り始めた。
「ええ、大事なお話よ。つらい現実だけれど、あなたたちには知っておいてもらわなければならないこと。
大守り人になった場合……つまり、桜良が次世代の純血守り人として、紡と正式に満開の契りを結んだ場合の、避けられない代償についてです」
部屋に静かな緊張が落ちた。
麗華は穏やかに、けれど一つ一つを丁寧に言葉を紡いだ。
「まず一つ目。
あなたたちは、子を成せないわ。
守り人の花は、女性同士の絆だけで世界のレイラインを支えるもの。命を次に繋ぐことは、許されないの」
桜良の指が、膝の上でわずかに震えた。紡は唇を軽く噛み、桜良の袖の端をそっと握った。
「二つ目。
花の能力を常に開放し続け、世界の感情バランスを安定させるため……大守り人の寿命は、比較的短い傾向にあります。
葵や沙耶さんが今、力を弱めつつあるのも、そのためよ」
麗華の声は優しかった。まるで、ただの母親が娘に未来のことを語るように。
「三つ目。これは絶対の掟です。
一生、男性と交わることは固く禁じられています。
もしその禁忌を破れば……両方の効力が失われ、レイライン全体が大きく崩れ、世界規模の災厄を招くことになります。
それは、局地的な不幸などではなく、この国全体、いえ、世界の感情の均衡が乱れるほどのものです」
紡の小さな手が、桜良の袖を強く握りしめた。桜良は無言でその手を包み返した。
「四つ目。
政府は、この現象を国家の安定に直結する機密として扱っています。
大守り人となったあなたたちには、常時、ボディーガードが付くことになります。
表向きは『白百合家の関係者への警護』という形ですが、実質的には監視と保護を兼ねた制限された生活になるでしょう。
自由に外出すること、学園外での普通の青春を過ごすこと……それらはかなり難しくなります」
麗華はそこで一度言葉を切り、二人をまっすぐに見つめた。
その瞳には厳しさと、深い慈しみが同居していた。
「これらはすべて、甘い夢物語の裏側にある現実です。
花は咲いてしまったら、もう戻れない。
あなたたちが選ぶ道が、どれほど美しくても、代償は必ず伴います。
……それでも、それでもなお、桜良、紡。
あなたたちは、この道を歩みたいと思いますか?」
応接間に沈黙が落ちた。
レースのカーテンの向こうで、遠くの鳥の声が小さく響いていた。
桜良はゆっくりと息を吸い、紫銀の瞳を麗華に向けた。
紡は桜良の横で、震えを堪えるように唇を結んでいた。




