第37話 紫苑の初訪 ― 守りの蔓、静かに伸びる
白百合女学院の正門前、桜の季節が過ぎたばかりの穏やかな午後。
淡い緑の新芽が風に揺れる中、一人の少女がスーツケースを軽やかに引いて校門をくぐった。
藤ノ宮 紫苑(16歳・1年生・転入生)は、深い紫色のロングヘアを高めの位置でポニーテールにまとめていた。長い尾が背中を優雅に流れ、歩くたびに軽く波打って紫の微かな光粒子を散らす。
スレンダーな肢体を白百合女学院の制服に包み、リボンは淡い紫に銀の縁取りをした閉じた蕾型。瞳は紫苑の花を思わせる柔らかな紫がかった青で、穏やかでありながら芯の強さを感じさせた。
「ふう……やっと着いた。学園、思ったより花の香りが濃いわね」
紫苑は小さく息を吐き、ポニーテールを軽く直した。
その時、校舎の方から駆けてくる小さな影が見えた。
「紫苑ー!」
すみれ野 あかりが、すみれ色の短め髪を揺らして手を振っている。
中学時代からの友人だった。
「あかり、待っててくれてありがとう」
紫苑は優しく微笑み、あかりの肩に軽く手を置いた。指先から紫苑の蔓がほんのわずかに伸び、あかりの小さな乱れを優しく包み込むように触れた。
二人が並んで歩き始めると、すぐに別の少女が近づいてきた。小柄で黒髪ショートの可憐な姿――紡だった。
紡は琥珀の瞳を少し緊張させながら、まず自分から名乗り、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして、桜庭 紡です。あかりから転入生の話を聞いていました」
紫苑の視線が、ふわりと紡の姿に留まった。
小柄で黒髪ショート、琥珀の瞳が優しく輝く可憐な容姿。
桜適性の柔らかな光が、彼女の周囲に桜色の粒子を優しく漂わせている。
献身的で、まるで摘みたての小さな桜の蕾のような、守りたくなるような乙女らしさがそこにあった。
紫苑の胸の奥が、くっと小さく高鳴った。
(……かわいい……本当に、かわいい子……)
乙女好きの性質が、瞬時に反応する。過去に数人いた元カノたちも、こんな風に純粋で可憐な子たちばかりだった。
紫苑は思わず視線を少し長く留め、穏やかな笑みを深めた。
「はじめまして、藤ノ宮 紫苑です。1年生で転入してきました。
出身は少し離れたところなんだけど、白百合女学院の花の噂を聞いて、どうしてもここで学びたくて……。
私の適性は紫苑適性。
紫苑の蔓は、優しく包み込むのが得意なんだけど、感情が高ぶると少し強引に絡みついちゃうところがあるの。
気性はちょっと荒いってよく言われるけど……本当はみんなのことを放っておけないタイプで。
よろしくね、紡ちゃん」
自然と「ちゃん」付けで呼び、紫苑は優しく微笑んだ。紫苑の蔓が無意識に軽く震え、紡の桜適性とほのかに共鳴する。
紫苑の瞳には、紡の可憐さに惹かれた乙女好きの柔らかな光が宿っていた。
紡は頰をわずかに染めながら、丁寧に答えた。
「しおんさん……よろしくお願いします」
あかりが楽しげに笑った。
「紡、紫苑は中学の時から、かわいい子を見ると目が離せないタイプなの。気性はちょっと荒いけど、心は本当に優しいよ!」
紫苑は「もうっ、あかりったら」と軽く頰を膨らませ、ポニーテールを揺らした。
気性が荒い一面がチラリと覗く可愛らしい仕草だったが、その視線はまだ優しく紡の可憐な姿を捉え続けていた。
三人が校庭のベンチに腰を下ろすと、あかりと紡は自然と名前で呼び合い、紫苑もあかりを名前で呼んでいた。
紫苑がふと、興味深そうに紡に尋ねた。
「紡ちゃんは、どんな適性を持ってるの? なんかすごく柔らかくて優しい香りがするね」
紡は少し照れながら、琥珀の瞳を伏せた。
「私は桜適性です。今、白百合 桜良さんとペアを組んで、儀式を進めているんです……」
その瞬間、紫苑の紫がかった青い瞳が大きく見開かれた。
「え……白百合 桜良さん? あの、全国の花の乙女たちの間で有名な……学園史上最高クラスの白百合適性を持つ、次世代の純血守り人候補の……?」
紫苑は思わず声を少し大きくしてしまった。全国的にその名を知られる桜良の存在は、転入前から噂として耳にしていたが、まさか目の前の可憐な紡がその正統なペアだとは想像もしていなかった。
「紡ちゃんが……桜良さんのペア……? 本当? すごい……」
紫苑の表情に純粋な驚きが広がった。守りの蔓が無意識に軽く震え、紡の周囲を優しく包み込むような光粒子を放つ。
まだ桜良本人には会っていないが、紡を通じてその存在の大きさを改めて実感し、胸に静かな波が立った。
あかりがくすくすと笑いながら言った。
「そうなんだよ。紡は本当に頑張ってるの」
紫苑は小さく頷きながら、心の中で思った。
(……いつか、直接お会いしてみたい。全国に名高い白百合の花が、どんな風に咲いているのか……)
遠くの校舎の窓から、深紅の髪をなびかせた誰かの視線を感じることはなく、紫苑はただ穏やかに二人の話を聞いていた。




