第35話:白百合の継承 ― 母と長女の厳しさ
白百合家の広大な屋敷の奥にある、厳かな書斎。
重厚な木の机と、白百合の紋章が刻まれた調度品が並ぶ部屋は、いつもより張りつめた空気に包まれていた。
白百合 麗華(45歳)は、背筋を伸ばして座り、長女の白百合 澪(19歳)と向かい合っていた。
麗華の銀白の髪は後ろで厳しくまとめ、紫銀の瞳には当主としての威厳と冷徹さが宿っている。
「澪。次期当主としての自覚が、まだ足りないようね」
麗華の声は低く、容赦がない。
机の上には、白百合家の家訓と守り人の掟が記された古い巻物が広げられていた。
澪は銀白の長い髪を肩に流し、紫銀の瞳を少し細めて母を見つめ返した。
「お母様……私は常に、次期当主としてふさわしい振る舞いを心がけています」
麗華は小さくため息をつき、厳しい視線を向けた。
「言葉だけではないわ、澪。行動で示しなさい。
白百合家は大守り人として、レイライン全体の均衡を支える責務がある。
あなたは長女として、その重責を背負う最初の者になるのです。
甘えや私情は許されない。厳しく自分を律しなさい。それが、私があなたに伝える唯一の愛情です」
麗華はそう言いながら、心の中で次女の桜良のことを思い浮かべていた。
次期純血守り人である桜良に対しては、溺愛に近い優しさを注いできた。
重責を背負う桜良には、できる限り温かく、守ってあげたいという母親の本能が働いていた。
しかし、長女の澪に対しては違った。
「厳しさこそが当主の責任を教える方法」と信じ、幼い頃から徹底的に厳しく接してきた。
それが白百合家の伝統を守るための、麗華なりの愛情の形だった。
麗華はさらに言葉を続けた。
「忘れないで。白百合家の子孫を残すことも、私たちの重要な責務です。
だからこそ、男性との交わりは許されている。
小守り人の多くがその理由で結婚し、子を残しているのも同じです。
しかし、それと守り人としての務めは別。
あなたは長女として、両方を完璧に果たさなければなりません」
澪は静かに微笑んだが、その瞳の奥に暗い炎がちらついた。
(お母様……あなたは知らない。
あなたのその「厳しさ」が、私をこうさせたということを……
子孫を残す義務など、私にはどうでもいい。
私にとって大切なのは、ただ一人……桜良だけ……)
麗華は知らない。
自分の厳格な教育が、澪の心を歪め、異常なまでのシスコンと独占欲を生み出していたことを。
夜這いのように桜良を執拗に求める行為も、すべてその歪んだ愛情の産物だった。
桜良もまた、母・麗華には何も言っていない。
姉の異常な愛撫に慣れた体を持ちながらも、心の奥で耐え続け、家族の均衡を乱さないよう、静かに耐えていた。
麗華は巻物を指で軽く叩き、続ける。
「来月には、あなたの守り人としての適性をさらに高める特別な訓練を予定している。
覚悟をしておきなさい」
澪は優しく微笑みながら、頭を下げた。
「はい、お母様。お言葉通り、精進いたします」
しかし、心の中では別の思いが渦巻いていた。
(お母様……あなたが桜良に注ぐ優しさが、私の胸をどれだけ焦がしているか……
いつか、この歪んだ愛を、すべて桜良にぶつけてみせる……
子孫など、必要ない。私と桜良だけで、白百合の花は十分に咲く……)
書斎の外では、白百合の花が静かに揺れていた。
母と長女の思惑が交錯する中、次女・桜良が背負う重責と、家族の歪んだ絆が、静かに、しかし確実に物語の影を濃くしていった。




