第14話 揺れる花弁 ― 初めての休日
休日の午前中、白百合女学院の最寄り駅前は、穏やかな陽光に満ちていた。
紡は制服ではなく、シンプルな白のブラウスに淡いピンクのスカートという私服姿で、駅の改札口の近くをうろうろと歩いていた。
小柄な体を少し縮こまらせ、琥珀の瞳が落ち着かない様子で周囲をきょろきょろ見回している。
(……本当に、今日でいいのかな。先輩と……二人きりで出かけるなんて……)
一方、少し離れたベンチに座っていた白百合 桜良も、普段の凛とした制服姿とは違う、シンプルな淡いラベンダーのワンピースを着ていた。黒髪ロングを耳にかける仕草が何度も繰り返され、紫銀の瞳が珍しく落ち着かない。
二人は昨日、温室で
「友達として休日に少し出かけてみませんか?」
と桜良が提案したのだが、実際に当日になると、どちらも初めての「デート」という状況に完全に緊張していた。
桜良が先に気づき、立ち上がって近づいた。
「紡さん……お待たせして、申し訳ありません」
「い、いえ! 私こそ、早く来すぎちゃって……」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく同時に目を逸らした。
一瞬の沈黙の後、紡が小さな声で言った。
「あの……どこに行きましょうか? 私、デート……じゃなくて、お出かけ自体が初めてで……」
桜良の頰が、ぱっと桜色に染まった。
「わ、私も……です。友達としてお誘いしたはずなのに、急に緊張してしまって……」
二人はそのまま、駅前の小さなカフェに入ることにした。
席に座っても、最初はメニューをじっと見つめるだけで会話が弾まない。
桜良が紅茶を注文した後、フォークでケーキを小さく切る手が微妙に震えていた。
紡が我慢できずにくすっと笑った。
「先輩……なんか、すごく可愛いです。今の」
「え……?」
桜良が慌てて顔を上げると、紡は目を細めて微笑んでいた。
「いつも学園では凛としてて、みんなの憧れなのに……今日は、なんだか普通の女の子みたいで……ほっとしました」
その言葉に、桜良の表情が少しずつ緩んだ。
やがて、二人は少しずつ笑顔を見せ始め、会話が自然に流れ始めた。
学校の話、花の話、紡の好きな本の話……。
カフェを出た後は、近くの公園を散歩することにした。
桜の木が並ぶ道を並んで歩いていると、風が吹いて花びらが舞い落ちてきた。
紡が手を伸ばして、花びらをそっと受け止めた。
「きれい……」
その瞬間、桜良がそっと手を差し出した。
「……手、つないでも、いいですか?」
紡の顔が一瞬で真っ赤になったが、こくりと小さく頷いた。
二人の指が絡み合い、温かな感触が伝わってくる。
最初はぎこちなかった手と手が、歩くうちに自然にフィットしていった。
公園のベンチに腰を下ろしたとき、桜良がふと紡を見つめた。
「紡さん……今日は、ありがとうございます。
初めての……こんな時間、とても楽しかったです」
紡も、琥珀の瞳を輝かせて微笑んだ。
「私もです。先輩と一緒にいると、なんだか心が温かくなって……」
二人はそのまま、互いを見つめ合った。
視線が絡み合い、時間が少しだけ止まったように感じられた。
桜良が、そっと体を寄せた。
「……少しだけ、抱きしめても、いいですか?」
紡は恥ずかしそうに頷き、小柄な体を桜良の胸に預けた。
軽い抱擁。
二人の体温が優しく触れ合い、淡い白と桜色の光の粒子が、周囲に静かに舞い上がった。
甘い百合の香りが、ほのかに風に乗って広がる。
花びらが二人の髪や肩に優しく降りかかり、まるで祝福するように舞っていた。
紡が小さく笑った。
「先輩……くすぐったい……でも、嬉しい」
桜良も、珍しくくすくすと笑い声を漏らした。
「私も……です。こんなに笑ったのは、久しぶりかもしれません」
二人は抱擁を解いた後も、手を繋いだままベンチに座り続けていた。
初めての休日は、戸惑いと緊張から始まったけれど、終わる頃には二人の笑顔が、いつもよりずっと明るくなっていた。




