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第102話 病室の百合 ― 守り人の血を継ぐ者

白百合学園から車で約一時間、東京都心の外れにある特別医療施設「星ノ宮病院」。

ここは政府の極秘予算で運営される施設で、レイライン関連の守り人やその家族に対して、最先端の治療と完全な秘匿環境を提供している。

個室の窓からは、遠くに学園の森が見える。

病室は清潔で落ち着いた雰囲気で、淡い花の香りのアロマが常に焚かれていた。ベッドに横たわっているのは、桜庭 遥(42歳)。


挿絵(By みてみん)


元小守り人候補だった彼女は、数年前に発病し、長らく入院生活を送っている。

顔色は優しく、しかし頰は少し瘦せ、長い黒髪を緩く結んでいた。瞳は娘・紡にそっくりで、穏やかさと静かな強さを併せ持っている。病室のドアが静かに開き、紡が入ってきた。


学園の制服姿のまま、両手に小さな花束と果物を持っている。

その後ろには、白百合 桜良が控えめに付き添っていたが、今日は紡の母親との時間を優先させるため、廊下で待つことにした。


「ただいま、お母さん」



挿絵(By みてみん)


紡の声は優しく、しかし少し緊張を帯びていた。


遥はベッドの上でゆっくりと体を起こし、娘の顔を見て柔らかく微笑んだ。


「紡……来てくれたのね。

 いつもありがとう。顔色がいいわ。学園の空気が、あなたを強くしてくれているみたい」


紡は花束を花瓶に活けながら、母親の隣の椅子に腰を下ろした。

政府のサポートにより、遥は一流の専門医による治療を受け、痛みも最小限に抑えられていた。

それでも、病はゆっくりと彼女の体を蝕み続けている。遥は娘の手をそっと握った。


指先は温かく、しかし少し弱々しい。


「ねえ、紡。

 最近……白百合のお嬢様と、どんな時間を過ごしているの?」


その問いかけに、紡の頰がわずかに赤らんだ。

病室の柔らかな照明の下で、彼女は母親の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「お母さん……私は、白百合 桜良さんと正式にペアを組んで、交花の深部まで進んでいます。

 ,理事長(麗華)も直接立ち会って、進捗を確認してくださったわ」


遥の瞳が、驚きと喜びと、不安の色で複雑に揺れた。

元小守り人として、レイラインの仕組みをよく知る彼女は、娘が大守り人候補である白百合家の純血に近づいていることを、すぐに理解した。


「…そう。

 あなたが、白百合家の次世代を支える側に……

 お母さんは、嬉しいわ。本当に……誇らしい。

 小守り人だった私が、こんなに立派な守り人の血を継ぐ娘を産めたなんて

理事長、麗華様よね。

わたしと学園では、同級生だったの。

輝いていたわ。

今も変わらす、お美しいのでしょうね。」


遥の声は震え、目頭が熱くなった。

喜びの涙が、静かに頰を伝う。

しかし、その奥には、母親としての強い不安が影を落としていた。


「でも……怖い。

 大守り人のペアになるということは、絶対の掟を守り続けなければならないということ。

 もし何かあれば……あなたも、私と同じように、レイラインの代償を背負うことになる。

 花が満開に咲いてしまったら、もう戻れない。

 中東の戦争でレイラインが乱れている今、あなたの負担は想像以上に大きいはずよ。

 お母さんは……あなたが、ただ幸せに生きてほしいだけなのに」


紡は母親の手を両手で包み込み、優しく、しかし力強く握り返した。

胸の奥で、母親への愛情と、桜良への想い、そして守り人としての覚悟が、静かに燃え上がっていた。


「お母さん、聞いて。

 私は、覚悟を決めているの。

 桜良さんと出会ってから、私の心は変わった。

 彼女の花に触れるたび、光の粒子が舞うたび、私は自分が生きていることを強く感じる。

 交花の瞬間、魂が溶け合うような感覚……それは、ただの義務じゃない。

 私にとって、桜良さんはかけがえのない存在。

 彼女を守り、彼女と共にレイラインを支えることが、私の運命だと信じている」


紡の声は穏やかだったが、その言葉には揺るぎない決意が込められていた。

遥は娘の瞳を見つめ、涙を堪えながら静かに聞いた。


「中東の乱れは深刻だけど、私たちは一人じゃない。

 ゆかりさんたちや、他の守り人ペアも頑張っている。

 国際機関がいろいろ提案してきているけど……私は、花の道を信じたい。

 お母さんが昔、小守り人として守ってきた世界を、今度は私が紡いでいく。

 心配をかけてごめんなさい。でも、私は幸せよ。

 桜良さんと一緒にいる今が、すごく……温かい」


遥の唇が、かすかに震えた。

喜びと不安が混じり合い、胸がいっぱいになる。

娘がこんなに強く、優しく成長した姿を見て、母親としての誇らしさが溢れ出す一方で、病床にいる自分が何も守ってあげられない無力感が、心を優しく刺した。


「紡……あなたは、本当に強い子ね。

 お母さんは、ずっと不安だった。

 自分の病が、あなたの未来を縛らないか……って。

 でも、今のあなたを見て……安心したわ。

 白百合のお嬢様と、ちゃんと心で繋がっているのね。

 それなら……お母さんは、信じる。

 あなたの花が、きれいに、強く咲くことを」


遥はゆっくりと手を伸ばし、紡の頰を優しく撫でた。

その指先には、母の愛情がたっぷりと込められていた。

紡の目にも、熱いものが込み上げてきた。「お母さん……ありがとう。

 私、もっと頑張る。

 あなたが元気になるまで、絶対にレイラインを守ってみせるから。

 いつか、一緒に学園の百合の花を見に行こうね」二人は静かに抱き合い、病室に優しい沈黙が訪れた。

窓の外では、遠くの森に淡い光の粒子が、まるで二人の想いを祝福するように、かすかに舞っていた。遥は娘の背中を優しく叩きながら、心の中で祈った。

どうか、この子が、愛する人と共に、幸せに満開を迎えられますように。



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