五.落ちこぼれの花嫁
翌朝、朝餉を終えた後に、律は紅悠を伴って奥の間に入った。
この奥の間には、村の結界を守るための祭壇が鎮座している。基本的には毎朝清めを行い、結界を張り直す必要があるため、普段は律がそれらの作業を行っているのだが。
「では、一連の流れを説明するから、付いてきてくれ」
「はい」
律の言葉に、紅悠が素直に頷いた。
何故、この場に紅悠がいるのかというと――話は昨日の夜に遡る。
「旦那様、お夜食をお持ちしました。今日は柚子塩蕎麦ですよ」
紅悠が部屋に入ると、律は身体を伸ばしながら振り向いた。
「ありがとう。早速いただくよ」
そう言って箸を取る律に、紅悠は。
「あの、旦那様…実は、お願いがあるんです」
「お願い?」
律が聞き返すと、紅悠は意を決して。
「明日から、旦那様のお仕事を、私に手伝わせていただけませんか?」
目の前で律が、ぽかんとして瞬きするのが、紅悠にも分かった。
「勿論、国政にまつわる重要なお仕事に、私が関わるわけにはいきませんが…私にできることなら、何でもいいんです。雑用でもお使いでも…それで少しでも、旦那様の負担が減らせるなら」
出過ぎたことをしていると、紅悠自身も理解している。紅悠は龍族の人間ではないし、結婚したと言ってももあくまでお試し。客観的に見て、律に仕事を任せてもらえるほど、信頼される立場とは到底言えないだろう。
それでも、言わずにはいられなかった。このまま無理を続ければ律は――いつか本当に、身体を壊してしまうかもしれない。
俯く紅悠に向けて、律は、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「凛に、何か言われたのか?」
図星を指された紅悠の頬が、さっと朱に染まる。
「やはりな。あいつは昔から、お節介を焼くのが趣味みたいなもんなんだ」
「…でも、凛さんも旦那様のことを心配していました。旦那様が熱を出すのは、仕事のし過ぎが原因だって。今のままでは、旦那様のお身体に、負担がかかり過ぎているんだと思います」
紅悠は、律の目を真っ直ぐに見つめて。
「これでも狐族王家の一員として、政治や神事の教養は一通り身に着けているつもりです。私が少しでも、旦那様のお力になれるのであれば…」
律の藍色の双眸に、紅玉の真剣な眼差しが重なる。
「私は、旦那様に、もっと笑っていてほしいんです」




