【第一巻発売記念SS】ギルのお誕生日プレゼント(後)
『放課後、イザベラルームに来られたし――』
稽古中止の連絡とともに、イザベラの護衛騎士ジョルジュから渡されたのは、果たし状めいた一通の手紙だった。
奇しくも今日はギルの誕生日。
差出人は、婚約者であるイザベラ・フランシスである。
珍しくイザベラの姿が学内になく、ギルは一日、意外な気持ちで過ごしていたのだが――。
「……? 妙に静かだな」
いつもなら談笑する声が、騎士科のそこかしこから聞こえるはず。
だが稽古場の掃除を終えて教室へ戻ると、今日に限って人影ひとつ見当たらなかった。
不穏な空気に警戒を強めながら、ギルはイザベラルームへたどり着く。
卒業するまでの三年間、イザベラが買い取ったラグジュアリー空間……なのだが、いつもの扉の隣にもう一つ、見慣れぬ入り口が増えている。
一体いつの間に……?
よく見れば赤い矢印で、『ここから入れ』と御丁寧に指示がある。
昨日までは他の教室同様、引き戸だったはずのその入り口は、なぜか手前に開くタイプの扉に改装されていた。
「……」
迷う余地はなく、もちろん選ぶ余地もない。
……もう一度言おう、今日はギルの誕生日である。
実家である貧乏伯爵家の誕生祝いはおしなべて質素であり、ましてや三男坊のギルなんて、サラダに添えられたパセリ以下の扱いである。
剣を磨く布が新調される。
食卓に並ぶ好物が、一品だけ増える……その程度の認識だった。
だから学友からお祝いの言葉がなくても、ギルはさして気にも留めず、帰る頃にはすっかり忘れてしまう程度のものだったのに。
「どうぞお入りください……」
ギルの気配を察したのだろうか、ドアノブの奥からくぐもった声が聞こえてくる。
「……パメラ?」
「いいから早く、お入りください……」
普段の元気な調子からは想像もつかないほどに弱々しく、パメラの声が震えていた。
なぜ、いつもの入り口ではないのか。
なぜ、これほどまでに弱々しい声なのか。
ここにきて嫌な予感に苛まれ、ギルの額にじわりと汗が滲む。
だがすべての答えは、ファンシーな扉の向こう側にあるのだ。
「くそっ、考えても仕方ない!」
ついにギルは意を決して、ドアノブに手を掛けた。
ガチャリと軽い音を立て、扉が勢いよく開いていく。
次の瞬間、パァン! とファンファーレが高らかに鳴り響き、ギルは割れんばかりの歓声に包まれた。
「ギル様、お誕生日おめでとうございます――ッ!!」
「……は?」
おやつの時間を削って準備したんですよと告げるパメラは、お腹が空いているのだろう。
頬が心なしかこけている。
騎士科だけでなく特進科までおり、大々的に呼びかけたのかもしれない。
扉の前から奥まで伸びた赤い絨毯は、縁に金の刺繍が施されており、その上にはもさもさと、零れんばかりの花びらが散りばめられていた。
「これは一体……?」
「いいから進め。イザベラ様がお待ちだ」
天井から吊り下げられた色とりどりのリボンが風に舞い、夕方にも拘わらずシャンデリアが、昇りたての太陽のように眩い光を放っている。
案内役のレナードに「早く行け」と急かされるがまま進んだ先には、玉座を思わせる重厚な椅子が、ドンと鎮座していた。
こ、これに座るのか……。
ギルが腰を掛けるなり進み出てきたのは、発案者と思しきイザベラその人だった。
「ギル様。改めまして、お誕生日おめでとうございます! こちら、わたくしからの贈り物でございます」
その言葉が合図だったのだろうか。
護衛騎士のジョルジュが、布に包まれていた一振りの剣をイザベラへと手渡した。
「本当は新しいものをと思ったのですが、中古がいいと伺いましたので、当家の武器庫から見繕い、専属の職人に手入れをさせました」
「ありがとう、イザベ――」
イザベラから差し出された剣を目にした瞬間、ギルの笑顔が凍りつく。
鞘に彫られた紋章は王家のもの。
その中央にはどデカい宝石が埋め込まれており、びっしりと文字が刻まれていた。
「なぁギル、どこかで見たことがあると思わないか?」
すすすと歩み寄り、そっと耳打ちをするレナードの目が死んでいる。
既視感のあるその外観は、確か騎士科一年の教科書の挿絵で――?
弾かれたように顔を上げると、イザベラ以外のすべての生徒達が、そっとギルから目を逸らす。
改めて教室内を見回せば、そこにあるはずの壁がない。
二教室ブチ抜きで拡張し、パーティー会場を設置したのだと、そこで初めて気が付いた。
「い、イザベラ?」
中古で十分だと言ったけれどもコレじゃない。
だが「喜んでいただけると嬉しいです」と嬉しそうに微笑むイザベラに、そんなこと言えようはずもない。
「やはり代々伝わる宝剣のほうが良かったかしら……?」
「いや、ちょうどこういう剣が欲しかったんだ」
「ギル様……ッ!」
うるっと瞳を潤ませるイザベラ。
頬は薔薇色に染まり、胸の前で祈るように手を組んだ姿は、恋する乙女そのものである。
「お気に召していただけて、嬉しいです!」
「……うん」
ギルの反応ひとつに一喜一憂する姿が、正直可愛くて仕方がない。
いつもなら気にも留めない誕生日。
国宝級の剣を持ち出すのは、いくら何でもやりすぎではと思わなくもないが、コレが彼女の普通なのだ。
「ありがとう、イザベラ。大切にするよ」
「……ッ」
引き寄せ、そのまま腕の中に閉じ込める。
ギルの胸元に顔を埋めたイザベラが、ぴくりと身を震わせた。
「ギ、ギル様……っ、皆の前で……!」
「駄目だった?」
耳元でそっと囁くと、腕の中の華奢な身体が、かぁっと熱を帯びる。
真っ赤に染まった耳を慌てて両手で覆うイザベラに、ギルは思わず吹き出した。
「……だめ、じゃないです」
「うん」
消え入りそうな声でそう告げるイザベラの頭に、そっと頬を寄せる。
「誕生日をこんなに祝ってもらえたのは、初めてで……正直、どうしていいか分からないけど」
「そんな……」
「だから、ありがとう」
告げるなりギルが観衆に視線を這わせると、特進科の女生徒達から悲鳴にも似た黄色い声が上がる。
騎士科からは「うおおお」と、地鳴りのような野太い声で野次が飛び、広々とした教室は一時騒然となった。
割れんばかりの歓声の中、パメラとレナードがなぜか安堵の表情で喜びあっている。
国宝級の剣に、二教室ブチ抜きのパーティー会場。
これだけ準備するのも、人を集めるのも、大変だったに違いない。
サラダに添えられたパセリ以下の誕生日は、どこへやら。
ギル・ブランドの誕生日は、この日、生涯忘れえぬ大切なものになったのだ――。
なお、ギルと打ち合った指導教官サルエルが、その名だたる剣に度肝を抜かれたのは……三日後の朝稽古でのことだった。
読んでくださり、ありがとうございました!
とても楽しかったので、また思いついたら書かせていただきますね。
そして昨日に引き続き、宣伝をさせてください!
※コミカライズはタイトルが変更になっています。
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