Scene12 黄緑
「港町に買い物でもしに行こうか」
三人でご飯を食べていると、突然先生が言った。突然のことすぎて、シルヴァとリーシャは丸い目で先生を見た。
「港町、ですか?」
「そう。昨日行ったところよりも、もっともっと活気のあるところさ。数え切れないほどの店があってね、とても楽しいよ。どう? 行かない?」
「私は……いいです……」
リーシャは首を振った。
「どうして? みんなで行こうよ」
シルヴァがそう提案するも、リーシャは首を振り続ける。
「私は、いいです……。その、人混みはあんまり好きじゃないから。私、お皿洗いでもしとくので二人で行ってきてください」
「そうかい。まぁ、無理強いはできないからね。分かった。じゃあ、今日もお留守番よろしくね」
先生が優しく言うと、リーシャはにっこり笑って頷いた。シルヴァはというと、まだ昨日見た夢のことをぼんやりと考えていた。
「シルヴァ、用意して。港町は少し遠いからね。早く行こう」
「う、うん」
先生に急かされて、ようやくシルヴァは用意をするために部屋へ戻った。用意、といっても着替えをして、歯を洗うだけだけど。
二人の用意が整ったので、早速港町へ行くことにした。先生の空飛ぶホウキに乗って、遠く見える海の方へ飛んでいく。少し冷たい風が心地よい。
「港町に行ったら、お魚がたくさんいるのかな」
「そうだね、港だから、獲れたばかりの魚がたくさんいると思うよ。でもその前に、お金を手に入れないとね」
「……先生、お金持ってないの?」
シルヴァは目を細めて言った。その細い目に先生は少し驚いて、慌てて訂正する。
「持ってはいるよ。でも、まぁ、ちょっとだけね。だからまず港町に着いたら換金するんだ」
「換金?」
「そう。僕が魔法で作った金を売るんだよ。そうしたらお金はどっさり手に入るからね」
先生は白くて重たい袋をシルヴァに渡した。その中には金がたくさん入っている。ピカピカと輝くその金属に、シルヴァの目もピカピカ輝いた。
「すごい! 先生って錬金術ができるの?」
「まぁね。と言っても一日に少しだけだけど」
「ぼくにもできる?」
「うーん、錬金術はちょっと危険だから、あんまりオススメはしないよ? 下手したら腕、無くしちゃうかもしれないし」
真剣に言う先生に、シルヴァは唾を飲み込んだ。錬金術をしたいという希望は消えてしまった……。
「あ、シルヴァ、見えてきたよ。港町さ」
先生が前方を指差すと、そこには鮮やかな屋根が立ち並ぶ、港町が見えた。潮の匂いがする。
二人を乗せたホウキはだんだん地面に近づき、二人を着地させた。
たくさんの人で溢れている。四方から活気のいい声が聞こえ、まるで祭りでもしているかのようだった。
「わぁーっ」
シルヴァはその雰囲気に圧倒され、間抜けな声しか出なかった。
「お小遣いをあげるから、何か好きなものでも買ってきて。僕は金をお金に変えなきゃいけないけれど、時間がかかりそうだからね。しばらくしたら、あの波止場に集合ね」
「うん、ありがとう先生」
元気に駆け出すシルヴァを先生は見守って、やがて見えなくなると質屋へと向かった。
人、人、人。
店、店、店。
シルヴァは先生にもらったお小遣いを大事に抱えて、人混みに押されながら歩いていた。遠くの国からの出店もあるらしく、見たことのない雑貨や料理がたくさんあった。何を買おうかな。リーシャや先生にも何かあげた方がいいよね。
そんなことを考えながら歩いていると、突然後ろから肩を叩かれた。びっくりして振り向くと、そこには見覚えのある黄緑の髪をした青年が立っていた。同じく黄緑の髪の小さな女の子も連れている。
「えっ……?」
シルヴァは目をパチパチとして、青年を見つめた。
「これ」
彼はシルヴァにそっと手を近づけた。
その手にはシルヴァがミシレーヌにもらった、星のブローチが握られていた。
「落としてたから。君のだろう?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
気づかないうちに落としてたようだった。彼からブローチを渡してもらうと、シルヴァは服の襟にしっかりとブローチをつけた。
青年とシルヴァは少しの間、お互いをじっと見ていた。しばらくすると、青年の娘さんだろうか、小さな女の子が青年の足を軽くつつく。
「ねぇパパー! 早く行こうよ! 売り切れちゃうよ」
すると青年は我に返り、女の子に優しく言った。
「ごめんごめん、メリッサ。ええと、ほい」
青年はポケットから小さなポーチを取り出すと、先生がシルヴァに渡したように、優しくポーチを女の子に渡した。
「これで買ってきな。お釣りはちゃんともらってこいよ。店の人へのお礼も忘れずにな」
「うん、分かった。じゃあパパ、行ってくるね!」
女の子は満面の笑みを浮かべて、人混みの中へと消えていった。
「あのさ」
女の子を見届けてから、青年はシルヴァの方を向いた。
「今、ヒマ?」
「えっ、は、はい」
「ならさ、ちょっと付き合ってくんない?なにか奢るから」
「……?」
青年の瞳は、とてもキラキラしていて、まるで子供のようだった。