詐欺師的異世界生活～詐欺の技術で世界一の商人を目指します～

投資と不労所得

　結局、昨日は工房の内見だけで終わってしまった。製油工房にも行きたかったのだが、それはまた後日だ。本当は今日行くつもりだった。しかし、出発前にウォルターに呼び止められた。

　オープンカフェに座り、ウォルターの話を聞く。

「また何かやっているようだな」

　実験用工房のことだろう。詳しい話はしていないが、工房を増やすことは報告してある。

「そうですね。ルーシアさんに怒られまして、実験専用の工房を買いました」

「どこにそんな金があるんだ？　そんな金があるなら、私の給料を増やしてくれてもいいだろう」

　早い話、「金くれ」という話かな。もちろん却下だ。来月から交際費を支給するが、給料は変えない。

　実験用工房は投資だ。あの工房から金が生まれる。ウォルターの給料を増やしたところで、何の利益も生まないじゃないか。無駄使いをするつもりは無い。

「それは、売上が増えてからですよ。今は投資を優先します」

　まあ、ずっと優先し続けるけどな。投資を続けないと、会社は衰退してしまう。どんな業種でもそうだ。技術、情報、設備など、投資先はいくらでもある。

　長い目で見れば給料も投資と言えなくもないのだが、理由も無く昇給することはできない。

「投資、か……。なるほどな。ちょうど良かった。いい話を聞きつけたのだ。

　最近仲良くなった商会の店主から、面白い情報を仕入れてきた。試してみたいから、店で予算を出してくれ」

　ウォルターは、機嫌良さそうに言う。ウォルターから投資の話を振るなんて、ずいぶん珍しいな。面白い情報を仕入れてきたらしい。

「どういう話でしょうか？」

「最近、近くの街で鉱脈が発見されたらしい。鉱山のさらなる発展のため、資金を集めているそうだ」

　鉱山か……。数年前に、日本でも似たような話を聞いたな。

　アジアのとある国で天然ガスが出るから、投資しないか？　という話だった。その時は半分が本物だったが、それにまつわる詐欺も大流行した。

　これは注意が必要だぞ。

「詳しくお話しいただけますか？」

「私もまだ、詳しい話を聞いておらん。今日これから、鉱山の説明会があるそうだ。ツカサにも同行してもらいたい」

　ウォルターは、堂々とした態度で言う。どうやら自信アリの様子だ。俺も興味はある。行ってみてもいいかな。その前に、気になることを訊いておこう。

「この話、どこの誰に薦められたのでしょうか……」

「遠くの街から来た、商会の会頭さんだ。去年あたりからこの街で鉱物の問屋をやっている」

　鉱物の問屋か……。説得力はあるな。話だけでも聞いてみる価値はありそうだ。

　ウォルターに連れられて、集会場のような建物にやってきた。田舎の公民館のような建物だ。中に入ると、５０人くらいが収容可能な広い会議室に通された。

　正面にはステージがあり、両脇にはスタッフらしき人が数人、背筋を伸ばして立っている。

　この部屋には大きなベンチが並べられているのだが、会場にはぎっしりと人が詰まっていて、既にほぼ満席の状態だった。

――出入り口付近の床に座ろう。

　そう思ったら、真ん中の椅子に座っていた人が突然立ち上がり、どこかに行ってしまった。

「ツカサ、真ん中が空いたぞ。そこに座ろう」

「そうですね……」

　ウォルターは怪しむ素振りを見せなかったが、今退いた奴はたぶんサクラだぞ。詐欺じゃなくてもよくある手法だ。

　こういったセミナーを開く場合、賑わっているように見せるために、予めサクラを仕込む。本物の客が来たらすぐに退いて、客を良い席に誘導するのだ。

　席に着くと、スタッフから数枚の紙を渡された。これから説明されるであろう内容が、挿絵付きで書かれている。この資料も全て手書きだ。この量を準備するのは、相当に大変だっただろう。

　渡された資料を読もうとしたところで、１人の男が壇上に上がった。自信に満ち溢れ、堂々とした様子の男だ。歳は３０歳前後だろうか。短く刈り揃えられた金髪は、欧米の青年実業家を連想させる。

　青年は、ひとしきり注目を集めたあと、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「皆さん、よくお集まりくださいました。お忙しいところ足を運んでいただき、感謝申し上げます。主催者のバーナードと申します。

　今日は、重要で大切な、お金儲けのお話をさせていただきます」

　主催者の、威勢のいい声が響いた。のっけから胡散臭さが爆発しているな。枕詞に『金儲け』が付く集会は、基本的に全て疑ったほうがいい。

「皆様にお集まりいただいたのは、チャンスを手にしていただくためです！　我が事業は、既に１００人近い賛同者の力を得て、順調に活動しています。その事業とは、鉱山です。詳しくは、お手元の資料を見ながら説明しましょう」

　このセミナーの怪しさが濃くなっていく中、どうでもいい説明が続く。

　話を無視して渡された資料に目を通すと、産出される鉱石の一覧と販売価格が記入されている。産出されるのは、主に水晶や瑪瑙(めのう)だ。鉄以外の金属類は産出しないらしい。この国では、金、銀、銅の鉱山は政府が管理するので、不自然ではない。

　さらに、主な用途も書かれている。装飾品や占いに使われるようだ。瑪瑙は皮なめしの道具としても使われるらしいという。需要はそれなりにあるようだが……。

　俺が資料を読み込んでいる間にも、主催者の説明は続いている。

「さて、どうしてこれが儲かるのか。それは、我々が少ない労力で大金を稼ぐノウハウを持っているからです。我々は、少しでも多くの人を幸せにしたいという思いで、今回のプランをご準備しました！」

　儲かるという言葉に反応し、耳を傾けた。その前の説明を聞いていなかったので、少し話についていけない。

　たぶん、利益還元のシステムについて話しているのだろう。聞けば聞くほど胡散臭い。

「皆さんは、『不労所得』という言葉を聞いたことがあるでしょうか」

「ないです！　説明してください！」

　突然、会場の隅から大きな声が轟いた。不自然なタイミングだな。かなり怪しいぞ……。

「皆さんは働いてお金を稼いでいますよね？　もし、働かずしてお金が入ってきたら……それが不労所得です。賢明な皆さんなら、『誰が働いているんだ』と思うでしょう。答えは『お金』です。皆さんの代わりに、お金に働いてもらうんです！」

　主催者のこの言葉に、会場がにわかにざわつき始めた。

「すっげぇぇぇ！」

「これは儲かる！　絶対やるべきだ！」

　会場のあちこちから、感嘆の声が上がった。

　うん。これは詐欺かな。十中八九間違いない。今騒いでいる連中は、主催者が雇ったサクラだ。さっきの不自然な質問もサクラだろう。これは会場の空気をコントロールする手法の１つ。会場を盛り上げつつ、都合の良いイメージを植え付ける。

　まあ、今日のサクラは可愛いものだな。酷い時は、寒いギャグを無理やり笑う専門のサクラが準備されたりするから……。実際に見たことがあるのだが、あまりの痛々しさに目を覆うほどだった。

　警戒レベルを引き上げ、主催者の説明を聴く。

「中には良くないイメージをお持ちの方も居るかもしれません。しかしこれは、犯罪や夢物語などではありません！　銀行に眠る皆さんの資金を、働くお金に変える手段なのです！　みんなで豊かになりましょう！」

　マルチ商法の勧誘みたいだな。不労所得を全面に押し出す勧誘方法は、騙されやすい人間をあぶり出すのに有効な手段だ。

　不労所得そのものが悪いわけではない。カレルの工房やドミニクの委託販売も、俺にとっては不労所得だ。今後も増やす予定でいる。しかし、今回はダメだ。怪しさしか無い。

「投資金額の３％を、毎月お支払いするとお約束します！　もし気に入らなければ、お預けいただいたお金はすぐにお返しします！」

　よし。詐欺確定。１００％詐欺だ。

　単利で毎月３％は少なく聞こえるが、年に直すと３６％になる。明らかに高すぎだ。

　どんな商材であったとしても、年の利回りが１０％を越えたら詐欺の可能性が極めて高い。企業に対する投資では、年利が５％あれば超優良案件と言える。３６％となると、まずあり得ない。

　例えば、複利の利回りが年１０％だとすると、初月の利回りは１％に満たない。まともな投資とは、そういう物だ。

　複利で年２０％を超える利回りの投資は、無いことはない。しかし、元本が０(ゼロ)になるリスクもはらんでいる。

　月３％という配当は、とんでもないハイリスクハイリターンでなければ成立しない。元本と毎月の利益が保証されることは、絶対と言っていいほどにあり得ない。

　ということで、詐欺確定だ。

「一口１００万クラン、お１人様何口でも参加可能です！」

　ついでに言うと、何口いくらという金の集め方をするというのも高確率で詐欺だ。しかも、かなりの高額。これは短期間に大金を集めて、早々に撤退するやり方だ。

　確たる証拠を見つけたわけではないが、確信を持って言える。合わせ技一本で詐欺……いや、まとめて五、六本取る勢いで詐欺だ。

　主催者の熱いトークは続いているが、暑苦しいので聞き流す。要点は理解できたので、これで十分だろう。

　今日は面白い話が聴けた。この国の詐欺師のレベルを知ることができた。なかなかハイレベルなのではないだろうか。日本でも現役の手法が、ふんだんに使用されている。これは騙される奴が多いだろうな。

　まあ、俺が詐欺を働くつもりはないが、いい勉強になった。なかなか有意義だったと言えるだろう。一応最後まで聴いて、さっさと帰ろう。