見る目
カラスの案内で、紹介される建物の近くまで歩く。向かう先は、俺が使う実験用工房の候補だ。汚しても、悪臭が発生しても、多少騒音がうるさくても、誰にも怒られない工房がほしい。
先頭を歩くカラスの後についていくのだが、退屈だったのか、ギンが突然話し始めた。
「前に兄さんに頼まれてた案件なんすけど、ついでなんで報告いいすか?」
なんだかんだで、ギンにはいろんなことを依頼している。一番最近だと、コータロー商店の動向についてだ。調査依頼を出しすぎて、何の件のことを言っているのか分からない。
「どの件のことです?」
「俺とカレルを嵌めた男っすよ。探せって言ったっすよね?」
あ、詐欺師の件か。普通の開業詐欺だと思うのだが、この国で初めて見かけた本格的な詐欺師だったので、少し気になった。金を取り返すつもりは無い。話を聞きたいだけだ。
「ああ、そうでしたね。何か分かりました?」
「何も分からないということが分かったっす。足跡が見つかんないんすよ。本名はおろか、以前どこで活動していたかすら分かんないっす」
ギンは、申し訳なさそうに言う。どうやら、プロの詐欺師だったらしい。自分の情報を巧妙に隠していたようだ。
「本当に何も分からないんですね……。どんな人だったんですか?」
「見た目は普通の奴なんすよ。印象が薄くて、人相書きも上手く書けないっす」
プロの詐欺師は、絶対に本名を明かさない。偽名も複数使い分ける。名前から本人に辿り着くのは不可能に近い。
目撃証言から割り出すのが現実的だが、場合によっては顔を変えていることもある。この国に美容整形なんて技術は無いが、化粧だけでも顔の印象はかなり変わる。
しかし写真が無いので。誰かを探す時は似顔絵で対処するしか無い。それも、ギンの記憶を頼りに書き起こすのだ。そんな似顔絵で個人を特定するのは、その道のプロでないと難しい。
「なるほど。無理ならいいですよ。それほど期待していませんし」
「いえっ! 絶対に見つけるっすよ! 期待してください!」
ギンは意地になっているのか、力強く答えた。『期待していない』という俺の言葉に反応したらしい。意外とプライドが高いな。意地になったところで、捜索が難しいことは変わらない。期待せずに待っていよう。
ギンの叫び声を聞いたカラスが、こちらに振り向き、不機嫌そうに口を挟んだ。
「なあ、何の話だ?」
1人だけ蚊帳の外だったのが気に入らなかったようだ。
別に隠すようなことではない。それに、こいつも何か情報を持っているかもしれない。事の顛末を掻い摘んでカラスに教えた。
「へぇ。バリバリの詐欺師じゃねぇか。お前、そんな奴に騙されたの? 馬鹿じゃねぇの?」
話を聞き終えたカラスは、呆れた様子でギンに言った。
「マジで普通の奴だったんだよ! お前だって、会えば騙されるぞ!」
馬鹿にされたギンが、むきになって怒鳴る。
警戒が足りなかったのは間違いないが、それを責めても仕方がない。軽くフォローしてやるか。
「まあ、プロの詐欺師は見た目に気を使いますから。騙されても仕方がありません」
だってほら。俺が詐欺師だったなんて、誰にも疑われていないだろ? そんなもんなんだよ。名札でも付いていない限り、見た目で詐欺師だとバレるようなことは無い。
「くっくっくっ。俺は騙されねぇぜ。人を見抜く自信がある」
カラスは得意げに笑いながら言う。
それは自信過剰というものだろう。こういうやつに限って、高額な詐欺に引っ掛かるんだよ。だいたい、俺のことを疑っていない時点で、人を見る目は無いぞ。
「油断しないほうがいいですよ。見た目や上っ面の言動だけでは、人の本質は見えませんからね」
「カァ! 俺がどれだけの人間を相手にしたか、分かってねぇな。これだから素人は……」
カラスは意に介していない様子だ。これ以上の忠告は蛇足だな。
まあ、こいつが騙されようが俺には関係ない。あとは自己責任だ。せいぜい、プロの詐欺師に出くわさないように祈っていてくれ。
会話をしているうちに、目的地に到着した。本当にうちの店の近所だ。大きさは俺の店と同じくらい。庭が無い分、少し狭い。何かの店だったようで、看板の跡が見える。
値段の割にキレイな気がする。多少の経年劣化は見られるものの、改装の必要は感じない。まあ、前回がボロすぎただけだな。あと、この付近は地代が安いらしい。不人気な立地みたいだ。
「思ったよりも大きいですが、悪くないですね」
「だろ? ここはよォ、改装してすぐに潰れたんだ。改装費のために金を借りて、返せなくなったんだってよ」
カラスは、聞いてもいない情報をベラベラと喋った。口が軽いな……。
改めて建物を眺める。改装したにしては外装がボロい。この国では外装のボロさが好意的に受け止められる傾向にあるようだし、敢えて直さなかったのだろうか。まあ、修理が必要なほどボロいわけではない。いいだろう。
外見はここまでにして、内装を確認する。玄関を開けてまず目に飛び込んできたのは、とても小さな店舗。建物自体は大きいのに、店舗部分は畳8畳分くらいしか無い。
「妙に狭いですね……。ここは何の店だったんです?」
「仕立て屋だ。昔、近くに服屋があってよォ。そこに服を卸していたんだけど、その服屋が潰れたんで、一緒に潰れたんだ」
あ、たぶんうちの店舗の前の持ち主だわ。連鎖倒産か。よくある話だな。
ここは、注文を受けて服を作る店だったらしい。陳列の必要がないので、店舗は狭い。その分、作業部屋がかなり広い。うちの店の店舗部分と同じくらいのスペースがある。
ずいぶん使いにくい建物だな……。
工房と言えるような作りでもないし、店舗としては狭すぎる。とは言え改装したばかりなので、壊すのも惜しい。うーん……普通にワケあり物件だな。厄介払いの臭いがする。
金貸しの物件は、どれも若干おかしな要素を含んでいるのだろう。これくらいの問題なら、許容範囲だ。
作業部屋を確認すると、真新しい作業机が置かれたまま、埃を被っていた。大きなダイニングテーブルのような机だ。使われた形跡がほとんど無いまま、放置されている。壁紙や棚なども、ほぼ新品のようだ。余程唐突な廃業だったのだろう。
「うわっ! 埃が酷いっすね……。キレイなのに、もったいないっすわ」
ギンはテーブルの上に指を走らせ、灰色に汚れた指を見ながら呟いた。
「それなりに放置されてるからな。しょうがねぇよ」
この物件は、かなり長期的に売れ残っているらしい。俺の店の前任者も同時期に廃業したであろうと思うのだが、そっちはそれほど汚れていなかった。国の連中が掃除をしたのだろう。
金貸しは物件の管理が良くないみたいだ。管理していない建物はすぐに痛む。早く売れないと、どんどん傷んでいくぞ。
一階の間取りは、店舗、作業部屋、倉庫、事務所のような小部屋が1つ。その上で、キッチンやトイレも一階部分にある。この辺りは俺の店と同じだな。
倉庫の広さは作業部屋の約半分。うちの店の倉庫と同じくらいだ。この国の一般的な店と比べると少し狭い。
2階が住居になっていて、ここもかなり広い。4人家族が余裕で暮らせるくらいだ。埃は酷いが、改装した様子が伺える。
建物を一通り見たのだが、広すぎるな……。正直、手に余る。ここを使うのは俺だけなので、掃除やその他管理も俺の仕事。この広さを1人で使うのは、かなりしんどいかもしれない。
「もっと狭い物件は無いんですか?」
「無いことはないけど遠いぞ。ここが訓練場に一番近ぇんだ。この近くだと他の物件もでけぇよ」
参ったな……。値段は手頃だし、店からも近い。いい物件なのだが、いかんせん広すぎる。実験用の工房としては使えそうにない。
だからといって、この物件も捨てがたいんだよなあ。掃除のことは諦めて、決めてしまおうか……。
「兄さん、ここでいいんじゃないっすか?」
ギンが軽い調子で無責任に言う。
「高い買い物なんですから、そんなに簡単に決められませんよ」
「十分安いと思うっすよ?」
安い。確かに安い。でも、これだけの広さは求めていないんだよ。
いや、蒸留水の工房にすればいいんじゃないか? 最初は実験用として使って、工房主を見つけたら蒸留水の工房にしよう。
蒸留器は大量に必要なので、ここの広い作業場がそのまま使える。それでも無駄に広いのだが、他の部屋については後々考えればいい。
「分かりました。ここを買いましょう。手続きをお願いします」
「おっ! いいねぇ。話が早くて助かるぜ」
カラスが柏手を打って笑顔で言った。
ただ1つ、問題がある。この降り積もった埃をどうにかしなければならない。ルーシアとサニアは店から離れられないというのに、1人で掃除できる広さではない。よし。条件をつけよう。
「ただし。汚すぎるので、引き渡す前に掃除をしてください」
「うげっ……マジか……」
「くくく。いいじゃねぇか、掃除くらい。お前、公園で寝てばかりだろ?」
「まあ、そうなんだけどよォ……」
暇しているなら働け。顧客満足度を上げるのも、立派な仕事だぞ。あと、忘れてはいけない。もう1人暇人が居るんだよな。手伝わせなければ。
「1人では大変でしょうから、ギンも手伝ってあげてくださいね」
「うげっ! マジっすか……? まあ、いいっすけど……」
ギンは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情で、渋々頷いた。その姿を見たカラスも、不承不承に了承した。
思いの外すんなりと工房が手に入った。今後はここで実験をするのだが、ゆくゆくはエッセンシャルオイルや芳香蒸留水もここで作る。また俺のオリジナル商品だ。
工房主を探す必要があるのだが、カレルのような都合のいい人材、果たして見つかるのだろうか。急ぐ必要は無い。じっくり探そう。





