2号
今日は荷物を抱えて街を散策する。スキあらば商品の売り込みをしたいので、俺が作った商品を一通り持ち歩く。
カーボン紙とリバーシはもちろん、作りたてのエッセンシャルオイルもだ。
エッセンシャルオイルは無事抽出できたのだが、大きな誤算が1つ。蒸留器がダメになった。機能には問題ない。しかし、臭いがこびりついて落ちない。何度洗ってもラベンダーだった。
今後はラベンダー専用にするしか無い。普通の蒸留水が作れなくなった。仕方がないので、ついでに追加の蒸留器を注文した。今回は5台注文して、他のハーブでもエッセンシャルオイルを作る。
それはいいとして、作業する人員が足りない。本格的な人手不足だ。工房を任せられる、カレルみたいな人がほしい。
遠くから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「兄さーん……兄さーん! 兄さーん!!」
その声は、どんどん近くなる。姿は見えないが、それが誰かはすぐに分かった。
「ギン。こんな街中で、大声で呼ばないでくださいよ」
「あっ。すんません。お見かけしたんで、挨拶したかったんすよ」
「用はそれだけですか? 今日は忙しいので、ギンの相手はできませんよ」
「仕事っすか? 手伝うっすよ?」
暇なのか? 暇なんだろうな。暇そうだ。
せっかく暇なのだから、手伝わせようかな。ギンならちょうどいい物件を知っているだろう。
この国の金貸しは、借金のカタに土地を取り上げることをよくやっている。多少訳ありの物件にはなるが、手っ取り早く物件を手に入れたければ、ギンに聞くのが早い。
「この近くで、工房になりそうな小さな物件はありませんか?」
「そうっすね……俺は抱えてないんすけど、俺の仲間なら持っていると思うっす」
カレルの工房もギンの仲間が持っていた物件だ。ボロボロの廃屋みたいな物件だったが、とにかく安かった。ギンの口利きがあれば、今回も多少は安くなるだろう。
「そうですか。案内をお願いしてもいいです?」
「了解っす。この時間だと、たぶん公園で昼寝してるっすね。行きましょう」
ギンの仲間とやらも、暇しているらしい。いつ働いているんだろう……? 不思議だ。
ギンの案内で、公園に到着した。公園と言っても、遊具などが置いてあるような公園ではない。ちょっとした広場と、簡単な屋根付きベンチが置いてあるだけ。広場には、チャンバラごっこをしている子どもの姿が見られる。
そんな中、屋根付きベンチでは、1つのベンチを占領して1人の男が横になっている。こいつがギンの仲間なのだろう。この男は、俺の顔を見るなり、突然怒鳴った。
「なっ! テメェ! 何しに来やがったぁ!」
「あれ? どこかでお会いしましたっけ?」
「どこって……テメェに殴られた顎がよォ! まだ痛むんだよ! どうしてくれんだ!」
あ……ギンと一緒に行動していたチンピラ2号じゃないか。俺が陶器の器でぶん殴った金貸しだ。
「あなたでしたか。ご無沙汰しております。文句があるなら、直接店に来れば良かったじゃないですか」
「はぁ? ふざけんな! 怪我が治った頃にはよォ、テメェの店が無くなってたんだよ!」
ああ、店舗移転の時期に被ったのか。こいつは移転先を知らなかったらしい。
「ギン。言っていなかったんですか?」
「そうっすね。仲間って言っても、ダチじゃねぇんすよ。仕事のこと以外は喋んねっす」
ギンは、事も無げに言い放った。かなり希薄な関係らしい。
「おい、ギン! テメェ! 何仲よさげに喋ってんだ! こいつは敵だろ?」
「滅相もねぇよ。変なことは言わないでくれ。この人はなぁ、敵に回したくない人ナンバーワンなんだよ」
ずいぶん買ってくれているなあ。俺はそんなに偉そうな人間じゃないと思うんだけど。
「どういうこった?」
「ブーレイ商店の件、あれを解決したのはこの人だ。お前も絡んでいただろ?」
ブーレイ……? 例の潰れかけの店のことかな? 店名を覚えていないので、定かではない。だが、おそらく間違いないだろう。
「ああ……俺も援助していたな……。あれを回収した?」
「そうだ。それだけ頭の切れる人だよ」
ギンが必要以上に俺を持ち上げようとしている。不本意なので、口を挟もう。
「大したことはしていませんよ。あれはたまたまです」
これは謙遜ではないし、頭が切れるわけでもない。あの程度のアイディアなら、条件が揃えば誰にでも思い付く。俺の優れていた点を強いて上げるなら、誰よりも行動が早かったことかな。
「それだけじゃないぜ。なんと、あのムスタフの弟子だ」
「はぁっ? 弟子? お前、それを先に言えよ! 超ヤベぇ奴じゃん! よく生きてたな……俺たち……」
ヤベぇのは俺じゃない。ムスタフの方だ。俺は結構優しいと思うぞ。メリットが無ければ、不要な暴力を振るうようなことはしない。
「人を勝手に乱暴者扱いしないでください。わけも無く殴るようなことはしませんよ」
「いや、殴ったじゃねえか……初対面でいきなり……」
そうだっけ? そうだったかもしれないな。でも、あの時は仕方がなかった。手早く追い返すためには、強めに叩くしかなかった。
「あの時は、お互いに落ち度があったようですね。とりあえず、水に流しましょう」
「お互い……?」
チンピラ2号が不満げに小首を傾げた。おかしいなあ。どちらかと言うと、このチンピラどもに非があったと思うんだけど……。
「まあ、いいです。今日は仕事の相談をしに来ました。え……と、あなたは何とお呼びすれば?」
「俺は『カラス』と呼ばれている。小口専門の金貸しだ。20万クラン以下なら、いつでも貸すぜ」
こいつも偽名か。ギンも偽名だし、俺も偽名。ここに居る全員が偽名だな。不思議な集会だ。
カラスは、主に個人客を相手しているらしい。店などに関わることは少ないようだ。顧客と利益が少ないので、同業者の手伝いをして小銭を稼いでいる。
これは意外と賢いやり方かも知れない。金貸しとしてのノウハウを持っていて、フットワークが軽い。1人では辛いような仕事を受けた時、こういう奴が居れば助かるだろう。金貸し専門の派遣社員だ。需要はありそうだな。
「お金を借りることは無いと思いますが、よろしくお願いします」
「っ何だよ! 借りろよ! 最近商店が荒れてんだ。儲かってんなら、ちったあ貢献しろよ」
「カラス! 言葉に気を付けろ!」
「ハァン? 俺には関係ねぇよ。敵に回したら拙いってのは理解したけどよォ、気を使うかどうかは別だろォ?」
カラスは馴れ合うつもりがないらしい。これは逆に良かったかな。ギンのように懐かれたら、鬱陶しくてかなわない。ギン1人だけで十分だ。
「そうですよ。どんな態度を取られても、僕は気にしませんから。気楽に話してください」
「へっ! こいつもそう言ってんだ。そんなに目くじら立てて怒んなよ」
カラスがニヤリと口角を上げると、ギンは寂しそうな表情を浮かべた。
「兄さんがそう言うなら……まあ、勘弁してやるよ」
「そんなことより、物件です。小口専門なんですよね? そんなにたくさんの物件を抱えているんですか?」
小口の貸し付けでは、家や店舗を没収するようなことはできない。カラスが大量の物件を抱えているとは思えないのだが……。
「はっはぁ! オレはよォ、物件の仲介をやってんだ。この街の金貸しが持ってる物件、ほとんどを紹介できるぜぇ!」
カラスが得意げに言う。小銭稼ぎが上手いやつだな……。金貸しが物件を手に入れて、カラスが仲介して売る。そんな流れがあるらしい。ギンと一緒にうちの店に来ていたのは、そういう理由があったのか。
「頼りになりますね。では、訓練場の近くで、安くて小さな物件はありませんか?」
これが俺の条件。訓練場に近ければ、店舗にも近い。この条件だけは絶対に譲れない。下手に遠いと、結局使わない可能性がある。
「訓練場ねぇ……」
カラスはそう言って、鞄から一束の書類を取り出した。それを盗み見ると、物件情報がびっしりと書き込まれている。紙1枚あたり3件分、その紙が20枚以上束になっている。60件以上の物件を把握しているらしい。
カラスはしばらく紙とにらめっこしていたが、突然紙の束をバシッと叩いて話し始めた。
「なあ、兄ちゃんよォ。訓練場の近くという条件と、安くて小さいという条件。どっちを優先する?」
「訓練場ですね。これは譲れません。金額に関しては要相談、と言ったところですか」
「分かった。それならここだな……。ちょっとデカイぜ。訓練場の近くってよォ、小せえ建物が少ねぇんだよ」
カラスは、紙の束から1枚の紙を抜き出した。どうやら目星が付いたらしい。
「ちょっと待ってください。おいくらですか?」
「おいおい、それは見てから聞いた方がいいんじゃねぇか?」
カラスの言うことも一理あるか……。でも、高すぎたら買えないので、内見するだけの時間がもったいない。
「大丈夫です。先に教えてください」
「……そう言うなら、まあいい。200万クランだよ。ギンからの紹介っつーことで、180万クランにしてやってもいい」
いきなり1割も引いて、大丈夫なのか? かなりの暴利を乗せて仲介しているようだな。羨ましい。
今回も賃貸ではなく買い取りだ。金額は……予定よりもかなり高い。というか、無意識のうちにカレルの工房くらいの金額を期待していた。あれが異常に安かっただけだ。このくらいでも十分安い。
「いいですね。見てみたいので、案内していただけます?」
「おおよ。行こうか」
現場に向けて歩き出したのだが、当然のようにギンも付いてきた。暇なのか? ああ、暇なんだったな。俺が思っていたよりも、ずっと暇らしい。
3人で現場に向かう。金額以外は何も聞いていない。どんな物件を紹介されるか、ちょっと楽しみだな。





