ユニオン
店を明け渡すか、ルーシアを引き渡す……その約束の日が、刻一刻と迫っている。俺にできることは全てやったつもりだ。計画通り進んでいないことに、若干の焦りを感じている。
レヴァント商会への不満を募らせた見習いが、自主的に組合を結成してストライキを起こす。俺はそう踏んでいた。そのために労働組合の資料を渡したし、剣闘士を使って会頭を恨むように仕向けた。それなのに、見習いたちは何の行動も起こさなかった。もう俺が介入するしかない、という状況だ。
そんな中、今日はサリアと労働組合について話し合うことになっている。俺が介入する以上、俺の都合がいいように動いてもらうつもりだ。
本来であれば、会頭に労働条件の改善を訴え、交渉が決裂したら何らかの行動に移すという手順が踏まれる。しかし、そんな悠長なことはさせられない。見習いたちの不満は十分に溜まっているから、交渉を飛ばして行動に移してもらう。
具体的な案なのだが……実は2通り準備している。1つは穏便かつ大ダメージを与える案、もう1つは過激で致命的なダメージを与える案だ。前者はリーダーがヒーロー的な扱いを受けるのに対し、後者はリーダーが激しく批判されることが予想される。
俺がやりたいのは、もちろん後者の方。でも、サリアは望んでリーダーになったわけではないから、激しく批判されるのは可哀想だとも思う。悩むところだが、今日の打ち合わせで本人に選ばせる。
今日の打ち合わせは、レヴァント商会の裏でコッソリと行う。サリアは店を休むことができないし、仕事が終わるのも遅い。そのため、短い休憩時間を利用するしかなかった。
「お忙しいところ、時間をいただいてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」
サリアは小声で言うと、丁寧にお辞儀をした。
今日はメイを連れてきてない。俺1人で十分だし、人が増えると目立ってしまう。今も誰かに見られるんじゃないかと、戦々恐々としながら話をしている。
「サリアさんがリーダーになったということでいいんですよね?」
サリアをリーダーに、これは俺が勝手に決めたことだ。他の見習いたちが納得していないと、これは成立しない。
「訳を話したら、納得していただけました。……全員とは言えないですけど……」
やはり、任期を定めたのが功を奏したようだ。
今回の交渉は辞めるための交渉ではなく、店に居続けるための交渉だ。それなのに、リーダーは店を辞めなければならなくなる。組合に加入する人は辞めたくないだろうから、俺はリーダーを辞退する人が多いと考えた。
「何人くらいが組合に加入したんですか?」
「3分の2くらいでしょうか……。別で団体を立ち上げた人も居ます」
協調性のない奴が居るなあ。困るけど、もともと全員が加入するとは思っていなかった。多数派になることができれば、それで十分だ。
「分かりました。それでは、今後の動きについて確認しましょう」
別団体の存在が気になるところだが、そんな少数派のことまでは構っていられない。どうせ、大した影響は無いだろう。それよりも、サリアにやらせることの方が重要だ。
「それで、私は何をしたらいいんですか?」
「プランは2つあります。両方の説明を聞いて、好きな方を選んでください」
俺の目的と労働組合の目的は違う。俺の目的はチェスターを引きずり落とすことで、労働組合は労働環境の改善を目的としている。俺はレヴァント商会が潰れてもいいと考えているが、サリアたちはそうではない。その違いには注意しなければならない。
下手なことを指示したら、サリアは従ってくれないだろう。そのため、起こり得る結果については話さない。何をするか、ということだけを説明する。
「分かりました」
「では、まず1つ目のプランです。全員で仕事を拒否してください。ストライキという手段です」
本来なら、先に交渉があるべきだ。しかし、そんな悠長なことをされると俺の都合が悪い。サクッとストライキを起こして、さっさと要求を押し通してほしい。
それに、チェスターとはまともな交渉ができるとは思えない。あいつは自分が圧倒的優位だと考えているはずだから、交渉する時間は確実に無駄になる。
「え……? そんなことをして、大丈夫なんですか?」
「はい。見習いが居ないと店が回らないことは、僕も理解しています。だからこそ、交渉の武器になるんですよ。チェスターさんは譲歩せざるを得ません」
組合の言うことを聞かないと、店を開けることができない。それがストライキの一番の強みだ。組合の話を無視し続ければ、いずれ店が潰れる。
「なるほど……」
「まずは対話を求めてください。そして、可能なら経営陣全員の退陣を要求します」
「会頭様がそのような要求を聞き入れるとは思えませんけど……」
「経営陣が退陣を決めるまで、ストライキを継続してください。そうすれば、聞き入れざるを得ない状況になると思いますよ」
要求を受け入れた場合、チェスターは会頭ではなくなる。受け入れなかった場合、店が潰れてチェスターは会頭ではなくなる。どちらに転んでも、俺の望んだ結果になる。
困るのは、労働組合が先に折れた場合だ。……これは警告しておくべきかな。
「ただし、注意しておきたいことがあります。ストライキにはコストが掛かり、個人が負担する事になります。ですから、長期戦に持ち込まれたら厳しいです。組合の要求が何も通らないまま、ストライキが中断されるかもしれません」
そうなると、何も変わらない。ウォルター商店への攻撃も継続されるだろう。このプランには、そういったリスクがある。
「そうなんですね……」
「1つ目のプランは以上です。レヴァント商会の改革案は、皆さんで相談して決めてくださいね」
次の会頭は誰になるのか、レヴァント商会はどう変わるのか。そういったことは俺の関与するところではない。レヴァント商会の中で決めることだ。
しかし、ヌルい。とてもヌルい。この程度のストライキでは、レヴァント商会は痛くも痒くも……いや、多少は痛いかな。とは言え、店を潰すほどのダメージは与えられない。
このプランを採用した場合、最善の結果が出たとしてもチェスターのクビが飛ぶだけだ。裏にいるコータローには、何のダメージも入らないだろう。となると、コータローを追い打ちするプランが必要になる。
できれば後者のプランを採用してほしいなあ……。
「それで、もう1つの案というのは?」
サリアが遠慮深く聞く。
「少々過激なプランになります。強制力はさっきの比じゃないですよ。短期決戦を望むなら、この案をお勧めします」
「と、言いますと?」
「まずは、在庫の健康食品を全て燃やします」
この案は、暴動を伴う大規模ストライキだ。普通なら、長期間ストライキが続いた末、暴動に発展するものだ。しかし、そんなことは関係ない。最初に暴動を起こしてから交渉を開始する。
かなり攻撃的なプランだが、これなら長期戦になりようがない。チェスターは大慌てで解決に乗り出すだろう。
「え? 燃やす? そんな……」
サリアは驚いて言葉を失った。
「このままでは仕事ができないという、強いアピールになるんです。全部燃やしてください」
世界では、過去に何度かこのような暴動が発生している。中には工場や本社ビルを破壊したという過激な例もある。
「本当にいいんですか……?」
「それだけじゃないですよ。次は工場を破壊して、最後には店舗も壊します。その過程で、会頭は絶対に頭を下げることになるでしょう」
「え……店が潰れますよ……」
サリアは不安げに言う。
労働組合の本気をアピールするんだ。チェスターの判断が遅れれば遅れるほど、店は壊されていく。チェスターが退陣を拒否すれば、レヴァント商会は潰れるだろう……物理的にもね。
「それだけの覚悟を持って挑むんです。会頭さんとは僕も面識がありますけど、まともに交渉できる相手だとは思えなかったんですよね。こちらの要求を通すなら、それなりに無茶をするべきだと思ったんです」
「なるほど……。なんとなく、私もそんな気がします」
サリアは複雑な表情を浮かべて頷いた。サリアは潰したくないだろうが、俺は積極的に潰したいとすら思っている。自主的に後者を選んでくれれば、助かるんだけどなあ……。
「ざっとしたプランは以上です。サリアさんは、どちらのプランを選びますか?」
「……今はお答えできません。一度持ち帰って、他のメンバーと相談します」
いやいや、この期に及んで何を相談しようというのか。もう時間がないんだよ。すぐに決断して、すぐに行動を開始してほしい。
「それはよくないですね。会頭さんが交渉に応じるのは、あと2週間くらいだと思ってください。今の騒動が収束したら、絶対に応じてもらえなくなりますよ」
そうとも言い切れないんだけど、2週間以内に行動してくれないと俺が困るんだ。
「そうですかね……」
「はい。レヴァント商会は危機的状況にあります。会頭さんも相当焦っているでしょう。だからこそ、交渉の余地があるんです。会頭さんが冷静さを取り戻したら、何をしても無駄ですよ」
我ながら、もっともらしい言い訳だ。『もしかしたらそうかも……』と思わせるだけの説得力があると思う。
「確かにそうかもしれませんね……。分かりました。すぐに集まれるメンバーだけで考えて、すぐに決めます」
結局持ち帰ることには変わらないのか……。即決してくれることを期待したのだが、これ以上の説得は無駄だな。人を動かすというのは本当に難しいわ。
「僕の提案は以上です。健闘を祈ります」
「助言、ありがとうございました」
サリアは丁寧に頭を下げると、店の中に帰っていった。
労働組合がどちらのプランを選択するか……。場合によっては俺の計画を変更する必要があるのに、組合が行動を開始するまでは俺も動けない。まいったなあ……。サリアが早く動いてくれることを、願うしかないか。





