崩壊
残り1週間……チェスターに店を明け渡す期限が迫っている。明け渡しの準備は何もできていない。そろそろ本気で拙い。労働組合は無事に結成できたものの、行動開始が遅れているのだ。
サリアに任せたのが良くなかったのだろうか……。いっそのこと、俺がリーダーをやればよかったかもしれない。
行動開始を労働組合に委ねてしまったので、俺にはもう何もできない。この状況を変えるために、トリスタンを頼ろうと思う。
だが、そのためにはコンシーリオに行く必要がある。コンシーリオまでの移動時間を考えると、今日がタイムリミットだ。今日の昼過ぎには出発しないと間に合わない。
朝一番から事務所と自室を行き来して旅の準備をしていると、休憩室でルーシアが怪訝そうに話し掛けてきた。
「あれ? ツカサさん、お出掛けですか?」
「ちょっとコンシーリオまで。トリスタンさんに会ってきます」
本当は行きたくないし、手も借りたくない。だが、約束の日を迎えてしまったら手遅れだ。
「そうですか……でも、もし私のためでしたら、無理をしないでくださいね……」
ルーシアは不安げに言う。……そう言えば、俺はルーシアのためだとは思っていないな。単純に、チェスターのことが気に入らないという理由の方が大きいような気がする。どうしてこんなにイラつくのか、それれは分からないが、とにかく嫌いだ。
「大丈夫です。これは僕の意思ですよ」
「でも……私がチェスターさんの店に行けば、全てが解決しますよね……?」
まったくもってその通りなのだが、それは絶対に許さない。
万が一チェスターが強硬手段に出るようであれば、俺は持てる人脈を総動員して、レヴァント商会を物理的に潰す。俺の周りには野蛮な剣闘士がいっぱいいるんだよ。建物が石でできていようが、1日で更地にする自信があるぞ。
「変な気は起こさないでください。そうならないために、手を尽くしてきたんです。ルーシアさんが折れたら、全てが無駄になります」
「……そうですね。ごめんなさい……」
しばらく沈黙が流れる。気まずい空気の中、店と休憩室を繋ぐ扉が勢いよく開き、メイが飛び込んできた。そして、メイは深刻そうな顔で大声を上げる。
「ツカサさん! 大変です!」
「どうしました?」
この忙しい時に、何が起きたんだよ。
「レヴァント商会が……燃えています!」
「なるほど。行動が開始されたんですね。行きましょう」
自然と笑みが溢れる。俺が提案したのは、健康食品を燃やすこと。燃えているのなら、そういうことだろう。ギリギリだったが、どうにか間に合ったようだ。せっかく旅の準備をしていたのだが、これはもう必要無いな。
これから行く場所は、口元を緩ませて行くようなところじゃないな……。
頰を両手ではたき、気を引き締めた。気持ちを切り替えて、レヴァント商会の様子を見物しに行く。
さっそくレヴァント商会に移動したのだが……その光景に愕然とした。レヴァント商会の窓から煙が出ているのが見えたのだ。どうやら、店の中で商品に火をつけたアホが居るらしい。
健康食品を燃やせとは言ったけど、店の中で燃やせと言った覚えは無いぞ。俺よりも過激な奴が居るな……。
さらに、バキバキとなにかを壊す音も聞こえてきた。俺は上と交渉するために『壊せ』と言ったのだが、労働組合は壊すのが目的になっているように思える。物凄く過激だな……。
「ツカサさん! ちょうどいいところに!」
サリアが俺を見つけ、大慌てで駆け寄ってきた。
「何があったんです?」
「彼らを止めてください!」
サリアは俺の腕を掴み、強い力で引っ張った。かなり焦っているように見える。
止めるも何も……労働組合がやっていることだろ?
この暴動は、俺が提案した案の1つだった。しかし、ここまでやれとは言っていない。まずは健康食品を燃やすだけで、建物を破壊するのは次段階だったはずだ。この惨劇の責任は、俺以上に過激な方法を選択した組合側にある。
「その前に、何があったか説明してください」
サリアの手をほどき、冷静な態度で言う。すると、サリアも少し落ち着きを取り戻したようで、うつむきながら話し始めた。
「ツカサさんにいただいた案なんですけど、意見が2つに割れまして……」
サリアは、そう言って困惑したような表情を浮かべた。
「と言いますと?」
「私たちは穏便に済ませようとしたんですけど、一部の人が『そんな手緩いことはできない』と言って……。組合が分裂したんです」
サリアは穏便な方法を選びたかったけど、それでは話がまとまらなかったわけだ。となると、今暴れているのはサリアの労働組合とは別の組織ということか。
サリアは切迫した状況でも合理的な判断が下せるようだ。打ち合わせをした時、俺は過激な手段を取るように誘導した。それなのに、俺の言葉に惑わされなかったんだな。見習いにしては、かなり判断力があると思う。
こんな人材を見習いのまま飼い殺すなんて、レヴァント商会の上層部は見る目がないなあ……。
「なるほど。では、この暴動はサリアさんたちの総意ではないんですね」
「当たり前です! こんなことをしたら、お店が無くなっちゃうじゃないですか!」
俺はまさに、それを狙っていたんだけどな。ここまでやるとは思わなかったけど、俺としては都合がいい。
怪我人や逃げ遅れた人が居るわけでもないようだから、このまま放置した方がいいんじゃないかな。
「そうですね。でも、彼らを下手に刺激すると、こちらが怪我をしてしまいますよ」
暴徒は何をするか分からないので、あまり近付きたくない。それに、助言をしたと言っても俺は部外者だ。俺が手を出すべきではない。
「でも! 早く火を消さないと!」
そうこうしている間にも、火は強さを増している。すでに簡単に鎮火できるような規模ではない。燃え尽きて自然に消えるのを待った方がいいくらいだ。
建物は石造りで、燃えているのは内側だ。火の粉にさえ気をつければ、隣に飛び火するようなこともないだろう。
「この建物はもう無理です。諦めてください。それよりも、隣に引火しないかの方を気遣ってください」
隣は全く関係ない店だ。同じく石造りだから簡単には燃えないだろうが、そっちまで燃えるとさすがに厄介。火災保険とか、この国にはあるのかな……? 聞いたことはないけど。
「それはそうなんですけど……」
「この建物はもうすぐ崩れるでしょうから、離れた方がいいですね」
石造りと言っても、屋根や内装は木でできている。木が燃えてバランスを崩したら、この建物はただの瓦礫になるだろう。
「暴れている人は止めないんですか……?」
「僕の仕事ではありませんよ。警察を呼びましょう」
「……分かりました。もうレヴァント商会は終わりですかね……」
サリアは、目に涙を浮かべて呟いた。
この件は、議会で問題になる予定だ。そして、今の議長を引き摺り落とすための材料に使われる。そこまでの筋書きが、すでに決まっている。チェスターはこれで終わりだ。同時に、これだけの騒ぎになった原因である、コータローも終わりだ。
その過程で、レヴァント商会も潰されると思う。ただ、トリスタンがどう扱うか、だな。トリスタンの胸先三寸で、レヴァント商会の処遇が決まるはず。トリスタンの気分が良ければ、会頭をすげ替えるだけで存続するだろう。
「運が良ければ、まだ存続するでしょう。でも、僕には何とも言いにくいですね……」
「そうですか……そうですよね……」
サリアは、俺の返答を心ここにあらずな様子で聞いている。少しくらいは希望を持たせるべきだったかなあ……。
今の状況からは、無責任なことは言えない。ちょっと探りを入れてみよう。
「ところで、他の街もこんな調子なんですか?」
「いえ……我々から離反したのは、半分くらいですね。私に従ってくれた見習いは、ここまで酷いことをしていないはずです」
半分は無事か……。破壊された店も修復できるかもしれないから、実際はもう少し多いだろう。レヴァント商会の支店はほぼ全ての街にあるらしいから、店舗数で言えばかなりのものだ。半分でも生き残っていれば、商会としての体裁は整う。
レヴァント商会の要は流通経路だから、トリスタンとしても積極的に潰したいわけじゃないはずだ。低コストで再建できるなら、商会を残す可能性は十分ある。
「希望を持ってもいいと思います。この支店は潰れても、商会は生き残る可能性が高いです」
「本当ですか……?」
「会頭が変わるのは間違いないでしょうが、店はそのまま……でも、断言はできませんけどね」
「……ありがとうございます。少し救われた気がします」
「でも、サリアさんが気に病むことじゃないでしょう。騒動が収まったら、この店を去るんですから」
「そんなことはないです。私のせいで見習いたちが路頭に迷うなんて……心苦しくて……」
サリアは、そう言ってまた目に涙を浮かべた。サリアの言う通り、もしレヴァント商会が潰れたら、見習いたちは厳しい状況に陥るだろう。
この国では、潰れた店の元従業員の再就職は厳しいという。縁起が悪いからだ。ましてや、レヴァント商会の評判は地の底以下に落ちている。まともなルートでの再就職は、ほぼ不可能だろう。
でも、今回は心配ないと思う。トリスタンが何の対処もしないとは考えられない。貧困層の増加は、国にとっては百害あって一利なしだ。
「大丈夫。議員さんがどうにかしますよ」
もし何の手立ても講じなければ、この暴動の矛先が議会に向かうだけだ。さらに大きな問題になって、国が傾く恐れすらある。だから、トリスタンがこの問題を放置するとは考えにくい。
「本当ですか……?」
「まあ、これも断言はできませんけどね。まあ、後は警察に任せて、安全なところに避難しましょう」
レヴァント商会は終わった。後始末はトリスタンに任せる。なにはともあれ、チェスターを潰すという目的は達成したわけだ。今日はチェスターの顔が見られなかったのが残念だな……。





