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第一報

 諸々の下準備が終わった。あとは広告を出すだけなのだが、これをやってしまったら、もう後には引けない。導火線に火を点けるようなものだ。

 そして、今日がその導火線に火を点ける日だ。トリスタンからは、配布の方法を聞いている。街角と銀行、あとは国の施設全てで配布するとのことだ。


 ちなみに、コータロー派の議員はこの広告の存在を知らない。配られた広告を見て、初めて知るだろう。そうなったら、すぐに配布を止められるという話だ。この広告が配られるのは今日だけになりそうだ。


 朝から街に出て、配られた広告を実際に受け取ってみた。そこには、レヴァント商会の問題点が事細かに書かれている。俺が書いたままの内容だ。広告の名義人は俺とトリスタンの連名になっている。現職議員の署名付きなので、それなりに説得力があると思う。


 ここで、街の声に耳を傾けた。


「これ……本当なのか?」


「分からん。でも、国が配っているんだ。従った方がいいかもしれない」


「いや、この売り方は国が認めたものだろう。いまさらこんな形で覆すのはおかしい」


 く……それを言われると苦しいなあ。それも事実だから。


「いや、ちょっと待て。剣闘士が騒いでいるみたいだ。レヴァント商会に押し掛けているぞ」


「はあ? なんで?」


「この広告だよ。剣闘士は、この広告を信じたらしい」


 剣闘士は、俺の意図した通りに行動してくれたようだ。全員ではないだろうが、それでも助かる。


「……あの守銭奴集団がか?」


 おや? 守銭奴はドミニクだけじゃないのか。街の人の素直な評価が聞けるのは面白いな。


「そういうことだな。この広告、マジっぽいぞ」


「おれはもう少し様子を見るよ。情報に踊らされているだけかもしれん」


 街の人の反応はまちまちだ。出処を怪しむ声は少ないが、内容を信じない人は多いらしい。まあ、これも計算のうちだ。計画を立てた段階で、効果を過小評価していた。計画通り、小さな影響に留まったに過ぎない。



 落胆してなんていられない。次はレヴァント商会の様子を見に行く。


「解約だ! 今すぐに!」


 店に到着するやいなや、屈強な男が店で騒いでいた。その男の周りには、数人の剣闘士がいる。何人かは顔見知りだ。下手に声を掛けられたら面倒だから、物陰に隠れて様子を窺う。

 屈強な男たちに対処しているのは、メイと話をしていた若い女性だ。面倒事を押し付けられたのだろう。


「ちょっと待ってください。いきなり言われましても……」


「ふざけるな! 俺たちは騙されていたんだ! すぐに解約しろ!」


 このような事態に対処するのは、店長であるべきだと思う。こんなときに裏に引っ込んで出てこないようなやつは、責任者失格だ。俺なら即日解雇する。


 しかし、レヴァント商会では責任者が責任を取らないのが当たり前なのだろう。都合が悪いことは全て下っ端に押し付ける……メイに聞いていた通りだ。マジで潰れてしまえよ。


「ごめんなさい! 解約は受け付けますから、順に並んでください!」


 若い女性は、必死で事態を収拾しようとしている。大変な仕事だなあ。


 のんきに眺めていると、店の奥から店長が飛び出してきて、大声で怒鳴った。


「待て! サリア! こっちに来い!」


 メイの友人、サリアって名前なのか。まあ、覚えなくてもいいな。

 サリアは店長に腕を掴まれて店の奥に連れて行かれた。少し気になるので、後をつけてみる。


「おい、解約を受け付けるなよ。全員追い返せ」


 店長は、サリアを店の隅まで引っ張っていき、小声で凄む。


「……無理です。このまま追い返したら、暴動が起きます」


「それをどうにかするのがお前の仕事だろう。いいから追い返せ。それができないなら、連帯責任で見習い全員クビだ」


 うん、無茶が過ぎる。そんなに言うんだったら、自分でやればいいだろうに。


「クビでもっ……分かりました。行ってきます」


 サリアは何かを言いかけて、不承不承に頷いた。そして、騒動の中心へと戻っていく。


 剣闘士たちの前に立ったサリアは、堂々とした態度で大声を張り上げた。


「みなさん! 全員解約しますので、契約書を出してください!」


 いきなりの命令違反だ。最初から命令を聞く気が無かったのだと思われる。さっき言いかけた言葉は、きっとこうだ。


『クビでもいいから、解約させてください』


 口に出したら確実に揉めるから、あの場では言葉を飲み込んだのだろう。


「他にも解約したい方が居たら、すぐに連れてきてください。受け付けができるのは今日だけになるかもしれません。急いでください!」


 サリアは、この場にいる全員に向かって宣言した。クビになることを覚悟をしているのだと思う。明日にはこの店に居ないかもしれないから、このようなことを言っているのだろう。


 しかし、あの店長は絶対に解雇しない。これは断言できる。なぜなら、店を回しているのは見習いだからだ。見習い全員のクビを切ってしまったら、明日から店が回らなくなる。


 サリア1人だけを解雇する可能性はゼロではないが、この可能性も低いと思う。批判の矢面に立たせる生贄(スケープゴート)が必要だからだ。解約関係の責任を押し付ける相手として、この女性ほどふさわしい人は居ない。

 レヴァント商会でのし上がるような人間なら、それくらいの計算をして動くはずだ。無能ではないからね。



 レヴァント商会の状況は分かった。俺が考えていたよりも大きな騒ぎになっているものの、全体で見たら数%の解約が発生した程度だ。大ダメージとは程遠い。だが、この数%が大きい。解約するという前例が大事なんだ。


 レヴァント商会の調査はこれくらいでいいだろう。今日はまだやることが残っている。

 ヘクターの転売ルートの使用期限は、2枚目の広告が出回るまでだ。次の広告では大きな騒ぎに()()予定なので、今のうちにブルーノたちの不良在庫を片付けておく必要がある。


 さらに言うと、ヘクターは外回りをしているので、今のレヴァント商会の状況を知らないはずだ。今なら交渉を有利に進められる。



 ブルーノの店に商品が納品されていることを確認して、服を着替えた。今日はライラが忙しいので、俺の単独行動だ。

 ヘクターを探してしばらく街を歩き回り、ようやく見つけた。息を整えて声を掛ける。


「ヘクターさん、こんにちは。今日もお忙しいようですね」


「あ、ボイヤス商会の……。そうなんです。今日はちょっと大変で……。訳の分からない中傷を受けて、迷惑していますよ」


 ヘクターは、うんざりした様子で言う。広告の存在は確認したようだが、まるで他人事だ。これは対岸の火事じゃないよ? 分かってる?

 まあ、理解していないなら好都合だ。危機感が無いうちに次の商談を成立させたい。


「それで、次の納品について相談したいのですが、お時間をいただけませんか?」


 俺がそう切り出すと、ヘクターはバツの悪い表情を浮かべて答える。


「それなんですけど、もう少し安くなりませんか? あの金額ではさすがに厳しいのです」


 ライラを連れてくるべきだったかな……。でも、今回は多少値引きしても大丈夫。スイレンの在庫は仕入れ価格が500クランだからね。


「それでは、2500クランでいかがでしょうか」


「まだ高いですね……。2000クランでお願いします」


 結構ガッツリ下げたと思ったんだけど、まだ足りないのか。だが、もう少し強気で行っても大丈夫だろう。


「それだと、私の儲けが無くなってしまいます。せめて2300クランでお願いできませんか?」


「……分かりました。いいでしょう」


 ヘクターと握手を交わして、商談が成立した。利益は減ったが、まだ許容範囲内だ。大幅な利益が確保できている。

 しかし、危機感がない状態でこれだけの値引きだ。次はもっと大きな値引きを要求されるだろう。この転売ルートはもうダメだな……。残念だが、不良在庫処分メソッドは今回で終了にしよう。


 この取引は売掛金になっているため、支払いはまだ受けていない。本当に支払われるか、若干の心配はある。まあ、どうにかして回収するけどね。



 最後に、服を着替えてスイレンのところに向かう。もう夕方だが、今日中に行っておきたい。


「遅くにすみません。経過を報告に来ました」


「いえいえ、歓迎しますよ。どうでした? 売れました?」


 スイレンは、笑顔で迎えてくれた。


「今回の分はどうにか。でも、もう無理そうです。これ以上仕入れないようにしてください」


 転売ルートを失ったので、先に報告しておく。俺を当てにして仕入れられても、もう売ることはできないぞ。


「そうですか……。残念ですが、諦めます。でも、そんな気はしていましたよ。あの広告があるからでしょう?」


 スイレンは、そう言って含みのある笑みを浮かべた。スイレンも広告に目を通したようだ。


「そうです。これから解約希望者が増えると予想されますので、今以上に商品が余ります。もう値段が付かなくなるでしょう」


「でしょうね。相変わらず、なかなか面白いことを考えますね」


 スイレンは愉快そうに言う。


「ありがとうございます。でも、ご迷惑になりませんでした?」


 これは少し気になっていた。この広告のせいで健康食品が売れなくなったんだ。スイレンにも、多少は不利益が発生しているだろう。


「ははは。まったく問題ありませんよ。それよりも、我々も広告を配れませんかね?」


「え? もちろん受け付けますけど、何がしたいんです?」


「あの商法は、我々の被害も少なくなかったのです。その被害をまとめた資料を配ったら、面白いことになると思いません?」


 スイレンは嫌らしく口元を歪めた。つられて俺の口元も緩む。


「……面白いですね。原稿をいただければ、あとは僕がやりましょう」


「ふふふ……承知しました。どのように書けばいいですかな?」


 スイレンに原稿の書き方を指導して、出来上がった原稿を受け取った。これには、借金をしたのに利益を出せず、破産していった人の具体的な例が書かれている。急な話だが、2枚目の広告とともに配布しようと思う。大きな効果が期待できそうだ。

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