第二報
1枚目の広告が配られてから7日が経過した。初日はそれなりに騒ぎになったのだが、7日も経てば完全に沈静化している。多くの人は広告の存在すらも忘れかけているんじゃないだろうか。人の噂なんてそんなものだ。
こうなることも予想していた。たった1つの話題ではすぐに飽きられる。似たような内容を複数回配布しても無駄だ。別の切り口から攻めなければ、やはりすぐに飽きられる。時間差で話題を作り、騒動を延命かつ拡大していく必要がある。
そして今日。2枚目と3枚目の広告を配布する。1つは、レヴァント商会の内情を告発する文書。もう1つは、破産した人の実情を書き記した文書。どちらもただのゴシップだが、レヴァント商会にとっては致命傷になり得ると考えている。
今回の広告は名義人不明の怪文書であるため、前回と同じ方法で配布することはできない。昼までに、高い屋根の上からばら撒く予定だ。
俺はレヴァント商会に潜入して、配布されるときを待とうかと思う。たぶん解約希望者が殺到するだろうから、自分の目で見ておきたい。
レヴァント商会の中に入ったものの、俺の他に客がいない……。騒動は収まったが、客足も遠のいたようだ。逆に困る。客は俺しか居ないから、目立つことこの上ないぞ。陳列棚の影に隠れて息を潜めたけど、早く帰った方がいいかもしれないな。
「どうして私たちが責められるんですか!」
突然、若い女性の怒鳴り声が店内に響く。おそらくサリアの声だ。
「私は知らない! 剣闘士たちが勝手に喚いているだけだ! 君たちは、黙って上の指示に従えばいいんだよ!」
次は偉そうな男性の声。こっちはチェスターだな。この街に滞在しているらしい。
しかし、なんて面白いタイミングでこの街に来たんだ……。広告が撒かれるのは今日だぞ。チェスターの、慌てふためく様子が見られるんじゃないかな。
「無理です! この状況で、私たちに何ができると言うんですか!」
「私は常日頃から、『不可能を可能にしろ』と言っている! それができないのなら、この店にはいらない!」
具体的な指示ができないのなら、不可能は不可能なままだと思うぞ。そもそも、この騒動の責任はチェスターにある。終息させるのはチェスターの役割だろうが。
と、会話に聞き耳を立てていると、不意に俺の背後から声を掛けられた。
「いらっしゃいませ」
レヴァント商会の見習いだ。
「あ、お構いなく……」
そう答えたのだが、俺の声はチェスターにも聞こえたようで……。
「君は! どうしてこんなところに!」
しまった。上手く隠れたつもりだったんだけど、思いっきりバレた。
「いえ……買い物をしに来ただけですよ」
適当に答える。以前、俺はチェスターに「改めて会いに行く」と伝えた。だから、俺がここに居るのは不自然ではない……こともないか。この状況、どう考えても偵察だわ。
「ふざけたことをしてくれたね」
チェスターは、不機嫌そうな様子で言う。
「何がですか?」
「あの広告だよ。いったいどういうつもりだ?」
チェスターが言っているのは、1枚目の広告のことだ。その広告には俺の名前が記されている。怒るのも無理はないかな。
「事実を書いただけですけど、何か?」
「ふざけるな! 私を愚弄するつもりか!」
そんなに声を荒らげなくても、怒っているということは理解しているよ。だって、怒らせるようなことをしているんだから。
でも、これは俺だけの責任ではない。むしろ主犯はトリスタンだ。
「さあ? 僕は議員のトリスタンさんに依頼されただけですからねえ」
「くそっ! あのエセ議員か!」
チェスターは、吐き捨てるように言った。どうやらトリスタンと面識があるようだ。それも、あまり仲良くないみたいだな……。
なにはともあれ、バレてしまった以上、ここに留まる理由は無い。嫌味を言って帰ろう。
「どうしてそんなに慌てているんです? あの広告がデタラメだというのなら、どっしりと構えていればいいじゃないですか」
「……そうだな。君の店は、どうせあと1カ月で無くなるんだ。君も、せいぜい悪あがきをすればいいさ」
チェスターは、勝ち誇ったような表情を浮かべて言う。もう勝った気でいるらしい。
まあ、チェスターの陣営には国がついているからなあ。普通なら尻尾を巻いて逃げる相手だ。でも俺は戦うことを選択したから、存分にやらせてもらうよ。本番はこれからだ。
「そうですね。悪あがきをさせていただきます。お忙しいようですので、僕は帰りますね」
騒ぎが起こる様子をリアルタイムで見られないのは残念だが、もう諦めた。喚き散らすチェスターを無視して店の外に出る。
特にやることが無くなったので、広告がばら撒かれるまで現場で待つことにした。広告は各街の数カ所から撒かれるらしく、俺はその中の1つである商業組合の建物の前に陣取った。
しばらくすると、あたりに激しい鐘の音が鳴り響く。同時に、大量の紙が空から降ってきた。配布が始まったらしい。
街が散らかって酷いことになるが、それは仕方がないと割り切る。この手法は昔から使われているものだ。過去には飛行船や気球の上からビラを撒いた事例もあるから、それよりはマシだ。
「レヴァント商会って、こんな店だったんだ……」
近くに居た30代くらいの女性から、小さな声が聞こえた。ド派手な演出に、さっそく効果が表れたようだ。
街を歩く人たちは、紙を拾い上げて困惑している。街の声を聞いてみよう。
「おれ、見習いになろうと思ったこともあるんだ……。行かなくて良かったよ」
「そんなことより、うちの姪が見習いなの。どうしたらいいの?」
「おれに言われても知らないよ。辞めさせるしか無いだろ」
俺の狙い通り、レヴァント商会の評判はガタ落ちだ。2枚目の広告は、解約を促す内容ではない。レヴァント商会にヘイトを集めるためだけの広告だ。
そこで役に立っているのが、スイレンが書いた3枚目の広告である。これには契約した後に起きる問題が書かれているので、解約希望者の背中を押すことになるだろう。ただし、スイレンの広告は急だったので、印刷できた枚数が少ない。あまり読まれないかもしれないなあ……。
「こんなことなら、会員なんかになるんじゃなかった……」
「はあ? まだ会員だったの? 馬鹿だなあ。早く解約しろよ」
「だって、姪に頼まれたから……」
こうやって身内を巻き込んだ見習いは少なくないだろうなあ。こういった契約のノルマが課せられた場合、まず最初に頼み込むのは身内だ。
ひとしきり話を聞いたのだが、スイレンの広告を読んだ感想は、聞けなかった。やはり印刷数が少なすぎたかもしれないなあ……。
まあ、時間差で噂になるかもしれないから、今はこれで納得する。スイレンが書いた広告は、かなり衝撃的な内容だ。読んだ人は誰かに話すと思う。
街の声は十分拾えた。一度店に帰ろう。
店に帰ると、トリスタンが来店していた。カフェスペースの椅子に座り、優雅にお茶をすすっている。
「お疲れさまです。お邪魔していますよ」
トリスタンは、俺の顔を見るなり話し掛けてきた。
「あれ? どうしたんですか?」
「広告の配布が終わったので、途中経過を報告しに来たんです」
トリスタンには感謝している。俺1人の力では、他の街に広告を配ることはできなかった。トリスタンの協力があってのことだ。配布方法にも文句はない。最大の効果が出る配り方ができたと思う。
でも、トリスタンは議会で忙しいはずだ。たかが経過報告で、俺に会いに来るとは思えない。何か裏がありそうだぞ……。
「ありがとうございます。見込んでいた成果が出たと思いますよ」
「それは良かった! 苦労した甲斐がありましたよ」
トリスタンはそう言って、上品ながらも威圧的な目で俺を見据えた。そして有無を言わせぬ態度で言葉をつなげる。
「つきましては、こちらの要望にお応えしていただけたら、と考えております。ご調整をいただけませんか?」
やっぱり裏があったよ。今はお互いに利害が一致している状況だ。だから協力しあっている。トリスタンの要望次第では、この関係が崩れる可能性もあるぞ。
「要望と言いますと?」
「はい。次回の議会に出席していただきたいのです」
少し考える。後ろ盾を得るためには、出席した方がいいかもしれない。でも、俺は国と関わるつもりは無い。余計なしがらみが増えて、後で困りそうだ。拒否だな。
「僕が行く必要、あります?」
「今回の事件の当事者ですからね。詳しいことを報告していただかなくてはなりません」
く……トリスタンの言い分はもっともだ。俺は重要な証言者になるだろう。でも、行きたくないものは行きたくないんだよ。逃げ道を探ろう。
「では、資料をお渡ししますよ。それで十分でしょう?」
「コンシーリオにいらっしゃる意思は無いということでしょうか?」
トリスタンは冷静な態度で言う。行きたくないという理由だけでは、到底納得させられそうにない。だったら、他の言い訳を考えるまでだ。
「そうですね。まだ重要な仕事が残っているんですよ。ですから、今はこの街を離れられません」
これも嘘ではない。俺の仕事はむしろこれからだ。弱ったレヴァント商会に追い打ちをかけるという、重要な仕事が残っている。
「なるほど……。そういうことでしたら、無理強いはできませんね。では、招待状だけはお渡ししておきます。気が変わったら是非お越しください。いつでも歓迎しますよ」
トリスタンはため息交じりに答えた。どうにか納得させることができたようだ。まあ、俺の行動によってトリスタンも動きやすくなるはずだから、お互いに利があると思う。
「了解です。もし気が変わったら、お邪魔させていただきますね」
万が一にも変わらないと思うけどね。俺はレヴァント商会潰しで忙しいんだ。
さて。この状況、レヴァント商会の見習いたちはどう動くかな。種は蒔いたし水もあげた。芽も出ているように思う。見習いたちが俺の計算通りに動くなら、レヴァント商会は終わるはずだ。





