十二話 エクシスの思いと問答の裏側
「……世界様」
私は置いてきてしまった世界様を思った。
いや、あの時は確かにあの考えで間違えはない。
ケルベロスに跨りながら、後ろにぴたりと付いてくる獅子を振り返り見る。
ーー思ったよりも、速い。
「エクシスさん、カレンさん。もう少し加速しますのでしっかりと掴まって下さい」
リザは前を見据えてそう言った。
きっと振り向いて、今すぐ世界様の所へ戻りたいはずだ。
私は結局世界様や、リザに頼ってしまう自分が情けなく、申し訳なくて。
ケルベロスの毛を更にキツく掴む。
「なに殊勝な顔してるのよ。いつだってサディスティックに笑うのがあんたでしょう」
反対側にの頭にしがみついていたカレンが私にそう言った。
風が更に冷たく吹きつけていく。
ケルベロスは木々をへし折り、地を抉り、石を破壊しながらひたすらに前進する。
私だって、思うことは多々あった。
変わりゆく景色の中で、本当にこれで良いのか。
そう何度も自問する。
「そういうカレンだって、ずっと後ろを振り返っていますが。獅子ではなく、世界様が気になるのでしょう?」
「気になるけれど。こう見えて私、あいつの根性は結構信用してるのよ」
横を見ると、笑いながらカレンはそう言った。
確かに、世界様が死ぬなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。
能力だけで見たら、生に特化しすぎているのだから。
「ーー距離が少し縮まりました。エクシスさん爆発魔法お願いします」
リザに指示されて、私は金色爆発を獅子にではなく地に向けて放つ。
爆発によって獅子の視界が煙り、少しだけ距離が稼げた。
けれど、決して獅子は怯むことはない。
離れた距離をまた縮めるように、追走してくる。
「……世界様は、本当に大丈夫でしょうか」
事実、あの時世界様が声を発さなければ私たちは全滅だってあり得た話だ。
そして何より反射的に、全員その指示に従った事に驚いていた。
そうかこんなにも、私たちはあの情けない人を信用しているのか。
だから、リザは気丈に振る舞いながら、カレンは信じきって笑いながら、そして私はこんなにも彼が心配で。
なら、私たちはこのようにただ逃げるだけで良いのか。
……けれど、私は魔物だ。
主となる者には絶対服従が基本だし、それがルール。
「……一つ提案があるのですが」
私はそのルールを破る事に決めた。
ここでもし、無論あのゾンビのような彼があり得ない話だが、消えてしまえうとすれば。
きっと私は次の魔王には従えない。
リザもカレンも私の話を聞くと大きく頷く。
そしてリザの指示に従うように、ケルベロスは果敢にも反転した。
「では、戻りましょう。魔王様の元へ」
「……という経緯です」
俺はエクシスの背から転倒しないように、強く掴まりながらその話を聞く。
嘘だろ、エクシスが俺の心配を……?
「なぁ話盛ってないか。たまたま走ってたら戻ってきちゃった! みたいな感じじゃないの?」
「分かってましたが、世界様ってそこそこ意地悪ですよね」
「ああ、レイオンも俺の汚い最悪な方法でこうなったみたいなもんだしな。それにしても、へー……! あのエクシスが立案者ねー!」
「……屈辱ですっ!」
軽口を叩きあう。
今は自分達の事よりも優先して助けに来てくれたのを感謝しよう。
リザとカレンは、ニヤけながらエクシスをチラ見する。
その視線に耐えられなかったのか、エクシスはむにゃむにゃと何かを言いながらケルベロスに顔をうずめた。
珍しく、可愛らしいエクシスに俺を含めた三人はずっとニヤニヤし続け走っていく。
「さぁ、とりあえず一度ご飯にでもしようか」
レイオンはグレッチェンを減速させケルベロスの横を並走する。
どうやらまだ目的地は先らしい。
この後もしばらくは走らせ続ける為に、ケルベロスとグレッチェンを休ませようという提案だった。
俺もそしてみんなも朝から殆ど何も口にしていないからか、お腹も空いていたので丁度いい。
側にあった明るい林に入り、疾走を止める。
「そうだな。お前たちのご飯買ってこよう。グレッチェン、大人しくしておけよ」
「ケルベロス、ゆっくり休んでてね」
リザとレイオンはそう声をかけて、獅子と魔犬を優しく撫でた。
ここなら、休めそうだな。
走り疲れたのか、ぐだっと伏せた二匹に礼を言って辺りを見た。
思ったよりも木々はずっと高く、人が来る気配もない。
木漏れ日と草を揺らす風の音がとても心地いい。
俺としても、ここでゆっくりと寝てみたくなるような場所だった。
レイオンが優しく二匹に人避けの魔法をかけて、俺たちはそこを後にした。