十一話 問いの先にあるもの
「私の痛みをとったのか? なぜ……?」
「別に、何となくそうしたかったじゃダメか」
もう戦いなんて雰囲気ではない。
まるで倦怠期のカップルかのように、妙な沈黙と間が場を支配する。
俺はチラリとレイオンを見て、また視線を地に向ける。
「お前はもしかしたら、私よりも騎士かもしれんな」
髪を耳にかけて、レイオンは俺にそう言った。
それはどこか羨むような台詞で、少し寂しげで。
なら、お前もーー俺と同じように……!
そう言いかけて、止まった。
俺の願望をぶつけるな、さっきもそれで反省したところだろ。
戒めながら、言いたくても言えない歯痒い思いをする。
「私からも一つ良いか? あ、いやもう職務に戻れとは私も言わない」
「そうか……。ああ、何でも答える」
レイオンは剣を腰の鞘に戻し、悲痛な面で俺を見る。
「お前は、今楽しいか? 何かの流れに逆らうのは大変だと、私は知ってる。だからこそ、これを聞いてみたかったんだよ」
「……辛いけど、楽しいよ。理不尽な事だらけだけどな。それでも俺は何かに必死になるってのは、生きてるって強く実感出来ると思うから」
素直な心情だった。
きっと俺は希望通り勇者であれば、こんな考えには至らなかった。
自分の立場を考える事もなかったはずだ。
……じゃあ、あの禿の面接官は、見る目あったんだな。
悔しいけれど、きっと生前より俺の目は生き生きしてるんだろう。
「そうか。……お前に勇者の話をされた時、実はどんな攻撃よりもダメージを負わされた。どこかで、私も真実を見ないよう、知らないように生きていたんだなと……」
高潔な獅子女王は、後悔を吐露するように自虐的に笑った。
「ならお前は、どう生きたいんだ?」
「そうだなぁ……。今なら、お前みたいに生きてみたいな。本気で、自分について考え直させらたよ」
茶化す訳でも、誤魔化す訳でもなく、レイオンは本気でそう言った。
叶うならと、それが出来るならと。
「……そうやって、逃げるのか」
きっと、俺はずっと逃げてきた。
生前、嫌な事からは目を背け、やりたくない事はやらず、現実を今のレイオンように受け入れて、そうやってずっと逃げた。
今のレイオンに向けての台詞は、何よりも自分の自戒にもなっている。
ーー今度こそ、俺は逃げない。
「……! お前は、卑怯だな……。今そんな事を言われると、燃えてしまうではないか」
「おう、燃えろ燃えろ。俺はな、レイオン。今度こそ自分の事を肯定してやりたいんだよ」
胸をはって、俺は正しいと。
今度こそ証明してみせる。
魔王として、闇野世界として、よく足掻いたと、頑張ったと。
結局、それは俺の自己満足かもしれない。
それでも俺は、正面から自分の正しさをぶつけられる強さが欲しい。
「……ははっ!! あはははッ!!!」
レイオンは、笑った。
高く響く声は、そこら一帯を包むように反響する。
よく見るとレイオンは笑いながら、泣いていた。
「そうだ、な。究極の所、私は自分を肯定してやりたいのか。それが人間の、いやレイオン・レッドハートの底にあるものなのか」
「泣いたり笑ったり、忙しいな」
「誰のせいだ。……そうだ、名を聞かせて欲しい」
「闇野、世界」
「……悪魔的な名前だが、良い名だ。なら闇野、お前を見習って私も好きに生きるとしょう。お前のその理不尽さと戦う姿勢を見習ってな」
その獅子の笑顔は、きっとどんなものよりも価値があると。
そう思えるくらい綺麗で、本当に温かかった。
「世界様ー!」
ドタドタと、地を蹴る音と共に二匹の獣がこちらに駆けてくる。
おい何だ、ちょっと良い所だったのに!
このまま逃げ果せる感じだったのに!
「あのケルベロス、本当に速いな。グレッチェンでも捕らえられないか」
「だろ、俺の仲間も逞しいもんだ」
無事をアピールするように、俺は手を振って仲間を待った。
俺の問いも、決して無駄じゃなかったと、どこか少し誇らしげに胸をはってーー。
「な、何で二人とも談笑してるの!」
「おーグレッチェン。良くやったお疲れ様」
レイカは目を疑うように、俺たちを見る。
俺だってレイカの立場ならそう思う。
リザもエクシスも助けに来たのに、と疑惑の目を向けてくる。
「……ん、私は改めて自己紹介しよう。魔王序列四位、レイオン・レッドハートだ。えーと、闇野世界と友達となった。以後宜しく頼む」
「……待て! お前いきなり友達って!」
そんな直線的な発言は困る。
友達とかまっすぐに言われるとどうも恥ずかしい。
「そうだ。私はお前を生涯の友と認め、同じ目的で共に生きる事に決めたのだよ」
悪戯っぽく、ニッカリと笑う。
レイオンはしてやったりと、俺を見た。
「え、え? えええええ!! と、共に? 勘違いしちゃうよ? 俺そういうの耐性ないから勘違いしちゃうよ!」
「ちょっと待ってください。世界様、いったいなにを彼女にしたのですか?」
ちょ、待って、エクシス、胸ぐらを掴まないで下さい。
リザはケルベロスを撫でながら、ジト目で俺を見つめる。
リザにその目をされると、普通に凹むから……。
後、お願いだから何か話して……!
「闇野は、私に生きる道を提示したのだ。あんな魅力的に言われると私も困る。なので、きっちりその責をとってもらうつもりだ。……で、早速だが、詳しく話をしながら今後について聞きたい」
淡々と、そう説明するレイオン。
その誰よりも堂々した姿に、皆目を奪われ、士気が上がっていくのを見に感じた。
後光が差すというべきか、陽を一身に受ける彼女は何というか神々しかった。
「闇野には大規模な捜索願いが魔物組合から出されている。とりあえず我が国に行こう。そこなら幾ばくかは稼げるはずだ」
「分かりました。私はその案に賛成させていただきます」
エクシスはゆっくりと頷いて、状況を飲み込んだ。
カレンも同意見なのか、それに同調して頷いてケルベロスの方へ歩いて行く。
けれど、リザは頷きもしなかったので俺は気になって小声でリザに質問する。
「リザは反対か?」
「反対ではないですけど。私だって責任、とってほしいです」
頬を赤らめながら、俺の腕を弱々しく引っ張る。
ねぇ、勘違いするって言ってるよね。
俺はそんな耐性ついてないんだから、すぐ勘違いするよ?
「お、おう……!」
で、でたー!
ヘタレで何も言えないやつー!
俺は照れ隠しにリザの頭をポンと叩いた。
「二人して何してるんですか? 行きますよ」
「絶対ですから、世界さん!」
そう言うと、リザは笑いながら小走りに二人に駆け寄った。
何あれ、俺がちょろかったら一撃で落ちてるぞ。
いや、事実ちょろいんですけどね。
「今行くー!」
俺も後追うように、走った。




