第28話「重なる味」
謎の追手(笑)を無事、まどかの機転で撒いて二人は『みやこや』の引き戸を開けると、出汁の香りに混じって、揚げ物の香ばしさが漂ってきた。
「あ、まどか、お帰りなさい。それに、無花果さんもごめんね、呼び出すようなことをしちゃって」
「ただいま、遥叶さん。気にしなくていいですよ。無花果さんは、呼び出さなくても、どうせ来たと思いますし」
「それは僕の言葉では……。いえ、本当に気にしないでください。どうせ来る予定でしたし」
「やっぱりそうでしたか」
「ほらほら、二人ともイチャイチャしてないで、早く席について。今日は、新作のお披露目よ」
遥叶さんが、湯気の立つ小鉢を、カウンターに置いてくれた。
「新作、ですか」
「『飛竜頭』よ。まぁ、食べてみて」
「ひりゅうず……?」
聞き慣れない名前に、僕は首を傾げながら、箸を伸ばした。丸くて、ふっくらとした揚げ物。中には、人参や椎茸らしき具材が透けて見える。一口食べると、優しい出汁の味が、じゅわりと広がった。
「美味しい……けど、これ、なんだろう。がんもどきに似てる気が」
「あら、無花果さん、鋭いねぇ」
「え、もしかして当たりですか?」
「少し違いはあるものの、関西では『飛竜頭』、関東では『がんもどき』と言うんだよ。うちの人が、そっちの出身でね」
遥叶さんが、ふと懐かしむような目をして、そう続けた。
「うちの人……あ、旦那さん、ですか」
「そう。結婚して、この店を始める時に、色々教えてもらったんだよ。がんもどきは飛竜頭。おにぎりも、形によって『おにぎり』と『おむすび』なんて。そういう、ちょっとした呼び方の違いをね」
遥叶さんは、そう言いながら、鍋の中身をゆっくりとかき混ぜた。その横顔に、僕は、少しだけ、いつもと違う気配を感じた。
「その人が、この店の名前を?」
「ふふ、二人で考えたんだよ」
女将さんは、目を細めて笑った。
「『みやこや』ってね、二つの意味があるんだよ。一つは、『みんな、また来てね』の『皆来や』」
「もう一つは?」
「関西の言葉でね、『みんな来ーや』。人を誘う時の言い方。うちの人がよく、お客さんに、そう声をかけてたんだ」
「皆来てね、と、皆来ーや……」
僕は、思わず、その言葉を、口の中で繰り返した。
「二つの意味が、重なってるんですね」
「そう。一人でも多く、ふらっと寄ってもらえる店になれたらって、二人で決めた名前なの」
そう言うと、少しだけ、寂しそうな、けれど、優しい笑みを浮かべた。
「……素敵な由来ですね」
「でしょう?」
まどかが、横から、そっと口を挟んだ。
「それに、飛竜頭、懐かしくてとても美味しい味ですね」
「まどかに言われると、なんだか照れるね。あの人の味を思い出して、作ったものだから――」
そう呟くと、一瞬だけ、遠くを見るように目を細めた。それから、ふっと表情を緩め、笑うと、僕にもう一皿、飛竜頭を追加してくれた。
「今日は特別サービス。無花果さんが、この話に付き合ってくれたお礼」
「そんな、ついでみたいな……」
「あら、無花果さん」
まどかが、悪戯っぽく、僕を見た。
「今日、私が無花果さんを呼んだのは、この新作を食べてもらうためだったんですよ」
「ええ。女将さんの新作の、記念すべき第一号の客になってほしくて」
彼女は、そう言うと、少しだけ、口角を上げた。
「光栄に思ってください」
「それは……光栄、なのかな」
僕は、苦笑しながら、もう一つの飛竜頭に箸を伸ばした。じゅわりと広がる出汁の味に、なぜか、少しだけ、目頭が熱くなる気がした。
「――美味しいです、本当に」
「そう? 良かった」
女将さんは、そう言うと、いつものように、柔らかく笑った。
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それでは、またいつかお会いできることを楽しみにしています――
......と言いつつ、 9/11(金)21:10より、新作の投稿を開始する予定です。
【次回作:会話×ハイファンタジー】
『【土下座で転生拒否】ブラック環境はもう嫌です!と言ったら女神の専属執事になりました〜雑務から戦闘まで、労基なしの神界で始める第二の社畜生活〜』
※新作の主人公は、【社畜最適化】の主人公が転生したわけではないので、ご安心ください。
※毎日1話更新+エタり防止実現のため、最終話まで書き上げた段階で、『活動報告』にて投稿開始日、総話数を別途お知らせさせていただきます。
それでは、1週間後の夜、再びお会いできることを心待ちにしております。




