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編集開始

 深夜二時、液晶画面の青白い光だけが、雑然としたワンルームの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。

 相沢湊は、デスクに突っ伏したまま、乾いた笑いを漏らした。

 モニターには、自分がSNS運用を担当している化粧品メーカーのブランドアカウントで誤爆した、支離滅裂で攻撃的な個人感情の投稿が、消去されることもなく無慈悲に映し出されている。

 指先が、氷水に浸したかのように冷たく震えていた。

 会社からの鬼のような着信履歴、リツイートされ拡散されていく自分への罵詈雑言。

「無能」

「解雇不可避」

「死ねばいいのに」

 画面を閉じるたびに、心臓の奥が冷たい金属の杭で刺されるような錯覚に陥る。

 これまで二十五年、彼は常にこの感覚と共にあった。

 テストの答案を回収された直後の「あそこはこう書くべきだった」、告白して振られた瞬間の「もっと気の利いた言葉があれば」、初めての就職面接で言葉に詰まった時の「あの回答さえなければ」。

 湊の人生は、常に「もっと上手くやれたはず」という後悔という名のほこりが積もり、白く濁っていた。


「……全部、なかったことになればいいのに」

 誰に届くでもない祈りを呟き、手元から滑り落ちたスマホを無造作に拾い上げた。指先が画面に触れた瞬間、液晶が激しく明滅し、ノイズが走った。

 バグか、あるいはハードウェアの寿命だろうか。

 通知の連打かと思われた画面は、次の瞬間、見たことのない漆黒のインターフェースへと変貌を遂げた。銀色のフォントで、無機質に浮かぶ文字。


『Re:Edit』


 指が勝手にアイコンを弾く。端末が微かな熱を帯び、画面中央にまるで動画編集ソフトのタイムラインのように、膨大なデータが展開された。

 最初に見えたのは、今日の午後に起きた仕事のミスだ。それよりさらに左、高校二年の、あの夏の文化祭の記憶までが、タイムコードと共に並べられている。

 湊は、吸い寄せられるように、高校二年の夏のフォルダを開いた。

 画面の中には、屋上への階段で震える声で告白し、周囲の冷笑を浴びて、顔を真っ赤にして逃げ出したあの恥辱の光景が、鮮明な動画となって記録されていた。

 心拍数が跳ね上がる。画面の右端に浮かぶ「CUT」の文字。その隣には「REPLACE」や「SHIFT」のオプションが表示されている。

 半信半疑のまま、湊はその「CUT」のボタンをタップした。


 その瞬間、猛烈な目眩に襲われた。視界が真っ白に反転し、鼓膜が破裂するようなほど静寂が深まる。

 部屋の空気が、まるで真空にさらされたように冷え切った。


 数秒後――あるいは数時間後だったかもしれない。

 湊は、自分のデスクで、奇妙な安定感の中で目を覚ました。

 窓の外は既に明るい。カーテンの隙間から、夏の柔らかな陽光が差し込んでいた。スマホの画面には、炎上した覚えも、仕事のミスも、昨晩の絶望も、何もなかったかのように静かなホーム画面が表示されている。


 湊は混乱しながらも、記憶を辿った。

 高校二年の文化祭。告白したのか?

 いや、彼は告白などしなかった。

 その日は友人たちと模擬店の買い出しに行き、ただ騒いで笑い合って、最高の青春を謳歌したのだ。

 あの胸を締め付けるような切なさも、恥ずかしさも、そこには何一つとして存在しない。


 スマホに表示されたのは、『Re:Edit』――エディット・ライフのロゴ。

 そこには、昨夜まであった「失敗」というノイズが、きれいに切り取られていた。

 成功だけを継ぎ合わせた、継ぎ目のない人生。湊は窓の外を見上げ、初めて自分の人生を「操作できる」という全能感に、口角を歪ませた。


 だが、その全能感の背後で、何か大切なものが音を立てて欠落したような、空虚な予感が胸を刺す。それはまるで、心という名のフィルムを切り刻むような行為だった。

 湊は震える手でスマホを握りしめる。これが地獄の始まりだとは、この時の彼はまだ気づいていなかった。

 ただ、目の前の世界が、あまりに都合よく美しく見えることに、陶酔していたのだ。

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