第七十話 旅の続き
王都を出る朝。
空は晴れていた。
春の青空。高く、広く、雲が白い。
門を出ると、街道が南に向かって伸びている。
道端に花が咲いている。黄色、白、紫。名前は知らない。
でも、ルドナへの帰り道にも咲いていた花だ。同じ花が、街道に沿って咲いている。
四人は門の前に立ち、旅支度を整えた。
アルドが剣を確認する。
レインが弓弦を張る。
アネスが薬の袋を肩にかける。
セラが杖を握る。
いつもの動作。旅に出る前の、いつもの儀式。
レインが伸びをした。
「さて。王都はもう十分だ。空気が悪い。田舎の風が恋しい」
「ルドナに戻ったら、まず風呂だな」
「お前、来た時も風呂風呂言ってたな」
「風呂は大事だ。人生の基本だ」
アネスが笑い、セラも笑った。
アルドが振り返り、王都の門を見上げた。
白い壁。高い塔。王家の旗。
生まれ育った街。出て行った街。英雄として戻り、冒険者として去る街。
「行くか」
振り返った時の顔は、穏やかだった。
未練はない。後悔もない。
自分で選んだ道を、自分の足で歩く顔。
「行きましょう」
セラが答えた。
◇
街道を歩きながら、四人は次の計画を話した。
「ルドナに戻って、依頼を再開する。Sランクの審査が来るまでは、いつも通りだ」
アルドが地図を広げながら言う。
「Sランクになったら、受けられる依頼の幅が変わるな。大規模討伐とか、国境警備とか」
レインが指を鳴らす。
「別に今まで通りの依頼でもいいけどね。薬草採取とか、街道の哨戒とか」
アネスが付け足す。
「普通の依頼が一番いいです」
セラが言った。
「だな」
アルドが頷いた。
普通の依頼。普通の旅。普通の日常。
それが、このパーティの在り方だ。
魔王を倒した後でも、変わらない。
◇
昼過ぎ、街道脇の木陰で休憩を取った。
アネスが干し果物と硬いパンを配り、セラが水筒を回した。
レインは木に寄りかかって空を見ている。
アルドは地図に次の野営地の候補を書き込んでいる。
セラはパンを齧りながら、四人を見渡した。
ここにいる。
四人がここにいる。
前世のセラは、こういう時間を知らなかった。
勇者パーティの休憩時間は、セラにとって孤立の時間だった。
三人が話し、セラが隅にいる。三人が笑い、セラが黙っている。
今世では、四人が同じ木陰にいて、同じパンを食べ、同じ水を飲んでいる。
当たり前のことが、当たり前であることの幸福。
「何見てるんだ」
レインが聞いた。
「……みんなの顔です」
「なんだそれ。気持ち悪い」
「気持ち悪くないです。いい顔してるなと思って」
「褒めてるのか?」
「褒めてます」
レインが照れたように頭を掻いた。
アルドがペンを置き、地図を畳んだ。
「そろそろ行くか」
「はい」
四人は立ち上がり、荷物を背負い、街道に戻った。
◇
午後の街道は、春の匂いがした。
土の匂い。草の匂い。花の匂い。
風が柔らかく、日差しが温かい。
街道の先に、緩やかな丘が続いている。丘の向こうに、空が広がっている。
四人は並んで歩いた。
アルドが左端。セラがその隣。レインが右寄り。アネスが一番右。
肩が触れそうな距離。触れはしない。でも、手を伸ばせば届く。
セラは隣を歩くアルドの横顔を、ちらりと見た。
穏やかな顔。遠くを見ている目。
街道の先を見ている。次の村を、次の宿を、次の依頼を。
未来を見ている目。
セラもまた、前を向いた。
前世のセラは、前を見ることができなかった。
常に後ろを気にしていた。振り返って、三人がいるか確認していた。
いつ切り捨てられるか分からない恐怖の中で、後ろばかり見ていた。
今世のセラは、前を見ている。
後ろを振り返る必要がない。
隣に、足音がある。
遠ざからない足音。
セラの胸に、言葉が浮かんだ。
離れたくない。
アネスに言った言葉。自分に言った言葉。
まだ名前はつけない。名前をつけるのは、もう少し先でいい。
でも、“離れたくない”という気持ちだけは、確かにここにある。
前世にはなかったもの。
今世で初めて芽生えたもの。
それを大事に持って、歩いていこう。
◇
夕方、丘の上に出た。
眼下に、広い平野が広がっている。
畑と牧草地と、点在する村の屋根。
遠くに、ルドナの街並みが霞んで見える。
夕日が平野を照らし、全てが金色に染まっている。
四人は丘の上に立ち、景色を見た。
「きれいだな」
レインが言った。
珍しく、飾りのない一言だった。
「きれいだね」
アネスが同意した。
アルドは何も言わなかった。
ただ、景色を見ている。穏やかな目で。
セラは隣に立ち、同じ景色を見た。
全ては解決していない。
リーネはまだ勇者パーティの中にいる。審議が終わるまで、時間がかかる。
ユリウスは変わらないだろう。前世のことも、今世のことも。
前世の記憶は消えない。時折、フラッシュバックが来る。
アルドとの距離に、まだ名前がつかない。
でも、全てが解決しなくてもいい。
解決しないまま、歩いていける。
歩きながら、少しずつ解いていける。
一人ではなく、四人で。
丘の上から見る夕日は、街道の先まで金色の道を作っていた。
光の道が、ルドナの方向に伸びている。
セラは一歩、踏み出した。
「帰りましょう。ルドナに」
アルドが隣で頷いた。
「ああ。帰ろう」
四人は丘を下り始めた。
夕日を浴びながら。
四つの影が、金色の街道の上に伸びている。
二度目の人生は、まだ続く。
旅は、まだ続く。
前世の影はまだ消えていない。
でも、影の上に光が差している。
光は、隣を歩く人の温度から来ている。
セラは前を向いて歩いた。
隣に、アルドがいる。
後ろに、レインとアネスがいる。
遠くに、リーネが待っている。
そして足元に、まだ名前のない感情が、小さく芽を出している。
春だった。
旅の続きが、始まっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語で一番大事にしたのは「セラが自分の意思で動く瞬間」でした。
前世では命令されて前に出た。今世では自分で「前に出ます」と言った。
同じ行動でも、意思があるかないかで意味が全く変わる。その差がうまく伝わっていたらいいなと思います。
魔王は倒しましたが、まだ終わっていないことがあります。
リーネの推薦取り消し審議はどうなったのか。
ユリウスは空っぽの魔王城に着いて、何を思ったのか。
そしてセラの胸にある「まだ名前のない感情」は、いつか名前を得るのか。
——答えは、次の旅の中にあります。
それでは、またどこかの街道で。
月代




