ep.670 忘却という名の再出発
降り注いだレモンシャワーが、戦場だった披露宴会場のすべてを優しく、そして冷徹に洗い流していきました。
空を舞っていた粘着性の雇用契約書も、おぞましい数式が展開されていたホログラムの残像も、今はもうどこにもありません。あるのは、湿った地面と、ほのかに漂う柑橘系の香りだけです。
「……あ。……僕、何をしていたんだろう」
中心に立ち尽くしていた極新人が、ふと自分の掌を見つめて呟きました。 その瞳からは、先ほどまでの「利益」や「効率」へのギラついた執着が消え失せ、代わりに深い困惑が宿っています。
「……何か、とても大切な数字を計算していたような気がするのですが……。……思い出せない。どうして僕は、あんなに必死に……?」
彼の中では、城の崩壊とともに「22NkQ」という概念そのものが、定義不明のエラーコードとして処理され、記憶の彼方へ霧散してしまったのです。
「にゃうにゃああ!素晴らしい!その『真っ白な喪失感』こそ、新シリーズのオープニングに相応しい表情なのですー!!」
そこへ、レンズをピカピカに磨き上げた咲姫が、プロペラのような尻尾を全開にして飛んできました。
「さ、咲姫様……。僕は、その……何か大きな損失を出してしまったような気がして……」
「損失?何を言っているのですか!今のは全部、次なる超大作ドキュメンタリー『黄金の夢から覚めた僕:第1話』の壮大な仕込みだったのですー!!」
「仕込み……ですか?」
首を傾げる極新人に、咲姫は至近距離までカメラを突きつけ、恍惚とした表情でまくしたてます。
「そうなのです!あなたが記憶を失い、時給の概念すら忘れて彷徨う姿……これこそが視聴者が求めていた『守ってあげたい未熟なエリート(仮)』の神髄なのです!さあ、立ち上がるのですネギ新人君!記憶がないなら、新しい『撮れ高』で自分を埋め尽くせばいいだけなのですー!!」
「新しい……撮れ高……。そうか、僕は、撮影のために……。……ならば、失われたリソースを回収するために、僕は次の現場へ向かうべきですね」
「さらっと。……その意気です。ネギ新人様の『やる気』の転嫁を確認。次のロケ地への移動コストは、すべて福利厚生(自腹)で計上しておきました」
アリシアの冷淡な補足も、今の彼には「仕事への情熱」を刺激するスパイスにしか聞こえません。
「ひぎィィィ!結局、記憶があってもなくても、僕たちがこき使われる運命は変わらないのかニャーーー!!」
泥だらけのうさちぁんが酒樽を抱えてフラフラと立ち上がる横で、猫二の絶叫だけが、レモン色の空に虚しく響き渡りました。
咲姫が上手くまとめました。
悪夢は全てレモンシャワーが洗い流してくれました。
極新人→ネギ新人にランクアップ




