ep.203 縁側の声
その家は、町の北端にあった。
咲姫は、手紙の束を胸に抱き、
静かに門をくぐった。
縁側に、ひとりの老人が座っていた。
背を丸め、庭の石をじっと見つめている。
「……咲姫、か」
咲姫が名乗る前に、
老人はそう言った。
「その手紙、あの子のだろう。
わしには、読む資格がない」
咲姫は、縁側に腰を下ろした。
火把の灯りが、そっと揺れていた。
「資格なんて、ありません。
ただ、語りたいと思ったとき、
そこに語りが生まれるのです」
老人は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと語り始めた。
「……あの子は、咲姫になれなかった。
声が小さすぎると、言われた。
でも、わしは知ってる。
あの子の語りは、風みたいにやさしかった」
咲姫は、手紙の一節を読み上げた。
「“私は、語れなかった咲姫です。
でも、語りたいと思っていました。
誰かの声になりたかった”」
老人の目に、光がにじんだ。
「……あの子の声、
ようやく届いたんじゃな」
咲姫は、うなずいた。
「ええ。
今、ようやく、結び直せたのです」
風が吹いた。
縁側の風鈴が、かすかに鳴った。
『縁の章・参
縁側の声。
語りを拒んだ者の沈黙の奥にも、
語りたい声は眠っている。
それに耳を澄ませるとき、
語りは、過去と現在を結び直す。』
“縁の章”第三話は、縁側の声。
咲姫は、語りを拒んでいた老人と向き合い、
語られなかった咲姫の記憶を受け取りました。
語りは、声の大きさではなく、
“語りたい”という想いから生まれるもの。
沈黙の中にあった声が、
ようやく風に乗って、町に届き始めています。
次は、語りが世代を越えて広がる回へ。




