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十九、彼女は獣人

 ヴァンカスとシェルメギの後ろについて行くと街の門に着いた。石レンガの壁に埋め込まれたゲートは外部からの侵入を防ぐためにある。

「何の異常もありません!」

 隊長らしき防具を纏った兵士に見回りが壁の上から報告する。

 あの地下室の一件以来、見張りを厳重にしているらしい。未だゴブリンが入る抜け穴などは見つかっていないんだとか。

 フィーミェンと横並びで大きな門を通してもらう。初日に見たと同じ様な草原が広がっていた。

 小さい男は僕らに着いてくるよう手を仰ぎ、カバンを肩に掛け直すと一本道を歩き出した。

 突然現れたふたり、彼等の親切な案内を断る訳にもいかず、僕とフィーミェンは黙って歩いた。

「ほら、盛り上げていこうじゃないか」

 ヴァンカスが後ろに振り返りながら言う。

「お前さん、名前は何だ?」

 僕に指差す。

「ヨウです」

 僕は小声で答えた。

「ヨウかい?珍しい名前だなぁ」

 今度はフィーミェンに指を差す。

「わ、私はフィーミェンと言います」

 左を歩く彼女も名前を教える。

「バハレン人か?」

 ヴァンカスが聞くと、フィーミェンはただ頷いた。

「バハレンかぁ、魔王ん時壊滅しかけたってとこだろう?大変だったろうに」

「はい。でも最近ではもう復興は終わりに近づいていると聞いています。なので近いうちに戻ってみようかと」

 僕はバハレンというところにフィーミェンを連れて行くと頭の中にメモを残した。彼女の故郷なのだろう。フィーミェンはどこか寂しそうな、懐かしそうな表情をしていた。

 アキラ、セリナさん達にお別れを言う前に旅立ってしまった僕は知らない人ふたりと一緒にエルフの里に向かって旅をしている。そしてヴァンカスがフィーミェンと初対面で親しげに話していたのに対して僕は心の中でモヤモヤしていた。

「それでなんだ、お前らは夫婦なのか?」

 ヴァンカスが笑みを浮かべながら言うと、思ったより強く返してしまった。

「違いますよ!」

「分かったって。パーティか?」

「そうです」

 フィーミェンが僕の様子を見て代わりに答えてくれた。

「剣士に魔法使い。いい組み合わせだ」

 さっきまで黙っていたシェルメギという女性が振り返らずに言った。

「ありがとうございます……でも僕まともに剣も振れないんです」

 現時点ではフィーミェンの足手まといだと実感しながら僕は答えた。

 シェルメギさんも大きな斧を背中につけているし、戦士のようだ。彼女の戦いぶりから学べることがあるだろう。

「……慣れだ」

「はい?」

「剣の上達は主に慣れだ。魔法もある程度はそうだと聞くが、武器を扱う奴らは体に覚えてもらうのが一番いい」

 シェルメギさんがそう言うと口元の上がったヴァンカスに肘で突かれた。

「いつもはあんまし喋んねぇのによ」

「斬るぞ」

 と言って彼女はそっぽを向いた。

 体で覚える。ということは模擬線を繰り返すのが大切なはずだ。彼女に頼みたいところだが、もう少し親しくなってから出ないと僕の口からそんな言葉を出すことはできない。

「あの、失礼かもしれませんが、シェルメギさんは獣人なのですか?」

 僕が質問すると、ヴァンカスが代わりに答えた。

「おおそうよ、シェルメギは獣人さ。と言っても普通の獣人じゃない」

「どういうことですか?」

 フィーミェンが聞くと同時に強い風が吹いた。風は冷たく、頬をかすめて通り過ぎた。

「彼女は……四十歳になるのさ」

 その数字にフィーミェンは口を押え、シェルメギはしかめっ面をする。前者は自分の耳を疑うような驚きの表情を見せているのに対し、後者は自分の存在を否定するようなまなざしをしている。

「よ、四十って本当ですか?!」

 フィーミェンは高い声でヴァンカスを問い詰める。

 四十歳と言われたシェルメギさんを頭から足まで見る。とても四十歳には見えない。体つきは筋肉が多くパワフルなものだが、顔はまだ僕らと同年代に見える。

「ヴァンカスお前、言う必要ないだろう」

 前を見たまま歩き続けるシェルメギさんは斧に手をかけた。

 空気が悪化する一方で、僕は状況が理解できなかった。シェルメギさんの過去を握るヴァンカス、そして彼にそれを明かされたくない彼女。ふたりはともに旅する中と聞くが、どうしてこんなに仲が悪いのか。シェルメギさんの鋭い目つきに僕は緊張の汗をかき始める。

「いいだろうよ。自分のこと、知ってもらっておいた方がいいぜ」

 ヴァンカスが押すが、彼女は彼にこれ以上喋べるなと威圧をかける。

 彼は再び口を開くが、言葉は出てこなかった。そんなふたりに事情を聞けずにいる僕とフィーミェン。気まずい空気が漂う。

「ま、まあとりあえず彼女は獣人だ。うん……」

 弱い声を吐くヴァンカスは沈黙を破るために自分語りを始めた。

 あんなに自信満々に話しかけてきた彼が随分と落ち込んでいるように聞こえた。これでもちゃんとシェルメギさんのことを思っているという証拠だろう。

「実は俺、ドワーフなのさ。まあ予想していたかもだけどな」

 だから背が低いのか。と僕は元の世界のドワーフの描写を思い出して考えたが、もしこの世界ではそうではなく、たまたま彼が小さかっただけだったらと思い、口には出さなかった。

「ご存じの通り、ドワーフはエルフほど長寿ってわけでもないが、人間よりは随分と長生きする」

 彼は自分が百四十歳と告げた。三桁なんて全然聞いたことなかったが、それほどに年を重ねたということはそれだけの技術や知識、経験があるということ。エルフの里のような図書館ででも探すのが困難な場所にも行ったことがあるのも納得がいく。彼は僕らをきちんと導いてくれると自信を持った。

 ドワーフは人間より長寿な故に、体の変化も人間とは異なる。彼は百四十歳なのに顔は四十のおじさんに見える。となるとやはり頭を横切るのはエルフとその容姿。セリナさんのような若い女性に見えても、たとえ二十代に見えても、実年齢はヴァンカスよりはるかに高いかもしれない。だがやはり証拠が欲しい。最優先事項でも何でもない、いったん頭の片隅に寄せておいた。

「ドワーフの俺は長生きして、世界中を旅した。思いつくようなところはほとんど行ったぜ」

 自慢げに話す彼へ頷き、長い一本道を進む。ずっと歩いていたせいか、日が暮れてきている。地平線はオレンジ色に染まり、足が重くなっていく。

「き、今日はこの辺で野宿するか?シェルメギ」

 とヴァンカスは恐る恐る先を歩く彼女の袖を引っ張った。

 ヴァンカスを一瞬にらみながらもシェルメギさんは彼の背負っていた鞄を取り、中から器具を取り出し始めた。

 「手伝え」

 シェルメギさんに命令されて僕はヴァンカスの取り出した袋をひっくり返す。布袋の中からは簡易テントが4つ現れ、1人ひとつ取った。手探りで地面に岩の少ない平な場所を探り当て、小さな小石は取り除く。テントを組み立てると、中は割と広く感じる。向かい合わせにテントを立てるフィーミェンの様子を見ながら自分のテントの中に入る。荷物は少ないが、剣に持ち歩いていた布袋を置く。

 再び外に出て他のみんなの進み具合を確認すると、キャンプファイヤーを始めようとするドワーフと獣人を見つめていた。火が付くと顔が照らされ、体の前半分が暖かく感じる一方、背中側は余計に寒く感じた。

「そのテント、ライガンのだぜ。本書いた奴だ」

 ヴァンカスが火打石を袋にしまいながら言った。

「その人は人間、ですか?」

 自信無さそうにフィーミェンが聞く。

「そうさ。奴は俺らをまとめあげた野郎だな。俺も本当はあんまり旅なんてするやつじゃなかったんだけどよ、あいつがどうしてもって言うから着いて行ってやったんだ」

 エルフの里をこのふたりとともに探し当てた人物。彼の話を懐かしそうな表情を浮かべながらヴァンカスは語り続けた。

「あいつには妻がいたんだ。結婚して子供も作るはずが、彼女は病で亡くなってしまった。彼女はずっとエルフの里を見てみたいって言ってたらしい。俺たちにあった頃はこんなこと教えてはくれなかったけどな。理由がなくっても、あの情熱に負けて俺らは引きずられていったもんだ」

 火に風を送りながら小枝を中に投げる。時々吹く外部からの強い風に火が揺らめく。

 僕らは話を聞いているうちにシェルメギさんの隣に座り込んだ。

「ムカつくほど人のいいやつでな」

 ヴァンカスが笑いながら語り続けるとシェルメギも腕を組んで頷いていた。

「困ってる人が放っておけないんだ。子供から年寄りまで、街中でも旅道の途中でも、困っている奴がいれば必ず助けてたな。今の勇者と比べちゃ、ライガンのほうがよっぽど英雄だと思うがな。お前さん達をエルフの里に送ろうとしてるのも、自分では分からねぇ。旅してる間に奴のがうつっちまったのかもな」

 焚火がパチパチと燃え上がり、火の粉が風に乗って飛ばされる。さっきまで太陽は沈み始めていたはずなのに、もう月と入れ替わって辺りは暗くなっていた。僕らの顔面を照らす炎は真っ赤に燃え、膝を温めてくれる。沈黙の続く中、僕はフィーミェンと隣に座って日の揺らめく姿を見ていた。

「えー、小僧名前なんだっけ。お腹すいたろ?ほれ分けろ」

 ヴァンカスは僕の方向にパンを投げると、シェルメギさんにも同じようにし、自分の分を口に咥える。

「はい」

 もらったパンをちぎり、フィーミェンにあげる。4人で半分ずつのパンを分け合って食べた。餅のように柔らかく、嚙みちぎりずらいような感触。喉に詰まらせないよう奥歯で細かくつぶす。ヴァンカスからは水ももらった。

 食べ終わってから火を消すと、僕らはそれぞれのテントに潜り込んだ。僕は袋の中に入れっぱなしだったかびたパンを外に捨て、袋を枕代わりにして寝た。

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