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第百十三話 離別

若宮八幡の境内をおりょうはお志乃とそぞろ歩いていた。

お互い話したいことは山ほどあった筈なのだが、どうしても切り出すことが出来ず、ただ二人肩を並べて歩くしか無かったのだ。

しばらくあてもなく境内を歩いていた二人だが、お志乃が意を決して口を開いた。

「おりょうちゃん、本当にごめんなさい。私ずっとおりょうちゃんを・・・。」

お志乃はうつむいて声を詰まらせた

「そんなこと無い。騙されたとは思ってないで。」

おりょうは優しい声でそう答えると

「おりょうちゃん・・・。」

お志乃は泣き出してしまった

「お志乃ちゃん泣かんとって。詳しいことは知らんし、この間聞いた話だけで済まへんとは思とったし。」

「うん・・・けど、やっぱり烏小僧だった間はおりょうちゃんの前で本当のことは言えなかったし。」

「でも正体はちゃんとゆうてくれたやん?」おりょうが不思議そうにすると

「全部は言えてなかったよ。」お志乃が小さな声で答えた

おりょうはお志乃を背後から抱きしめると

「だいじょうぶや。お志乃ちゃんはお志乃ちゃんやから・・・。」

お志乃は抱きしめるおりょうの手にそっと手を添えた

その後二人は四方山の話をしていたが、今度はおりょうが意を決したように

「お志乃ちゃん、おじさんの名誉も回復されたことやし、戻ってこられへんかな?」

お志乃に問いかけたが

「戻りたくないって言ったら嘘になるけど・・・戻れない。もう無理なの。元の生活に戻るには私は人を殺めすぎたから・・・。」

お志乃は悲しそうな表情を押し込めるように答えた

「お志乃ちゃん・・・。」

「でも、最後にこうしておりょうちゃんに会えて良かった。」

「最後って、うちは最後と思ってへんよ。きっとまた会える。」

「そうね。生きてさえすれば・・・。」

「そうやで、絶対会えるから。うちは信じてる。」

見つめ合う二人の間にしばしの沈黙が流れた。

お互いに交わす言葉がもう見当たらなかったが、別れがたい気持ちは変わらずにいた。

今生の別れでこそ無いが、人の世とあやかしの世へと袂を分ける二人にとっては、最早生きているうちに相まみえることは望めないだろうと理解はしていた。

それでもおりょうは信じていたかったのだ。

いつかまた、例え自分がおばあちゃんになってしまったとしても会える機会はあるはずだと。

お志乃としては、もう人の世には未練は無いと思っていた。

それでもおりょうのことは愛おしく思っているし忘れることは出来そうには無かった。

人の世での唯一の心残りがあるとすれば、それはおりょうの存在だった。

それだけに、おりょうの言葉には心を揺らされた。

いっそこのままおりょうと一緒に居てもいいのではとさえ思った。

おりょうと共に生きていく。何と魅力的なことだろう。

たとえ天狗として生きることを捨てたとしても、おそらく誰も責めはしないだろう。

彼女の恩人たる東光坊や僧正坊の天狗達なら解ってくれるだろうし、何より後押しすらしてくれるだろうことは間違いない。

だとしても

お志乃は天狗として生きることを選ぶしか無かったのだ。

お志乃は、人として人の世で会う最後の人はおりょうと決めていたのだった。

お志乃の覚悟はおりょうにも薄々伝わっていたが、おりょう自身は認めたくなかった。

「どないもならん事ってほんまにあるんやな・・・。」

お志乃はその言葉に静かにうなずくだけだった。

その後二人は他愛の無い思い出話や、最近の出来事を取留めも無く話し続けた。

間もなく別れの時が来ることを、お互いが認めたくは無いかのように。

日が傾き始め、辺りの影が長くなっても二人は話し続けていたが、やがて黄昏時を迎え始めた頃

「おりょうちゃん、そろそろ行くね。」

お志乃は家に帰るかのような口ぶりでおりょうに別れを告げた。

「うん、またな!」

おりょうもまた、同じような調子で応えたが、

「あ、ちょっと待って。」

「えっ!?」

おりょうはお志乃を抱きすくめて口づけをした。

お志乃は突然のことで一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに目を閉じた。

二人にとっては永久に等しい時間でもあり、一瞬の間でもあった。

日が暮れたところで二人は身体を離したが、絡めた指はなかなか解くことが出来ずにいた。

それでもお志乃の方が思いを断つようにして指を解くと

「おりょうちゃん、私の事忘れないでいてね。」

お志乃が寂しそうな表情で微笑むと

「わすれるわけないやんか・・・。」

おりょうは泣きそうな顔で呟いた。

おりょうの言葉を胸に納めたお志乃は、懐から烏の面を取りだして被るとそのまま振り向きもせず、漆黒の翼を広げて出たばかりの月明かりの中を飛び去った。

おりょうはその姿を静かに見送ったのだった。






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