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花に十日の紅なし  作者: てんてん丸
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奇妙奇天烈

私こと、有栖川美羽(ありすがわ みう)の高校生活を言葉で表すのなら「孤独」という単語で片が付く。


元々何事にも積極性が無く、毎日ずっと本を読んでいるだけの内向的な人間だ。

今では本好きが祟って図書委員になり、授業中以外は図書館に入り浸る生活を送っている。


ある意味望んだ学生生活と言える現状に、私は正直満足していた。



「なんで何時も本ばかり読んでいるんだ?」


そんな毎日が続いた、六月のある日の事。

そろそろ日差しが強くなり始めたこの季節の昼休み、珍しい生徒が図書館に姿を現した。

 

それは有栖川が在籍しているクラスで、最も人気のある男子、双葉良太。

スタイルが良く、頭は少し悪いがサッカー部のエース。

さらには強面とは縁遠いふんわり系の美青年。 


当然女性に人気にならないわけがなく、毎日友達に囲まれた花色の生活を送っているはずの男子だ。

 


そんな、私とは対象的な世界の住人が、何故図書館にいるのか。

いや、別にいる事自体に問題は無い。付け加えるのなら「何故わざわざ図書館に来て、本を借りず私に話しかけるのか」だ。

 


「本を読むのに理由がいるでしょうか」


たまたま図書館に来て私を見つけて、たまたま普段の疑問を聞いたのなら、それはそれで良い。しかし彼はこの図書館に入ってきたと同時に、受付に座っている私に向かって歩いてきた。


最初から用があったのは明白だ。



「いやまぁ、そうなんだけどさぁ」


だが、どうやらこれと言った理由は無いように見える。

むしろ双葉はポリポリと頬を掻きながら、なんとか話題を探そうと周囲を見回しているように感じた。



「なにか本でも借りに来たんですか?」


このまま沈黙するのは気まずいので、私は話題を提供する。

本当のところは今すぐにでも帰ってほしいところだが、変な事をしてしまえば後でどんな噂がたてられるか、分かったものではない。


孤独ではいたいが、村八分にはされたくない。

そんな矛盾を心に忍ばせながら、読みかけの本を閉じる。



「あぁ……えーと、今有栖川が読んでいる本って、どんな本なんだ? この頃家に帰っても暇でさ。良かったら何かおススメ教えてくれよ」


「私の読んでいる本、ですか」


「難しすぎるのは勘弁してほしいんだけどな。部活終わってからだと、寝ちまう」


未だに双葉の真の目的を探れず、話の流れを掴み切れていない私は、とりあえず持っている本をそのまま手渡した。

双葉はそれを受け取り、本の名前を見ると「えっ?」と困惑の声色を示す。

聞きなれない名前だったのだろう、気持ちは分からないでもない。



「――女郎蜘蛛の巣?」


「有名な本なのよ。色んな人を誑かして、操って、目的の人を殺す。殺した人は当然捕まるけど、女郎蜘蛛は捕まらない。捕まらないから、次の犠牲者が出る。そんなお話よ」


ほぉーっ、と興味があるのかないのか分からない声を出しながら、双葉はパラパラと中をめくる。

が、ものの数秒で、パタンッと本は閉じられた。


その活字の多さに嫌気がさしたのだろう。

「本の虫」からすればご褒美のような本なのだが、それは一般人には中々受け入れて貰えないのは百も承知である。



「もう少し、簡単なやつで頼む」


ふと、そんな申し訳なさそうに本を返してくる双葉を見て私は、素直な人だなと思った。「もう少し」というのが彼なりの意地だと思うと、少し苦笑してしまう。


顔だけでなく心まで素直な男性が好かれないはずがないのだと、改めて認識した。



(あぁ、なるほど……本当に、本を探しているのね)


ここにきてようやく、私は双葉の心理を察した。


本を読みたくなったが、知り合いに本に詳しそうな人がいなかった。となると、同じクラスにちょうど本に詳しそうな人がいたので、たまたま空いていた時間に話しかけに来た……といった具合か。


何かにまき込まれたのかと内心冷や冷やしていたので、ようやく心の重荷が下りたような感覚だ。



「簡単なやつと言われると困るけど……例えば、どういうジャンルが好きなの?」


「ジャンル?」


「スポーツ系とか、ゲーム、ファンタジー。あとは……そうね、恋愛系かな」


「れ、恋愛?」


「えぇ、恋愛。舞台や時代によって色々あるわよ」


私は、双葉は「恋愛」という単語を聞いた瞬間、頬が少し赤くなったのを見逃さなかった。毎日あれだけの女性から好意の眼差しを受けているにしては、変な反応だ。



「あ、有栖川はなんだ、そういう恋愛系のも読むのか?」


「もちろん。面白いわ」


「そうか。――うん、そうか、そうか!」


双葉は何を理解したのか、首を二度三度大きく縦に振り、改まって私の顔を見る。

まだ僅かに頬を赤くしているが、先ほどよりも何か嬉しそうに感じた。



「じゃぁ、有栖川のおすすめの恋愛小説、教えてくれ!」


何がそんなに嬉しいのだろうか。


まったく双葉の行動が理解出来ない私は、特に返答をせず立ち上がる。そして恋愛小説が置いてある本棚へ歩き、迷うことなく一冊の本を手に取った。


そのまま律儀に受付の椅子に座って待っていた双葉の下へ戻り、その本を渡す。



「また女郎蜘蛛シリーズとか勘弁だぜ」


なんて冗談を言いながら受け取った双葉は、その本のタイトルを見て「うんうん、なるほど、こういうのが好みなのか」と呟いた。続けて「じゃぁ借りるよ、助かった」と喜ぶ。


何故私の好みをリサーチしているのかわからないが、とりあえずおススメはしたので、これで依頼は終了。テキパキとパソコンで双葉用の「貸借カード」を作り、そこに渡した本の名前を記入していく。



裏切りの友と、真実の愛。


相変わらず哲学的な本だな、と心の中で思いながら書き終えた私は、それをそのまま双葉に渡す。


案外時間が無いのか、それを受け取った双葉はすっと立ち上がり「有難う!」と勢いよく図書館を飛び出した。私はチラリと「走らない!騒がない!」と書かれたプレートを見るが、その目線は彼に届くことはない。



(なんなの、いったい)


考えて分かることではないが、気にはなってしまう。

彼はあの本を読もうが読まなかろうが、また返しに訪れるのは間違いない。


教室で話しかけられる事はさすがに無いにしろ、こういった関係は影でどう囁かれるのかわかったものではなかった。せめて頼むから、私の孤独生活に影響を及ぼすのだけは避けて欲しい。


心からそう願いながら、私は再び本を開いた。





―――――が、その図書館事件の翌日。


私は、再び目の前に双葉がいる現実を、どうにも受け止める事が出来なかった。



(本当になんなの、いったい)


それも図書館では無く、教室の中で、わざわざ読んだ本の感想を言いに来たのだ。

別に嫌なわけでも、止めて欲しいわけでもない。しかし、どうしても周囲からは目線を集めてしまう。


こういう状況に慣れていない私は、ついつい俯いてしまい、これが経験値不足なのだと痛感した。



「まだ途中だけど、面白いなぁこの本。特にヒロインが操られて、好きな人に――」


一方双葉は遠慮なく、感想をツラツラと並べていく。


双葉の悪いところは、自分の影響力がどの程度のものなのかを自覚していないところだろう。逆に言えば、私の悪いところは影響力がゼロに等しいところだ。


案の定周囲からの目線がしっかりと釘付けになっており、なんともいえない空気がクラスに広がっていた。何度も言うが、勘弁してほしい。



(はやく、放課後になりますように)


私は人生で初めて、神とやらに祈りを捧げながら放課後を待った。


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