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第六話 気配

 上田さんにおぶられた状態で、何とかミラーハウスから脱出した。


 ようやく体に力が戻り、僕は慌てて上田さんの背中から飛び降りた。

「おや、もう大丈夫なのかい?」

 さっきまであんなに頼りがいのある人だと思っていたのだが、今となってはもう、ピエロにしか見えなかった。

「あんた、恋人があんな死に方して、よくそんなに平気な顔していられるな……!」

 上田さんは、きょとんとした顔を続ける。

「あんた、狂ってるぞ! 感情ってもんがないのか!」

 僕が睨みつけると、上田さんは目をそらしながら笑った。

「ああ、宗介君、君は何か勘違いしているね。僕とキララは付き合ってなんかないよ? 僕はあの女に付きまとわれていて、困ってたんだよ。言い方が悪いけど、僕はあの女、死んでほっとしているんだよ」

「……は?」

 平然な顔で話すこの男に、僕は頭の血管が今にもブチ切れそうなのがわかった。

「た、たとえ恋人じゃなくたって、ひ、人が死んだんだぞ……? わかってんのか?」

「ああ、わかってるよ」

 もう、手が出る直前だった。

「おーい、そーすけ! 無事だったか!」

 振り返ると、忌々しき館の中から健太が出てきた。

 続けて、三人が出てくる。


 ……ん? 三人?


「おい! その後ろの奴、誰だ!」

 僕は気が立っていたのか、驚くほどの声で怒鳴った。

「誰って、裕奈さんやんか。俺らが捜してた人やんか。なに怒鳴っとんねん」

 そういうと、茜さんの後ろから女性が一人、ひょこっと顔を出した。

 その顔は、あの化け物と瓜二つだった。

「あ、あ……う、しろ」

 僕はさっきの景色がフラッシュバックして、うまく言葉が出ない。

 全身が痙攣しているのを感じる。

「あ、かねさん、うしろに……」

「裕奈!」

 突然、僕の横で驚いたような顔をしていた上田さんが、僕が指をさしていた化け物に駆け寄り、抱きしめた。

「もう、絶対一人にしないからな……!」

「え、ええ!」

 上田さんは、泣きながらその女性を抱きしめる。

 その姿は、僕にはやはりピエロのようにしか見えなかった。


 と、気付けば周りには残りの三人、初期メンバーが集まってきていた。

「な、なあ宗介、キララさんは?」

「それに、本田君あなた血がついてるわ、大丈夫?」

 指をさされた服の腹の部分を見ると、血がべっとりついていた。

 そこで、改めてあの情景を、はっきりと思い出した。

「おえぇぇぇぇ」

 潰れていく人間。

 飛び散る体液。

 歪んでいく肢体。

 人が人でなくなる瞬間。

「ちょ、大丈夫かそーすけ! しっかりしい!」

「落ち着いて、何があったのか説明して」


 僕は事の顛末を、なるべくその異常さが伝わるように話した。

 それによって、あの男の「異常さ」にも気づいてほしかったから。

 しかし、他の三人ともどこか掴みどころのない反応をした。

「ああ、化け物かあ」

「でも僕らには悲鳴とか聞こえなかったね」

「キララさん、どうして逃げなかったんだろう」

 こんな、もんなのだろうか?

 僕だけ、過剰に反応しすぎているのだろうか。

 色々と混乱していると、奥で女性が泣き出すのがわかった。

「うえぇぇぇえん、キララちゃんがぁ……」

 膝から崩れ落ちるように、涙をボロボロとこぼして泣くその姿を見て、僕は初めて自分の感情に自信が持てた。

「おい、そーすけ! 何泣いとんねん!」

「おかしいのはお前たちだろ!」

 僕は、睨みつけながら健太の胸倉を掴んだ。

「な、なんやねん急に……」

「人が、死んだんだぞ! どうして、そんなに平気なんだよ!」


 場が、沈黙に包まれる。


「だって楽しいからよ」

 最初に口を開いたのは、茜さんだった。

 その目は、何か虚ろで、どこか遠い所を見ているようだった。

「そや、ここは遊園地やねん、楽しむところやからなぁ」

「宗介、楽しくないのかい?」

 よく見ると、みんながこっちを見ていた。

 その目は、茜さんと、そして、


 ――――あの化け物と、同じ目をしていた。


 ピリリリリリリリリリリリリリ!


 突然、遊園地に電子音が響き渡った。

「あ、私かな? ……はい、もしもし? はい、ええ、そうです明日の朝に、はい、そうです。……ええ、今のところ、私たちは無事ですよ、ええ、失礼しま~す!」

「だれでっか?」

「管理人さん、鍵はいつ返しに来るんだって、それと、安否確認だって。ふふ、あんな怖い顔してたのに、根はやさしいのね」

「そんな怖い顔だったんですか?」

「ふふ、新太君まともに口きけないわよ」

「ええ、そんなぁ」

 場に、和気あいあいとした雰囲気が流れた。

「じゃあ、次に行きましょうか、テレビの皆さん」

 僕らの輪に、上田さんも混じってきた。

「そうね、さっきのは映像撮れてないし、次こそは撮るわよ!」

「それでは、アクアツアーなんてどうですか? あそこ、なんだか見えるらしいですよ?」

「ほんと? 腕が鳴るわね……」


「あ、あの……」

 僕が目の前の光景に困惑していると、先ほどの女性が隣に立っている。

「うわ、あ、すみません……」

「あ、いえ、上田先輩から話は聞きました、私、ミラーハウスであなた方に驚いて逃げてから、ついさっきまでの記憶がないんです……」

「記憶が?」

「はい、上田先輩曰く、ここの伝説のように入れ替わっていたのかもね、と言われました」

「入れ替わる?」

 僕は、まだ自己紹介もしていない事も忘れて話に聞き入っていた。

「はい……このミラーハウスでは、一人でその鏡に触れると、もう一人の別の自分と入れ替わってしまうという伝説があるんです。そして、その別人が鏡に戻るまで、元の世界には戻れない、というものです」

「そんなこと……」

「他にも、この遊園地には普通じゃ考えられないような伝説が、まだまだあります。それに、伝説じゃない、ことだって……」

 女性は続ける。

「この遊園地は、正直異常です。このままここにいるのは、私も危険だと思います」

 女性は、強いまなざしで言う。

 目には、まださっきまでの涙が残っている。

「でも、あの人たちは……」

「正直、あの人たちもすでに何かしらの影響を受けていると考えた方がいいかもしれません」

「影響?」


「はい、まるで、恐怖という感情がごっそり抜けて、好奇心という感情に置換されたようです」


 その女性の言葉は、自分のもやもやを晴らすような、とても的を射た内容だった。

「そ、そう、なのかもしれない……河島さん、でもあなたは」

「どうして私の名前……」

 僕の質問は、怪訝そうな表情に遮られた。

「え、あ!」

「どうも、河島裕奈です……」

 女性、もとい河島さんは申し訳なさそうに自己紹介をした。

「あ、本田宗介、です」

 僕は、自分の非礼を詫びるのも込めて、深々と頭を下げた。

「おい、そーすけ、いくぞ!」

 暴力的な声が、静かな遊園地に響き渡る。

「え、おい行くってどこに……」

「言ったろ? アクアツアーってところ、なんか得体の知れへんもん、見れるらしいで」

 まるでさっきまでのことがなかったかのように、健太は平然と話す。

 その目は、少年のように輝いていた。


「どうします?」

 先を行く四人の後を、僕らは歩いていた。

「本当は今すぐにでもここから出たいけど、こいつらはこんなんでも親友だし、置いてはいけない」

「そう、ですよね……」

「河島さんは? 先にでても僕はあなたの事恨んだりなんてしませんよ?」

「いや、私も先輩の事置いていけません」

 河島さんは強い目で言った。

「ちなみに、さ、上田さんっていつもはもっと普通なんですか?」

「普通、って?」

「いや、あの人は好奇心とかじゃなく、この状況を楽しんでるように見えるんです」

 僕は、不信感いっぱいの目で上田さんを見る。

「いえ、先輩は普段優しい人ですよ、さっきも私の事、慰めてくれましたし。きっと、キララちゃんが亡くなったのだって悲しいのに、我慢しているんですよ、絶対そうです」

「そう、なのか……」

 その熱弁には、僕が折れるしかなかった。

 恋する乙女には、かなわないのだ。

「あと、私――――」


 リンリンリーンッリンリンリーンッリンリンリーッリリーン


 突然、季節外れのメロディが響き渡る。

「おい、誰やジングルベルなんて、こんな季節感ぶち壊しな着メロ!」

 健太のツッコミに、反応する人がいない。

 メロディは鳴り続ける。


 僕らの、右の方で


「あっち、なんか光ってないか?」

 新太が指さす場所を見ると、何やら電飾が光っているのがわかった。

「行くわよ!」

 茜さんの掛け声とともに、一斉に走り出す。


 入り組んだ、路地のような道を抜けると、


『メリーゴーラウンド』

 どの遊園地でもよく見る、人気の遊具だ。

 木馬や乗り物が、陽気なメロディに合わせてぐるぐると回転するものだ。

 みな、そんな煌びやかな景色を想像するだろう。

 この遊園地の遊具も、そうだ。


 いや、そうじゃいけないんだ。


 廃遊園地の遊具が、動いてはいけないんだ。


 リンリンリーンッリンリンリーンッリンリンリーッリリーン


 陽気なメロディとまばゆい電飾は、まるで僕らを違う世界へ手招きしているようだった。

遊園地は、遊ぶところです。

怖いことなんて忘れて、楽しみましょう。


感想お待ちしております。

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