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第七話 消失

 ――――夜の遊園地では、お化けが遊んでいるんだよ。

 そんな父の昔の言葉を、思い出していた。


「ちょっと乗ってみるか!」

 こんな状況にも全く恐れていない様子の健太は、バッグを僕に渡し、なんの躊躇もなくメリーゴーラウンドの中に入って行く。

「あ、おい健太!」

「へーきへーき、すぐに戻るって」

 健太は笑いながら顔だけをこちらに向ける。

 上田さんは、真剣な顔でぶつぶつと独り言をつぶやいている。

「僕らは映像を残そうか、宗介」

 新太も、特に健太のことを心配している様子はなく、いかにこの状況を映像に残すかばかり考えているようだ。

「茜さん、中撮る前に外観ね!」

「えー!」

 まるで珍しいものでも見たかのような雰囲気の彼らとは対照的に、僕は気味が悪いというよりなぜ逃げ出さないのか不思議でならなかった。

「じゃあ、本田君! 一緒に撮影しようか!」

 茜さんに腕を掴まれ、半ば強引に付き合わされる。


「あの……」

「ん? どしたの?」

 どうして逃げないんですか、と聞こうとしたがすんでのところで口をつぐんだ。

「いえ、何でも」

 あの顔を、あの目を、思い出してしまったからだった。

「これ、けっこうすごいよねぇ」

 と、茜さんは、電飾を指さしながら言う。


「一体どれくらいの魂で動いてるのかね」


 聞き返すには、言葉が出てこなかった。

 もう、茜さんは茜さんではなくなっていたから。


「あがぁぁぁあぁぁあぁあああ」

 まるで、蛇が大きな獲物を飲み込むかのように、茜さんの口は大きく、広がっていた。


「か……ぁはがあぁああぁ……」

 大きく、というのは常識の範囲内での話ではない。

 どんどん、どんどんと広がっていき、ついに人が入れるくらいの大きさまで広がった。


「あ、ああ」

 僕は、といえばそんな光景に声も出ず、腰もぬけ、まるで金縛りにでもあったかのような状態でただ見ているしかなかった。


「……は……あ……」

 途中から、開きすぎて空気漏れのような音しか出なくなっていた。

 すると


 ぼこんっ


 茜さんの喉の付近が、まるでボールが入っているかのように不自然に広がった。

 今にも引きちぎれそうなほど伸びきった皮膚が、見るに堪えない。

「あ、茜さん……? 大丈夫、ですか?」

 大丈夫なわけないのだが、今の僕にはそんな言葉で精一杯だった。


 ぼこんっ


 膨らみは、ゆっくりと、まるで蛇が獲物を丸呑みするのと真逆の動きで、筋肉がゆっくりとうねって「それ」を上に押し上げる。


 そして


 茜さんの口から、ゆっくりと出てくる、得体のしれないもの。

 いや、それはもう、ものではなかった。


「ばあ」


 無邪気な笑顔をした、小さな子供のような容姿のそれは、光るボールのようなものを持って出てきた。

 茜さんは、そのまま気を失ったかのように後ろに倒れ込んだ。

「あ、茜さん!」

 僕は茜さんに駆け寄る、が、もうそこに、命の感触はなかった。


「ばあ」


 唐突に、僕の視界にその子供が入り込む。

 子供、という表現は訂正したい。この化け物は、体のサイズこそ子供だが、髪の毛はなく、全身が鉛色のようで、頭も目も子供の三倍はある。

 どう見ても、人ではなかった。

「君は、くれないの?」

 その化け物は、くぐもった声色で大きな頭をいっぱいに左右に動かしながら僕を見る。

「あ……え……?」

 そもそも、この化け物が人の言葉を話していること自体、怖くてしょうがないのだ。

 うまく、言葉を話せないでいると


「ああ、そうか、君はまだ、僕らと一緒なんだね」


 化け物は、また無邪気に笑うとそのままくるりと背を向けて走り出してしまった。

 ……一緒とは、どういう事なんだろう。

 まるで頭が現実に追い付かない。

 そうしていると、その化け物は持っていた光るボールをメリーゴーラウンドの中に投げ入れた。


「ああ、とってもきれいだね」


 そういうと、化け物はけたけたと笑った。

 そこで、分かった。

 この光は、人の魂なんじゃないか。

 そんな事を、自分で考えて恐ろしくなった。

 つまり、これだけ人が死んでいるという事なのだから。


「み、みんなは……?」

 自分一人ではどうすることも出来なかったのと、もしみんなに何かあったら困るので、僕は慌ててみんなのもとへと走った。


 悪い予感は、当たるものだ。


 さっきみんながいた場所には、河島さんと新太が青ざめた顔をして立っていた。

「みんな! だ、大丈夫か?」

 僕の問いに、河島さんだけが顔を向けて反応した。

「あ……」

 何か言っているようだが、ジングルベルのメロディでよく聞こえない。

 それとも、僕自身が聞かないようにしたのだろうか。

「な、なんて?」


「二人が、連れていかれたの」


 みると、メリーゴーラウンドの中には健太と上田さんの着ていた衣類や靴やらが散乱していた。

「急に消えたんだよ! そしたら、化け物がたくさん出てきて、客人を連れていく、って……」

 新太はようやく口を開いて、事の顛末を話す。

 眼鏡の奥で、新太は笑っているように見えた。

「そういえば、茜さんは?」

「あ、その……」

 言葉に詰まるも、僕も正直に事の顛末を話す。


「……は?」

 河島さんは、茜さんの亡骸をみて、そのあられもない姿に絶句していたが、新太は僕のことを睨みつける。

「あ、らた?」

「お前が殺したんだ……」

 正直、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。

「お前が茜さんに色目ばかり使うから、茜さんがお前を連れて行って、そんなだから死んじまったんだろ!」

 ものすごい剣幕で、言葉もめちゃくちゃに怒鳴り散らす新太に、僕は面食らってまた言葉が出ない。

「だから言ったんだ! 僕がいるから問題ないと! 僕が愛していれば、何もいらないって! 僕が君を永遠のものにするはずだったのにぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃいいいいいいいい!」

 新太は、狂ったように自分の髪の毛を引き抜いては投げ捨て、茜さんの遺体をこともあろうに叩き始める。

「ちょ、おい新太!」

「触るなああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!」

 止めようと肩を掴んだとたん、新太は僕のことを突き飛ばす。

「ぐはっ」

 そのまま新太は僕に馬乗りになると、僕の首を締めあげる。

「あ……かは……あ、ああ……」

 とてつもない力で僕の首を締めあげる新太。

 その目は、あの時と同じ生気のない目をしていた。

「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」

 万力のように強い力で、完全に僕を殺そうとしている。

「や、やめて西尾君!」

 後ろから河島さんが必死に腕を外そうとしてくれているが、そんな事、まるで気にも留めていないように僕の首はどんどんと締まっていく。

「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」


 意識が、遠のく。


 薄れゆく意識の中、新太の笑みが見える。


 と、笑っていた口が



 大きく開いた。



「ばあっ」

 まるでさっきのリプレイのように、口の中から化け物が出てくる。

「げほっ、げほっ……ど、どうなってんだよ……」

「君は、くれないの?」

 さっきと同じセリフを繰り返す化け物は、さっきと違い、不機嫌そうな顔をしている。

「君も、くれないの?」

 と、今度は河島さんを見ながら訊ねる。

 河島さんは怯えながら必死に首を振る。

「ああ、そうか、君らはまだ、僕らと一緒なんだね」

 そういうと、さきほどより、少しばかり濁ったボール状のものを僕たちに見せる。

「みてよ、これ、ひどい色だよね……汚いものは嫌いだよ」

 そういうと、その化け物はやおら当然のようにその球を口に放り込んだ。

「え……」

「そうだ、君たち、ママが呼んでいたよ」

 化け物は僕らに背を向けたまま話す。

 化け物と会話しているこの状況に、少しずつ慣れてきている自分が、たしかにいる。

「ま、ママってなんだよ」

「ママはママだよ、僕らのお母さん」

「お母さんが、僕らに、何の用だよ」

「さあ、ママの趣味だからよくわからないけどね。あ、そうそう、それを言わなくちゃ」

 そういうと、首を百八十度、ぐるりと回転させて、僕らの方を向く。


「君らのお友達は、ママと一緒にお城にいるよ」


 化け物がいなくなった後、メリーゴーラウンドは動きを止めて、再び静寂が僕らを包んだ。

「どう、なってんだよ……」

 これが、現実に起きているのか? だとしたら、ここはこの世ではないのかもしれない。

「もう、やだよぉ……」

 横では、河島さんが泣き崩れていた。


 もう、十分理解していた。

 この遊園地は、普通じゃない。

 異常。

 早く逃げないと、死んでしまうかもしれない。

 でも、逃げられない。

 これ以上、失えない。


「健太を、助けに行く」

 僕は河島さんに向かって呟くように言う。

「河島さんは、先に早く逃げるんだ」

「……逃げないよ」

 河島さんは泣きはらした目をいっぱいに広げてまっすぐに僕を見る。

「私だって、上田先輩を助けたいもの」

「……じゃあ、行きましょう」


 僕は健太の鞄を担ぐ。

 もう、行先は決まっていた。


「それから、敬語、やめてよ。私、多分歳一緒だよ」

「あ、じゃあ、行こう、河島」

「ええ、いきましょ、宗介君」


 不気味な城が、もう見えていた。

 夜は、まだ明けない。

何が、「一緒」なのでしょうか、ねえ。


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