第二次アトラス攻撃作戦
滑走路上に出た頃には、喧騒は一般市民にまで広まっていた。
「非戦闘員は空港内シェルターへ……」
数人の兵士が必死に誘導している中、俺と瑠希乃はそれぞれの愛機目指してひた走る。
「おお、来たか! もう機体は準備できてる。早く上がれ」
「アトラスは?」
瑠希乃が息を切らしながら問いかけると、整備兵は西の方角を指さす。
「何でも、敵の戦闘機型がわんさか迫ってるって話だぜ。志願者も迎撃機に乗せて応戦させるが、あまり期待しないでくれ」
「ああ。対空部隊がうまく助けてやってくれ」
俺はメニューをタッチ。すぐ傍に駐機していた烈空のキャノピーが勢いよく開く。
「俺達はアトラス本体とその護衛機を潰す!」
機体に飛び乗り、六点シートを締めてロックを順番に叩く。
それと同時に視界内のHUDが起動し、エンジンが始動。
「よし、上がるぞ!」
滑走路内が開けると、俺は思いきりスロットルを押し倒す。
烈空が加速し、周囲の景色が小気味よいスピードで流れ、機体が浮遊する。遠ざかる地上。
『頼んだぞ。作戦成功を祈る!』
『きたか、坊主! 荒城も既に上がってる、編隊を組め』
管制塔からの激励のすぐ後に、北条からの通信が入った。
空に上がり見渡せば、解放軍のHF部隊は広く展開し、それぞれが撃ち落とすべき最初の敵を見据えている。俺は荒城のイーグルに急接近。機体を並べて旋回させる。
『ハルト、敵は攻撃機メインだ。どうやら戦闘機はアトラスの護衛にまわってるらしい』
「ハブーヴもそこにいるんだな!」
不意に、地上の味方対空砲が火を噴き始めた。
『志願兵を上げろ』
『避難民の退避は終わったか?』
慌ただしい防空部隊の喧騒ぶりがこちらにも伝わってくる。だが、今は自分の戦いに集中だ。
『こちらメルクリウス、聞こえるかテンペスト隊』
「相変わらずだな、あんたも。元気にしてたか」
別に、この美声を聞くのは久しぶりという訳でもない。だが、彼もまた一緒に戦ってくれるのだと思うと、どこか嬉しかった。
『おかげさまでな。敵攻撃機部隊は6機だ。南西の海上から接近。高度が低いぞ、よく探せ』
遥か遠くの海上に見える黒い点は、次第にその大きさを増していく。
それに合わせるように俺と荒城も地表スレスレまで降下、敵の背後に大きく回り込む。
奇襲を未然に防ぎ、新参パイロット達がドッグファイトに集中しやすい状況を作るのだ。
『コソコソしてる野郎がいやがったぜ!』
波立つ海面に紛れ込むように飛ぶ機影。その後ろにつく。
荒城が即座に攻撃を仕掛けると、白い軌跡を棚引いたミサイルが敵機へと吸い込まれた。
「命中確認。いい腕だな、荒城」
俺も続けざまにミサイルを放つ。完全に俺達に背後を取られた敵のステルス、F-117《ナイトホーク》もどきは飛沫を上げて海に没する。幸先の良い出だしだ。
「歯ごたえのある敵機はやっぱハブーヴくらいだな」
『イイ感じだぜ、これなら勝てるんじゃないか』
そんなおどけた事を言い合いながら最後のステルス機を撃ち落とした。
敵アンネームドは所詮、プログラム化されたCPUに従い飛行している。数は多くとも対人スキルに長けたドッグファイター達の敵では無いのだ。
『戦果報告を聞く限りだと、新参者もなかなかやれるみたいだぜ』
荒城は先輩面して味方機を睥睨していた。
徐々に上がり始めた味方機は、基地上空を守る様に行動を開始する。
だが、彼らの殆どは初めての実戦なのだ。単純な動きの敵くらいにしか対応できない。
「彼らにアトラス攻撃を手伝ってもらうのは流石に無理だ。俺達でやるしかない」
『大澄君、戦線をこじ開けるわよ』
まずは瑠希乃がアフターバーナー全開で加速。いつも以上に気合が入っている。
だが、こっちだって負けていない。
「俺が落とす!」
すかさず瑠希乃の烈空を追いかける。すると、北条が困ったように笑い声を飛ばした。
『ああもう……これだからゲームプレイヤーってヤツは。編隊飛行なんてあったもんじゃない。よし、俺達も攻撃開始だ。全機続け!』
そうこう言っている内にアトラスの巨影が近くなる。敵の戦闘機型もその周囲を囲むように飛行していて、見る間に戦意が滾ってくる。それと同時に、鼓膜に響くロック完了の電子音。
『ミサイル発射!』
迫る敵機の無数の鼻づら。両軍は真正面からぶつかり、ミサイルが空に咲き乱れた。
『よし、一機撃墜!』
『うまい具合に連携が取れてるぞ。このまま行く』
各機からの通信が飛ぶ。俺の視界上にも放ったミサイルの撃墜スコアが表示されていた。
アトラスへの距離が更に近づく。
『冷却口を保護している構造物を探せ。破壊した先に通路ある筈だ。勇気と自信がある者は一気に飛び込んでアトラスを落としちまえ』
『来たぞ。ハブーヴだ!』
不意に誰かが叫ぶ。総勢20機から成るアトラス攻撃隊パイロットに一気に緊張が走る。
赤い光点が一つ、俺達の編隊に猛烈なスピードで接近していた。
『手筈通り、まずは俺達が相手してやる。坊主はその間にさっさとアトラスを落としてこい』
前に出るのは北条と天空橋所属の機体。更にその両翼を固めるように何機かついている。どれもカスタムしまくった派手なペイント機ばかり。見るからに並みのプレイヤーじゃない。
俺はコクピット内で瞑目。しばしの後に、ゆっくりと開いた先には再び戦場の空。
「了解だ。アトラスをやる。滅茶苦茶な作戦だが、今はそれしかない!」
『よし。その意気だ、坊主!』
『時間稼ぎくらいにはなるさ。さっさと沈めてこいよ、テンペスト』
次々と声が上がる。この場では誰も敗北を信じてはいない。死への恐怖も微塵も無かった。
瑠希乃は彼らを奮い立たせたのは俺だと言った。
しかし、俺もまた、仲間に勇気づけられここまで来たのだと、今ならば、はっきりと思える。
「目標は冷却排気口の先にある中枢部、リアクター」
コクピット上の計器を叩きながら、再度アトラスの3Dモデルを確認。
中枢に至る冷却口は狭いが、戦闘機でも十分通り抜けられる幅はある。よし、いけるぜ。
「アメリカのエースが抜けられたなら俺達にだってできないことはない筈だ」
『俺はいつでもお前の後を追うだけだ。行こうぜ、ハルト』
ミサイル弾数と機体ダメージ域を横目で確認しつつ、俺と荒城は編隊から外れ、機体を旋回。
近づいてくるアトラス、その外殻には半球状のレーザー砲台が再建されていた。更に、四方へと瞬いていた対空砲火がぐるりと向きを変え、俺達を狙う。
雨嵐と降り注ぐ弾幕。解放軍機への膨大な火力が、今や俺達へとその矛先を変えている。
『ブルート隊全機、テンペスト隊を援護だ』
味方のタイフーンとラファールもどきが俺達に並び、思い思いにミサイルを乱射。
弾幕には弾幕を。凄まじい砲火と爆発が機体周囲で巻き起こる。
音速で通り抜けた弾幕の先、僅かに残った対空砲が火を噴き始める。俺達はそれを最低限の機体制御で交わす。何発かは翼を掠めるが致命打にはならず、スロットルは絶対に緩めない。
「よし、このまま……頼むぞ」
祈る様に操縦桿を握り直して、正面に近づきつつある冷却口の入り口を睨みつけた。
ミサイルでのロック可能な距離まではまだ遠い。
『ターゲットの冷却排気口に接近。HUDを確認しろ』
メルクリウスが急かすように声を上げる。
「――もっと早く!」
喉元から絞り出すように声を漏らし、操縦桿を更に強く握りしめた。
『くそ。ハブーヴがそっちに行った! テンペスト、お前らを追ってる!』
その瞬間、機内にアラートが走る。北条ががなり散らし、俺はハッとしてレーダーを一瞥する。見ると、確かに一機の敵がこちらに向けて接近してくる。
「くそ、あくまでもアトラスの護衛が優先だっていうのかよ」
恐らく、俺達が冷却口から侵入する意図をハブーヴに読まれたのかもしれない。
配下のフランカーもどきが北条達を足止めし、ハブーヴは完全にフリーの形で俺達に迫る。
「仕方ない。テンペスト2、ヤツを落とすぞ!」
『分かってる!』
このままケツにつかれても落とされるだけだ。俺と荒城は機体を反転させる。
「テンペスト1、エンゲージ!」
出会い頭に必中の間合いでミサイルを叩き込む。が、ハブーヴは曲芸飛行のような機動で、正面から放ったそれを交わしてみせた。
「相変わらず隙が見えない動きだ!」
それはまるで空を舞う鳥でも蝶でも無く、水中を自在に遊泳する魚のように思えた。
『またミサイルを回避、何てプログラムだ』
メルクリウスが常に機体情報を送ってくれる。俺はそれを頼りにしながら目視とレーダーを交えて奴の背後に回り込もうと機体を動かす。
神経がすりきれそうだった。追いつ追われつ、ミサイルを撃っては宙返り。何度となく空に咲くフレアの眩い光に幻惑されそうになる。
『あの二機、ハブーヴと渡り合っている』
誰かが俺達の戦いぶりを語っているのが遠くに聞こえるが気にも留めない。
数度正面からのミサイルを躱した所で、ハブーヴは大きく弧を描きながら旋回する。
「次だ。次の接近で奴は勝負をかけてくる」
――俺が出る。そう荒城に申し出ようとした瞬間だった。
『ミサイルアラート!』
『え』
メルクリウスの叫び声、俺の間近で爆発音が弾けた。
『チクショウ、やられたッ!』
見ると、荒城のイーグルにミサイルが着弾しているではないか。致命傷は避けたようだが翼が黒い煙を上げていた。
「なんで……?」
じっと見据えた彼方。ハブーヴの機首を見て愕然とする。
何と、奴は空中で回転しながら、荒城の進行上目掛けてミサイルを放ってきたのだ。
通常のミサイル攻撃はロックから発射、着弾までタイムラグを擁するが、まさかのノーロックからの発射。警告音がした頃には荒城のイーグルに着弾したというわけだ。
「こんな攻撃が……あり得るのか」
極限状態とも言える対人スキルに戦慄する。最早人間には真似できない反応速度。
「クソ。もっと俺が早く動ければ!」
追撃の次弾を受け爆散するイーグルそんな、悪夢のイメージが脳裏を掠める。
迫るハブーヴの機首、キャノピー部は青黒い光沢を放っていた。暗いキャノピーの奥でチカチカと瞬く赤い目玉は、死神のせせら笑いのようだ。
「俺がやる! 荒城は逃げろ!」
気づけば俺は思いきり荒城のイーグルに横付けし、声を張り上げていた。
無理矢理にでもハブーヴの目標を切り替えさせる。機銃を飛ばして挑発すると、赤い目玉が瞬き、俺に狙いを変えるのが気配で分かった。
次いで起こるのはハブーヴからのレーダー照射を告げるアラート。
『テンペスト1――来るぞ!』
メルクリウスが叫ぶ。背後を見ると、ミサイルの白煙が幾筋も空を切り裂いて迫ってくる。
「おおおおおおおお!」
機体が急激に減速すると同時に上昇、滅茶苦茶にひっくり返る天地。
敵のミサイルを誘導し、引きつけるフレアを撒き散らしながら回避に専念。
背後に聞こえるミサイルの無数の爆発音を聞いた所で、機体をぐんと急加速させる。
『ハルト、援護するぞ!』
体勢を立て直した荒城が声をかけるが、イーグルは黒煙を上げる程に損傷している。
「駄目だ。荒城はもう下がれ!」
『でも!』
尚も食い下がろうとするが、あの状態では機銃一つ当たっても爆散するだろう。
この電子の空に上がって、ずっとコンビを組んできたからこそ分かる。荒城は、この場に及んでも俺と編隊を組み続けようとしているのだろう。
二機編成部隊は一機でも抜けると大きな痛手となる。しかし……
「俺だけで奴をやる。荒城はもう下がれよ。しにたいのか!」
ありったけの声を振り絞り、再びハブーヴと交戦状態に入る。
曇天には真っ白な飛行機雲が引かれていき、その軌跡を俺とハブーヴは何度となくなぞった。
ミサイルが掠め、蓄積されるダメージに激情が沸き起こる。
「この野郎、いい加減に落ちやがれ!」
反転し、機銃のトリガーを押し込んだ。曳光弾が瞬き、何発かはハブーヴの翼を叩くが、奴は再び俺のロックから逃れていく。
『だめだ、破壊された冷却口が修復されているぞ』
そこに飛び込んできたのは、部隊全体を指揮していた北条からの通信だった。
キャノピー越しにアトラスを一瞥すると、破壊された一画で修復が始まっていた。半透明のワイヤーフレームが構築され、テクスチャが装甲となって肉付けされていく。
『テンペスト1、君が一番近い。早く飛びこめ』
メルクリウスから名指しされるが、今はハブーヴとの空戦の真っ最中なのだ。背中を見せられる訳がない。
『私が行く!』
そこに名乗りを上げたのは瑠希乃だった。いつの間にか俺達に接近していた青い烈空は、交戦する俺とハブーヴには目もくれず冷却口へと向かっていく。
『ボレアス4が突っ込んだ。しかし、これは……』
狼狽えるメルクリウスの声。その意味する事実を俺はすぐに理解する。
「待て、ハブーヴ!」
何とハブーヴは、撃墜寸前の俺達テンペスト隊を捨て置き、瑠希乃を追っていくではないか。
彼女の機体が冷却口に姿を消すのに続いて、奴もまたアトラス内部へと飛び込んでいく。
『行け、ハルト! 奴を追え!』
北条が俺に突入を促す。
『旧式の俺のクーガーでは奴の時間稼ぎで精いっぱいだった。しかし、新型機を駆るお前と瑠希乃なら可能性はまだある。いってこい!』
「えっ」
それはボレアス隊長としてではなく、北条敏矢という一人の男としての覚悟だった。
『俺は外からアトラスと雑魚どもを撃滅する。年下連中に遅れは取らん』
北条機が前に出て、他の部隊機が両翼につく。
あり合わせの即製編隊、戦力は大幅に低下している。それでも士気はバカみたいに高い。
『残存機は俺に続け。邪魔な護衛機を蹴散らすぞ』
『『了解ッ!』』
北条が先行し、未だアトラスの周りを飛び回る敵へと向かっていくHF乗り達。
アトラスもハブーヴも、俺に託したのだ。それは決して押しつけなどでは無く、俺達に向けられた純粋な希望の塊だった。俺か瑠希乃でなければハブーヴは倒せないと北条は言った。
彼らが選んだHF乗りとしての戦い方。それならば、俺も心を決めなければならない。
「なあ、荒城。頼みがある」
『何だよ』
気づけば俺は静かな声音で相棒に語り掛けていた。
「先に空港に戻っていてくれ。死ぬんじゃねえぞ」
俺の意図を理解した荒城は静かに首肯。
『仕方ねえ。……了解だ、隊長。落とされるなよ』
そう言ってイーグルは機首を返す。俺はそれをしっかり見届け、冷却口へ愛機を向かわせる。
「テンペスト1、アトラス内部へ突入する!」
周囲の対空設備は北条や瑠希乃達があらかた破壊していた。すんなりと冷却口の入り口に進むことが出来る。
「絶対に倒す……ハブーヴも、アトラスも」
――頼む、相棒。
俺は機体のコンソールを撫でながら呟くのだった。




