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生還者たち

 静岡エリアの基地に俺達は着陸した。そこは小さな空港だが、防御陣地がいくつも築かれていて、前線への中継基地になっていた。

 撤退再編中の陸戦部隊に僅かばかりの基地スタッフ。そして、名古屋から避難してきたという数多くの一般プレイヤー。基地内は人でごった返している。

 長束を失い悲しむ暇さえ与えられない俺達は、基地内ブリーフィングルームへと案内される。

 そこで待ち構えていたのは、基地司令官だと名乗る初老の男性だった。


「大分減ったな……生還したのはこれだけか」

 基地司令はブリーフィングルーム内のパイロット達を見渡しながら言った。

 作戦前は各基地からの増援も含めて50機近いHF乗りが集まっていた。しかし、今この場にいるのは20人にも満たない。

 つまり、あの戦いで半数近くが命を落とした事になる。


「ええ。奴……ハブーヴのせいです」

 長束含むランページ隊が全滅した今、解放軍のHF乗りで最も上に立つ存在は、天空橋飛行隊を指揮する北条だ。パイロットスーツのまま、北条は前列にいる基地司令と言葉を交わす。


「ところで、この基地のパイロットは? 殆ど見られないようですが……」

 その後ろに控えていた瑠希乃が尋ねると、様子を窺っていた軍人達が気まずそうに俯き合う。


「東海地方は敵の空襲を繰り返し受けていて兵力は殆ど残っていない。アトラス攻撃に参加したプレイヤーが数人と、撤退して再編中の陸戦部隊くらいだ……申し訳ない」

「いえ。補給を受けられるんだ。助かりますよ。これでアトラスに再攻撃を仕掛けられる」

 北条が気丈に返すと、司令以下、この基地に所属するプレイヤー達が顔を見合わせた。


「貴方達はあの巨大要塞を、もう一度攻めると……?」

 驚きを隠せない顔ばかり。どうやら彼らはすっかり意気消沈してしまっている。


「北陸の別動隊も攻めあぐねているようだし……絶望的だな」

 俺の隣に立っていたパイロット――恐らくは他基地所属のプレイヤーが二人でそんな会話をしている。二人の手元にはホロディスプレイが現れていて、各地の戦況を伝えていた。


「撤退するにしても、関東圏にアライドの航空戦力は殆ど残っていないわ。ここで迎え撃つしか手はない」

「しかし……この数ではアトラスの軍団を抑えられる訳が無い。しかもハブーヴは健在だ」

「もう北海道に撤退するしか……」

 瑠希乃はまだ心が折れていないが、生き残った他のプレイヤー達は誰もが弱腰だった。

 確かに、あの空域でハブーヴの恐ろしさ、アトラスの強固な防空網を見せつけられ、気丈でいられるエースなどそういない――しかし。


「逃げた所で終わりなのかよ」

 俺は前に出て北条と瑠希乃を交互に見比べる。驚きの顔を浮かべるプレイヤー達。

 後ろに控える連中も何事かと俺を注目するが、構うもんか。俺は引き下がらず続ける。


「奴ら、アンネームドの目的は……この世界の人間を全て滅ぼす事なんだぞ」

 いつの間にか拳が固く握りしめられていた。声も少し震えているのが分かる。

 この場にいるのは会話も殆どした事のないプレイヤーばかりだ。

 殆どが俺より年上で、しかも、今すぐ逃げ出したい弱気に駆られている。そんな中、若造の俺が真っ向から対立するような事を言っているのだ。


「逃げた所で何も変わらない。アトラスを落として、ハブーヴも倒す……戦わなきゃ」  

 以前の俺なら多数派に責められたらとか思うと、何も言えず周りの空気にあわせるだけだった。でも、今は違う。


「アトラスを速攻落とす。奴らの統制が乱れたらハブーヴを倒すチャンスだってある筈だ」

「随分と言ってくれるじゃないか。勝算はあるのか? 坊主」

 北条が俺を見て腕を組んだ。威圧でなく、真意を問いただそうとしている、そんな顔。


「ある」

 臆さず言い返すと、周囲からどよめきが沸き起こる。

「破壊したスリットからアトラスの中に飛び込める。冷却口を通り、中枢のリアクターを破壊すれば――あのデカブツは内側から崩壊する」

 考え得る限り唯一の策。それは、HFを作り上げた長束紘一郎自身が言っていたものだった。

 俺は空戦中に彼と交わしたほぼ不可能に近い与太話をそのまま伝える。


「無茶だ。誰か中に入ってみたのかよ?」

 弱腰だったプレイヤーの一人が立ちはだかる。ずっと年下の俺が偉そうな事を言うものだから頭に来たのだろう。これ以上続けると、腹立ちまぎれの拳が飛んでくるかもしれない。


「アメリカのヒュペリオンは中枢リアクターを破壊して落とした。内部に入り込んだのは俺達と同じ一人のプレイヤーだって。あいつが……長束紘一郎が言っていたんだ」

 それでも恐れず、俺は冷静に説き続けた。


「俺は長束を……HFを作った男の言葉を……信じたい」

「そんな……彼が言っていたというのか?」

 そのプレイヤーは狼狽えたように後ずさる。その衝撃は周囲のプレイヤーにも伝染していく。


「HFの製作者の話なら信憑性はある……けど、そんな事、俺達に出来るとは」

「無理だ。大体、そんな狭い通路……掠っただけで墜落する」

 周囲を取り巻くプレイヤー、基地所属の軍人も態度を決めあぐねている。

 それ程までに、この策は荒唐無稽で非現実的なものだったのだ。

 しかし、意外にも俺の作戦に乗ってくれる者が現れた。


「私も……今の戦力でアンネームドに勝つなら、この方法しかないと思う」

 黒いポニーテールを凛と揺らし、ぐっと前に踏み出したのは瑠希乃だった。


「そもそも、この戦力でアトラスを攻略する事自体が無謀なのよ。正攻法で攻めても数の暴力ですり潰される。でも……勝つ見込みが1パーセントでもあるなら……私は」

 ぐっと拳を握り締め、それっきり黙りこくってしまう。


「そうだよな。まともな空戦なんて無理だぜ。起死回生のバクチに勝つしかない」

 北条が沈黙を割る様に踏み出す。同時に肩をぽんと叩かれた俺と瑠希乃は顔を見合わせる。

 敗戦し、皆が意気消沈していた青暗い作戦室で初めて、妙に弛緩した空気が流れていた。


「ハブーヴは俺に任せろ。一人でも多く冷却口に飛び込み、中枢をさっさと破壊するんだ」

「ああ……やるしかねえよな」

 北条に呼応するようにボレアス隊のプレイヤーも名乗りを上げる。作戦室内に灯った勇気の種火が周囲へと伝染していく。


「俺もやる。さっきの戦いで仲間は全員やられた。たった一人逃げ帰った所でいい気はしねえ」

「坊主と嬢ちゃんに押し付けてたまるかよ。早く行こうぜ」

 俺達の気勢に触発されたのか、弱腰だったプレイヤーも承諾してくれた。


「皆……!」

 その様子に感極まった声を上げる瑠希乃。大きく見開いた瞳は心なしか潤んでいた。

 気が付けば、作戦室内は喧騒に溢れていて、これからの方針はもう決まったも同然だった。


「よし、補給と修理が完了次第、もう一度空に上がるぞ。連中に一泡吹かせてやろう――そう言う事ですが、いかがですか? 司令」

 北条が振り返り、基地司令に問う。


「構わん。持ち主を失ったまま未使用の戦闘機もある。どれも丹精込めて強化された機体ばかりだ。愛機の回復が間に合わない者がいれば、どうか代わりに使ってやって欲しい」

 しゃんと背を伸ばし、基地司令が北条と握手を交わす。


「おい……大丈夫なのか?」

 俺は北条の背を揺すりながら問いかける。


「さっきの話、ハブーヴの相手がアンタにできんのかよ」

 北条が乗っているのは旧式のクーガーキャット――F-14モデルのHFだ。最新鋭の長束のラプターですら落とされたのに、死にに行くようなものだ。

 しかし、北条は悪戯っぽく笑って返す。


「大丈夫、落ちない程度にはやるさ。無理に勝ちにはいかない」

「でも……」

「生かさず殺さず時間稼ぎするさ。さっさとアトラス落として来い。んで、ハブーヴもお前がやっちまえ。つまりそういう事だ」

 そう言って、わしゃわしゃと俺の頭を荒っぽく撫でつける。

 挙句、俺の上を行く無茶難題まで吹っ掛けてくるではないか。もう笑うしかない。


「分かったよ。ああもう! こうなったら全部落としてやるから覚えてろ、チクショウ」

 自身が撃墜してみせると言いきらない辺りが実利主義の北条らしい。俺は思わず大口を叩いてしまう。


「いいぞ、何なら誰が先に落とすか競争だ!」

「うそつけ。お前、さっきの空戦で動かないターゲットばっか壊してただろ!」 

 ある意味吹っ切れたプレイヤー達の大笑いに包まれながら、ブリーフィングは終了した。

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