作戦開始
翌朝の天空橋空軍基地、滑走路。
遥か先の洋上と、アスファルトの境界線は陽炎で揺らめいている。
まだ夜が明けて間もないが、エプロンは暖機中の戦闘機の熱で十分に温められていた。
視界を上げれば一機、また一機と戦闘機が離陸していく。
『次は君達だ、テンペスト隊』
管制塔からの許可が下り、俺は荒城に先んじて自機を滑走路へと進めていく。
新たなる愛機、烈空。翼端を赤く染め上げた壱型の排気音は驚く程に静かで、ステルス機という設定も頷ける。
コクピットには操縦桿と、磨き抜かれた青白いパネルが設けられ、その周囲を囲むように必要最低限の計器が配置されていた。無駄を極力排除したデザインはリアルの軍用機よりも、SFアニメに登場する戦闘機やロボットのコクピットを連想させる。
「了解だ。テンペスト1、出撃する」
操縦桿を握り締め、もう片方の手でスロットルを一気に倒すと、機体がぐんと加速する。
航空基地の景色が流れ、滑走路の果てに広がる海が近づく。
「よし、行くぞ。烈空」
腹に力を込め操縦桿を思いきり引き起こす。機体下部のタイヤが地面から名残惜しそうに離れる。キュッと擦れる音と共に視界が上昇していく。
『頼んだぞ、アトラスを必ず落としてこい』
東京湾の輪郭を見下せる高度まで達した所で、管制塔から希望を託す通信が入る。
「ああ、任せとけ」
隣を飛ぶ荒城のイーグルに合図しながら、俺は機体を更なる高空へと上昇させる。
その間も、甲高い轟音が空を次々に切り裂いていく。
瑠希乃や北条のボレアス隊、長束率いる精鋭揃いのランページ隊など……天空橋空軍基地を飛び立ったHF部隊は、隊長機をそれぞれ先頭に置いたアローヘッドの編隊で一路西を目指す。
更に、立川や厚木など各地の小飛行場の義勇編隊も合流し、大部隊になるという。
『新型の乗り心地はどうだ?』
「ああ。悪くない」
荒城に答えながら、スロットルを上げると機体が加速した。
烈空の静かな排気音は、上品と言えばそれまでなのだが、俺には幾分か物足りない。
イーグルの重く低いジェット音に慣れていたので拍子抜けしたが、実際こうやって飛んでみると違和感は完全に消えていた。
「確かに新型の架空機としては申し分の無い設計だ。無駄がない」
『なら、さっさとアンネームドの奴らも落として帰ろうぜ。おっと来たようだ……』
言いかけながら通信ウインドウの荒城が指先を伸ばす。それに遅れて、俺の機体にも情報が送られてくる。その出所はランページ1――長束紘一郎からだった。
複数の戦闘機部隊の最先端を飛ぶランページ隊。その隊長機を務める長束の戦術情報が、俺達にも共有される。
視界上のマップ画面をフリック操作で何度も切り替えると、アトラス外殻部を覆う防空設備の位置が立体モデルで事細かに記されていた。その中には、レーザー砲台のような物もいくつか見える。
「ハリネズミみたいな防空設備だ。骨が折れそうだな」
「でも、これなら狙う場所の目星も付けられるぜ』
荒城は感心したように唸る。
事前情報無しに攻撃しても思わぬ反撃を喰らうが、これなら、対策は十分に立てて向かう事が出来る。
しかし、この情報を得る為に何人の仲間が犠牲になったのだろうか。その数は計り知れない。
『こちらランページ1――長束だ。全機聞こえるか?』
不意に、長束から全機に向けてオープン回線で通信が飛んでくる。
『たった今、立川飛行場のサーベル隊およびブルート隊、更に厚木の義勇飛行隊も合流した。召集に応じてくれて感謝する』
どうやら作戦開始前の激励らしい。皆がその通信に傾注しているようだった。
『目的地は名古屋だ。アトラスは市街地に侵攻拠点を作り込んでいるものと思われる』
『俺の故郷だ……』
西に飛ぶとだけ言われていたので、細かな作戦場所は今しがた伝えられたばかり。怒りを押し殺した声音で誰かが呟く。
『アトラスのレーザー攻撃はアキレウスの戦車の比じゃない。砲撃後の予測レーザー照射位置をHUDに示すようにした。各自でチェックを頼む』
長束がそう説明すると、HUDに更新データが送られる。
『成程、レーザー対策も万全だ。これなら対抗できるぜ』
荒城の声音は死地に向かうと言うのに、どこか楽しげだった。
『どうしたハルト。コクピットで肩縮ませてんのか? びびってんだろ?」
「うるせえ。これは武者震いだ」
そんな荒城に緊張を悟られぬよう言い返すと、ウインドウ越しの相棒はふっと笑った。
『俺はな、ハルト。元々は神戸にいたんだよ。奴らは北九州に上陸したと思ったら、あっという間に近畿までやってきやがった』
それはまさしく、東京で平穏を謳歌していた俺と同じ状況だったのだろう。そんな荒城の胸中を察しつつ、彼の言葉の続きを待つ。
『大阪の空戦に参加したのは俺だけじゃねえ。大勢が志願して、殆どが死んだよ。下の街が取り込まれていく所も見せつけられた……』
凄絶な過去を語る荒城。人々や街がアンネームドに侵されていくのを、見せつけられたのだ。それはさぞかし、悔しかっただろう。
『なあ、ハルト。この戦い絶対勝つぞ』
命を賭けて敵を倒すという、荒城の言葉に無言で頷き返す。
「俺だって考えは同じだよ。やってやる」
そして、通信機越しに語られる長束も、今まさに同じような事を言っている。
『諸君、アトラスを落とすぞ! 我々はアンネームドを日本列島から駆逐するまで死ねない。 必ず生きて勝ち残るんだ』
『『了解!』』
全機からの力強い返答。それを聞きながら、自分もまた高揚している事に気づかされる。
要塞アトラス。史上最悪のラスボス級の敵だ。しかも、その戦場には恐らく奴もいる……
『やってやるぜ……ハブーヴ』
早くも汗ばむ手のひら。このネット世界で、手汗まで再現する必要なんてないだろう。
俺はかつてプレイ前にしていたように、汗まみれの手元を拭うように握り直すのだった。
『間もなく名古屋に入る』
どれくらい飛んだだろう。沈黙を割る様に、管制機メルクリウスからの通信が飛ぶ。
『各機装備をチェック。増槽を切り離せ』
指示に呼応するように、いくつかの機体下部からタンクが落ちていく。
いよいよ戦闘は近い。俺も皆に倣って自機《烈空》の増槽を切り離した。
『接敵したら二機で一機に当たれ。僚機からは眼を離すな……テンペスト隊もだ』
一番近い場所を飛んでいた北条が通信を寄越す。
ウインドウ越しの眼光は炯々(けいけい)と光っている。多分、俺が出過ぎないように見張っているのだろう。
「もう無茶な真似はしないよ。必ず生き残る、安心してくれ」
『よし、その意気だ。生き残ってこその物種だぞ、少年』
「少年って……」
俺が言い返すと、北条はふっと小さく息を漏らす。
『諸君、いよいよだ。準備は出来たか?』
そこに入る攻撃隊指揮官、長束紘一郎の声。同時に、マップ画面が視界に浮かび上がる。
無数の赤い光点は質の悪い伝染病みたいにマップ全域に広がり、それが全て敵機――落とすべきアンネームドだと言う事を知らしめる。そして、その中に一際大きな機影を見つけた。
『アキレウスの戦車か……』
誰かがそう呟く。見通した遥か彼方を遊弋する巨大飛行艇。
多分、先日俺達が落とし損ねた機体で間違いない。その証拠に、右側部胴体にある筈のレーザー砲台が無くなっている。
『さあ、倍返しの時間だ。行こう』
『ボレアス隊、交戦!』
『ダイヤモンド隊行くぞ!』
長束の言葉を皮切りに、周囲の味方が力強く応える。誰も躊躇していない。
「テンペスト隊、交戦する!」
『ああ! 行こうぜ、ハルト!』
俺達も周りの部隊に負けじとスロットルを上げる。
最新鋭機の烈空は流石と言うべき加速度。しかし、荒城のイーグルも同じくらいの速度で付いてくる。彼の機体も相当にカスタムされているのだ。
「敵機視認、ミサイル発射!」
真正面から向かって来る戦闘機型アンネームド。
黒いファルコンもどきにミサイルを放つと、すれ違い様に着弾し、空に真っ赤な花火が咲いた。
『攻撃部隊の交戦を確認した。このまま戦線を押し上げて敵の本丸に向かうんだ』
『まずはアキレウスの戦車を沈める。こいつらはアトラスの前衛だ!』
長束、そして北条と言った名だたるエース達も次々と交戦状態に入る。真っ青な空が多数の戦闘機による飛行機雲で白く塗りつぶされていく。
『私が仕掛ける。テンペスト隊もついてきて』
ヘリ型のアンネームドを落とした所で、瑠希乃の烈空が隣から声を掛ける。
彼女の烈空弐型は青い洋上迷彩が施され、両翼には対艦ミサイルを四本もぶら下げていた。
更に主翼に覆いかぶさるように、コンテナみたいに武骨なミサイルポッドが装着されている。
見るからに恐ろしい程の重装備。
『おいおい、そんなんで飛べるのかよ。まるでロボットアニメの戦闘機だな』
『荒城、うるさい』
ぴしゃりと荒城を黙らせたところで、瑠希乃は、こちらに向けて小首を傾げて微笑む。
『一気にアキレウスの戦車を落とす。テンペスト隊も援護をお願いできる?』
「分かった。じゃあ、瑠希乃がこの即製部隊の隊長だな」
このメンツでは彼女が一番経験豊富だ。撃墜戦果も最も多いので、反論は全くなかった。
俺の言葉にこくんと頷く黒髪ポニーテールの女エース。
『この前は逃げられたけど、今度こそ落としてやるわよ』
「よし、行こう!」
俺達の視界、正面上。悠然と飛ぶアキレウスの戦車には護衛がついている。まるで黒い雲霞に包まれているようだった。
ファルコンもどき、ミラージュもどきなど機影の形は様々だが、全てが無機質な黒いカラーで、キャノピー部はぼんやりと赤く光っている。
そして、コクピット内に響き渡る敵からのレーダー照射音。深く耳に残る警報を振り払うように空気を切り裂き、俺達は機体を加速させる。
『うるさそうな護衛機は、烈空の32連ミサイルで片づけてやる。戦闘機の相手は任せたわよ』
瑠希乃はそう言うと、アフターバーナー全開。青白い炎を吹き上げて俺達を追い越していく。
彼女の装備するミサイルは、他のどの戦闘機にも搭載されていない――いわば、烈空弐型にだけ用意されたワンオフの装備だ。
架空機故のぶっ飛んだ発想設計の32連ミサイルは数度しか使用できないものの、大隊クラスの瞬間火力を誇ると言う。
「それじゃあ、俺と荒城の二機がかりでエスコートしてやんよ。お嬢様!」
『よく言うわ! 32連ミサイル……全弾バースト!』
瑠希乃の青い烈空。その背中から無数のミサイルが斉射された。白い尾を引いて、シャワーのように広がっていくミサイルの飛行機雲。それらが向かう先は、敵の戦闘機型の集団。
『弾着……今!』
管制機の声と共に、遥か前方の空を爆炎が包み込んだ。
『すげえ、前にいた敵どもが根こそぎ消え去ったぞ!』
『このまま突撃よ!』
ようやくアキレウスの戦車を捉えた。取り巻きの護衛機はあらかた一層したので今はヤツのレーザーだけに注意すればいい。
HUD上の敵を囲むカーソルがロック完了を告げ、赤い点灯に変わる。
『来るぞ、敵のレーザー砲撃だ』
メルクリウスからの警告が飛ぶ。見ると、胴体部から俺達を狙う光の矢が放たれる所だった。
「当たるかよ!」
直線上に放たれた極太のレーザー攻撃をかわす。
「テンペスト1、フォックス2!」
チェックメイト。俺は操縦桿のトリガースイッチに指を掛けて一気に押し込む。
『テンペストに負けるな、俺達もミサイル発射だ!』
進路が開けたのを皮切りに、北条機を始めとする味方も一斉に襲い掛かる。
「多数のミサイル命中を確認……やったか?」
紅蓮巻き起こる巨大飛行艇の背中を通り過ぎ、機体を傾けながら戦果を確認。
アキレウスの船体の端から装甲片が崩れ落ち、各所で連鎖爆発が起こっていた。
鯨の鳴き声めいた重苦しい断末魔。巨大な鋼の翼がぱっくりと二つに折れ、空中での姿勢を維持できなくなった飛行艇がゆっくりと降下を始めた。
『やったわ! 敵飛行艇の撃沈を確認』
瑠希乃の歓喜に染まった叫び。
巨大飛行艇――アキレウスの戦車は、巨大な轟音と振動を撒き散らして地表に爆散。
黒煙が無数の建造物オブジェクトを巻き込んで地表一帯を瞬く間に覆う。見ているだけでむせ返りそうな光景だ。
『よくやった、テンペスト隊、そしてボレアス4!』
長束を始めとする味方が俺達の働きを賞賛してくれる。
『こちら管制機メルクリウスだ。攻撃部隊全機へ、敵ストロングホールドを確認した』
しかし、まだこれで終わりじゃない。メルクリウスから敵の本丸、ストロングホールド・アトラスの接近が告げられた。




